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異能:【コンビニ召喚】

 

「なるほど、お前らの故郷は人間に滅ぼされたわけね」


 ルミナの種族は、この世界の神様ともいえる存在である【世界樹】を管理する、【神樹精(ドリアード)】というらしい。

 世界樹はこの世界のあらゆる栄養素や元素、エネルギーの元となる【マナ】というものを生み出すそうで、その【マナ】の原料となるのは、あらゆる生き物が発する幸福の感情だそうだ。


 近頃世界樹の生み出すマナが減っていて、ルミナたちは原因を調査するために、世界樹周辺に存在している、様々な種族が住んでいる国々を調査し始めた。

 そのうちの一つ、人間の国を調査しようとした際、逆に侵略戦争を吹っ掛けられ、その数を減らすことになってしまった、というのが大まかなあらすじか。


「奴ら……妙な武器で童たちの種族を襲ってきおった。童たちは成す術もなく住処を追われ、命からがらここへ逃げてきたというわけじゃ」

「成す術なくって……お前、すげえ魔法使ってたじゃん。何かしら抵抗とかできなかったの?」

「童の種族は人間と比べ、圧倒的に数が少ない。そのうえ魔法を使えるのはごく一部の限られたものだけじゃ。物量の差で押されてはとても敵わん。それに童たちの使う魔法は世界樹様と契約し、世界樹様の生み出すマナを操って繰り出すもの」

「……というと?」

「あらゆる生き物が発する幸福の感情こそが世界樹様の力の源。故に、意図的に誰かを傷つけるような使い方で魔法を使うことはできんのじゃ」


 なるほど。できることは多くても、使い方に制約がある感じか。


「男は人間の襲撃でほとんどが死に、今いる男はまだ幼い子どもたちだけ。種の繁栄には時間を要する。その間にも世界樹の生み出すマナは減り続け、このままでは世界は着々と滅亡へと向かうのみ。そこで神樹精ドリアードに伝わる儀式——【救世の儀】を行い。この世界を救う救世主様——お主を召喚するに至ったわけじゃ」


 救世の儀——なんて言っているが、もしかしてこれ、異世界召喚とかいうやつなのか?

 だとしたら困った。コンビニコミックでそれっぽい本は仕入れていたが、中身についてはさっぱりだ。こういう時に何をするのがセオリーなのかわからない。


「救世主……なんて言っても、俺は元の世界じゃただの一般人、某コンビニチェーンのサラリーマンだ。こんなファンタジーじみた世界を救う力なんてねえぞ」

「まあ続きを聞け。救世の儀にはとある言い伝えがある」


 話を切ろうとした俺に、ルミナが得意げな笑みを浮かべた。


「『救世の儀によって異界へ蘇りし死者の魂よ。異界の知恵と授かりし【異能】の力をもって、神木が治めし世界へ安寧と繁栄を齎したまえ。さすれば原界への門は再び開かれん』」

「授かりし、【異能】——」

「うむ。一族に伝わる伝承によれば、異界から呼ばれた救世主は、救世のための特殊な異能を世界樹様から賜るとのこと。衣服のどこかに、世界樹様より授かった、プレートがないか?」


 そういわれてジャケットを探ると、胸ポケットに妙なふくらみがあったことに今気が付いた。

 社員証をいれていたのだが、硬くて薄い板のような感触を感じる。

 胸ポケットから淡い輝きを放つ木製の小さな板を取り出すと、俺の世界の文字で何やら書いてある。


「そこに異能が記されているじゃろう。なんて書いてあるのじゃ?」


 期待に胸を膨らませながら、子供らしい笑みを浮かべて、ルミナが俺の方に寄りかかってプレートを見つめた。


「歴代の救世主は、マナを水や火に変換したり、枯れた土地を豊饒の大地へ変貌させるような御業を授かっていたぞ」

「………………」

「それで、お主は何を授かったのじゃ? すまんがお主の世界の言葉はわからんでの」

「………………」


 へえ。水や火を生み出すねえ。枯れた土地を再生するねえ。 

 歴代の救世主様は、それはそれは便利な異能を授かったようでござんすねえ。

 で、俺の異能は……


 俺はルミナの期待から逃げるように、視線を躱しながら、改めてプレートの文字へ目を落とした。






 異能:コンビニ召喚






「……コンビニ、召喚」

「コンビニ? なんじゃそれは? 異界の召喚獣の名か何かか?」


 ああそうか。コンビニつっても、俺のイメージするコンビニと、この世界の常識にあるコンビニが同一のものとは限らんよな。

 もしかしたらコンビニっていう名前の、すげえ強いドラゴンか何かかもしれん。


 うん。きっとそうに違いない。じゃなきゃこのファンタジー世界を救うことなんかできないもんな。そうでなきゃこの世界での俺の人生は終わったようなもんだもんな。

 まさかこの世界の神である世界樹様が、この世界を救う予定の救世主である俺にそんな意地悪するはずないもんな。


「プレートに力を籠め、異能の名を叫んでみよ。そうすれば異能を顕現できるぞ」


 背中にまとわりつく嫌な予感を振り払うように、俺は大きく息を吸い込んだ。


 ルミナが「皆、さがるのじゃ。救世主様が召喚術を使うらしい」と周囲の奴らを大きく下がらせた。

 こら、そこの奴ら。ドラゴンか何かかな、とか期待の目を向けるんじゃない。いや、そうであってほしいけど、そうじゃなかったときに皆の期待を裏切るのが怖い。


 ルミナのわくわくしたような様子から、周囲の神樹精ドリアードも不安3割、期待7割といった視線を俺へ向けてくる。なぜだろうか。今すっごく胃が痛い。


 何が出てくるか次第で、俺のこの世界での命運が決まる。


「……うし」


 皆の視線に包まれる中、俺は覚悟を決め、プレートを力強く握りしめ、


「異能:【コンビニ召喚】‼」


 不安を振り払うように、力強い声で異能を叫び、俺の声が周囲にこだました。


 そして——










「終わったああああああああああああああああああああああああ————‼‼」


 光とともに現れたそれに、先ほどより大きな絶望の声がこだました。


 緑、白、青の三色旗のような見慣れた企業ロゴ。

 資格を組み合わせて構成されたコンパクトな外装のそれは、俺が生前散々と見てきた、現代人にはおなじみとなった、あの建物——


「……なあ、救世主様」

「……何?」


 現実を直視できず、うずくまってうなだれる俺に、ルミナが困惑しながら尋ねてきた。


「これは、その、なんというか。どういった召喚獣なのじゃ?」


 生き物なわけないでしょう。これが。


 蛙の子は蛙。

 社畜は死んでも社畜ならば、


「異世界でもコンビニはコンビニかよ……」


 恐る恐るルミナが近寄ると、コンビニの自動ドアが開き、いつもの入店音が聞こえてきた。

 いつも聞いていた入店音が、ここまで耳障りに聞こえたのは初めてだった。


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