人間の国 セレスティア
「これが、人間の国」
「うむ。【セレスティア】。先の侵攻の大本じゃ」
国家間会議の当日、俺とルミナはドミニクの背に乗って、人間の国【セレスティア】にある王城へと向かっていた。
各国との連絡をドミニク王が中心に行ってくれてはいたのだが、会議の場は人間の国に指定された。どうやら人間の王が場所を指定してきたらしい。
まあ、向こうからすれば侵攻に文句を言われた挙句、自分に意見も通さず勝手に鋼竜族が神樹精を守り始めたのだから、腹立たしいことこの上ないだろう。話をするなら俺たちにご足労願うのは当然だ。
とはいえ、敵の根城に乗り込むと同義だ。
皆がルミナと俺の身を案じてきたが、俺たちも出向くしかない。
「神樹精の土地を見たからかもしれんが、畑や草原がしょぼく見えるな」
「実際死にかけてんのよ。大地のマナが枯渇しているからな」
俺が村や町の側にある畑や草原を見下ろしながら漏らした呟きに、ドミニクが答える。
「マナがないと畑の作物って育たないのか?」
「育たんこともないが、育ちは悪くなるのう。正のマナは水や土、万物の元となる物質じゃ。土地に水や栄養が足りなくとも、ある程度は補ってくれる」
超絶便利な肥料みたいに考えておけばいいだろうか。
ウィズの話を聞いているときも思ったが、マナを感じ取れない以上、マナがらみの話はなんとなくでしか理解するしかない。
「一度こうなると大変じゃな。負のマナは正のマナを打ち消す。それを解決しようにも
、正のマナをもって正のマナを生み出す環境が崩れるから——」
あーなるほど。正のマナが沢山あれば作物も沢山取れたり、自然豊かな環境が維持されやすくて、みんなハッピーになって、その感情から正のマナが生まれるけど、それが一度崩れれば、不安や不満の感情が生まれやすくなって、負のマナが増え、土地を枯らす。
正のマナにしろ、負のマナにしろ、どちらかに偏りやすいシステムってわけね。
「枯れた土地を元に戻すより、豊かな土地を奪ったほうがリスタートもしやすいってわけか」
「そういうこと。このあたりの家屋は全部もぬけの殻だぜ。みんな開拓地に移動したってわけ」
ドミニクがそうまとめると、「何とも迷惑な話だな」と、俺はため息を漏らしてしまった。
「まったくじゃ」とルミナが頷いていると、やけに立派な都市が見えてきた。
「あれが首都【ウォルタル】だな」
先ほどまでの荒れ果てた大地とは打って変わり、ウォルタルという都市の周辺には、細い野菜ばかりの畑や、枯草の混ざった薄い緑の草原はどこにもない。肥えた野菜が並ぶ見事な畑や、若々しい緑が映える雄大な草原に囲まれていた。
それらを背景にそびえたつように存在する都市そのものも見事なものだ。都市の周囲を巨大な城壁が囲み、その中心に聳え立つように、巨大な城が建設されている。
「でっけえな」
中央の巨大な塔とその周囲を囲むようにして建設された複数の塔。塔同士を繋ぐ連絡棟のような作りの巨大な城だ。
如何にも中世ヨーロッパといった、木窓が横に並ぶ三角屋根の家が立ち並ぶ中、ガラスを贅沢に使い、外壁に装飾が施された王城はいい意味で浮いている。
「ありゃ? あんなに立派な城だったか?」
城の様子を見たドミニクが何やら思うことがあるみたいだが、城が突然姿を変えることはないだろう。
ドミニクもそう思ったらしく、「まあ、来たの20年くらい前だしな」と勝手に納得していた。
城の庭にドミニクが着地すると、兵士たちが取り囲むように集まってきた。
兵士の中から立派なマントを羽織った男が前に出てきて、ドミニクの前でかしづいた。
「ようこそおいでなさいましたドミニク王。すでに皆様お揃いです。会議室へ案内します」
「なんだ。もう有翼族のじいさんは来ているのか」
最後だったことが何だか嫌だったらしく、ドミニクが眉をしかめた。
マントを羽織った男が先を行く形で俺たちを案内する。
男についていく中、ルミナに送られたのは侮蔑的な眼差しだ。
「あれが神樹精の王……」
「よくも顔を出せたものだな……」
やはり人間から神樹精は良く思われていないらしい。ましてや敗戦国の姫君など、嘲笑の対象でもあるだろう。
「大丈夫か」
「……ああ。問題ない」
平静を装っているつもりだろうが、抑えきれない悔しさや怒りが声や顔ににじみ出ている。
一方で、
「あれが噂の救世主か?」
「なんでも異世界の不思議な商材を召喚できる異能だとか……」
俺の話もしっかりと伝わっているらしい。
まあ、ドミニクを通して俺の存在は他国にも明らかにされているし、来た当初開拓地で派手に商売もやってたしで当然か。
天井の高い、広々とした廊下を歩かされ暫くすると、大きな長方形の机が中心に置かれた、会議室のような部屋に通された。
「おお。久しぶりだなドミニク王!」
「フリューゲル爺さん! 相変わらず元気そうで何よりだ」
左手に座っていたのは、大きな白い翼を生やした、ひげの長い爺さんだ。
どうやらドミニク王とは既知の仲らしく、互いに目が合うなり、親しげに挨拶を交わしている。
「ヨスガ。あの爺さんが有翼族の王。フリューゲル爺さんだ」
「そなたが噂の救世主か。ドミニクから話は聞いておるよ。世界樹北の山岳地帯で、有翼族の長をしているフリューゲルというものじゃ。よしなにたのむよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
「そんな気を張らんでもいい。ドミニクと話す時みたいに、気楽に接しておくれ」
ホホホ。と穏やかに笑う爺さんにつられて、「それなら……」と俺も思わずほおを緩めてしまった。
爺さん、とやばれているだけあって、所作や振る舞いに年長者の貫禄のようなものはあるが、顔にしわは少なく、姿勢もしっかりとして、若々しさも感じられる。
背丈は俺と同じくらいか。上質なローブの背中から出ている、体よりも大きい白い翼のおかげで二回りほど大きく見えるな。
「さて、俺たちも座って待ってようかね」
部屋の一番奥にある、やたらと仰々しい椅子はおそらく人間の王が座るものなのだろう。
ドミニクが適当な椅子に腰を掛ける。そしてその隣に椅子があるが、
「ルミナ」
「……すまぬな」
用意されている椅子は4つだけだった。俺も向かう旨はドミニク王を通して伝えられているはずだから、意図的にルミナの分を省きやがったな。
こういうしょーもない嫌がらせってのはどこの世界でもあるらしい。
俺はルミナに座るように促して、その隣に立つことにした。
全員が席に着いたところで、俺たちが入ってきた扉が再度開き、その奥から兵士たちを引き連れて、やたら豪勢な服に身を包んだ大柄の筋肉質な男が現れた。
「久しぶりだな。リガル王。ずいぶんと好き放題やってるみたいじゃねえか」
眉間に深く刻まれたしわ。ごつごつとした輪郭に眼の淵が窪んで影に落とされた目。
こいつが今回の元凶。人間の親玉ってわけか。
威厳を持ちながらも、どこか愛嬌を感じるドミニクやフリューゲル王と違って、纏う空気は冷たいもので、冷徹な軍人や死神といったワードが思わず頭をよぎる。
「待たせてすまなかったな。竜の王、翼の王。そして——」
その冷たい眼差しがルミナに向き、
「敗国の姫」
ルミナが黙ったまま殺気立ち、辺りが一瞬にして緊迫した空気に包まれた。
ルミナの殺気を横目で流し、奥にある一番豪華な装飾が施された席に座った。
息も凍るような張り詰めた空気の仲、国家間会議がスタートしたのだった。




