訳ありの異世界人
「待て?! もう少し話くらい聞いてくれてもいいじゃろうが?!」
「うるせえ! 俺はもう他人の迷惑の割を食うような人生はごめんだね‼ 面倒ごとに巻き込もうって魂胆なら失せろガキ‼」
「餓鬼じゃと?! 童は15! 成人済みじゃ‼」
「ガキじゃねえか!」
顔を真っ赤にして否定してくるが、見た目も振る舞いも、大人ぶりたい子どもそのものにしか見えん。
小走りになって追ってくるクソガキを置いていかんばかりに、俺は大きな歩幅で、太い木の根で覆われた通路を歩く。
そうしてしばらく歩いていると、奥の方に出口と思われる扉が見えてきた。
「童が開けてやる」
太い木の根が覆いかぶさり、開けることのできない扉を眺めていると、ルミナが追い付いてきて、持っていた杖をかざしながら、謎の呪文を唱えた。
「おお……すげ……」
呪文を唱え終えると、扉全体に謎の紋様が浮かび上がり、木の根が引っ込んで扉を開けられるようになった。
ファンタジーな光景に、思わず感動の声を漏らしてしまうと、ルミナが得意げな様子で俺の顔を見上げてきたので、俺は目を逸らしながら奥へ進んだ。
奥へ進むと、温かくもさわやかな風が吹き抜ける、大自然広がる空間が現れた。
空からの木漏れ日が川を流れる水でキラキラと反射し、草木生い茂る地面に逞しく生えている木々たちは、かわいらしい小動物の遊び場や住みかとなっているようだ。
「来てくれ」
気持ちのいい空気を大きく吸い込むと、ルミナがこっちにこいと言わんばかりに俺の前に立って先導して歩く。
他に行く当てもないので、俺はしぶしぶとその後についていく。
「……世界を救うって何すりゃいいんだよ」
「お、話を聞いてくれる気になったか」
「他に情報源がないからな。お前に協力すると決めたわけではない」
あえて突き放すような言い方をしてみるも、ルミナは協力を得たと思ったのか、いたずらな笑みを浮かべて俺の顔をうかがってきた。
「まずは童の拠点に来てくれ。そこですべてを話す」
今すぐ話すような内容ではないのか。それとも話す前に何か見せたいものでもあるのか。
俺は焦らされたような気分なり、少しだけ眉をしかめた。
少し歩くと、大自然の中に獣道のような道が現れた。草木をかき分けて進む必要はないものの、道と呼ぶには幅が狭いし、あまりに整備が行き届いていない。
「拠点って、ここからどれくらい歩くんだ?」
「歩いて30分ほどというところじゃのう」
救世主様とやらを結構歩かせるのね。
内心呆れたが、言ってもどうにもならないため黙って歩く。
ごつごつと歩きにくい道を進み、その途中で、草木にほとんど入り口が隠れた、草の洞穴のような所をルミナは進んだ。トトロでも住んでいそうな洞穴だ。
獣道をくぐっては、こういった横道を通って、ということを繰り返しているうちに、俺は異変に気が付いた。
「土地があれているじゃろう」
俺の思考を先回りしたようにルミナが告げた。
歩き始めたころの大自然から打って変わり、周囲の木や植物の高さがどんどん低くなり、太さも細いものが増え始めた。
濃い緑でおおわれていた木々に対し、このあたりの木の枝には枯葉が混じり、折れた枝や木が周囲に見える。
生命色づく逞しい大地も、表面が乾いてひび割れていて、強く風が吹けば砂埃が舞い上がる。
すぐ近くで緑や生い茂ったり、太く高い気が育つ中、10円禿みたいに荒れ地が混ざるのは何となく不自然だ。
「見えたぞ、あれが童たち一族の拠点じゃ」
やっと休める、と思って安堵した矢先、俺は眉をしかめてしまった。
拠点というからには、それなりの集落でも広がっているのかと期待したが、太さ長さもバラバラな枝を地面に突き立て布をかぶせた、テントと呼べるかも怪しいものが幾つか見えるくらい。
ルミナの同胞と思われる奴らが、子ども含めても40名ってところ。
てか男女比えぐいな。子ども除けば全員女性じゃねえか。どんな種族だよ。
「皆の者! ただいま戻った!」
ルミナの景気のいい声に、表情を明るくして全員がルミナに向き直った。ルミナのように耳の裏から木の枝を生やしたファンタジーな種族たちが一斉に俺に目をやった。
そして、すぐさま近くに置いてあった手鎌や木槍を手に取り、俺に向かって襲い掛かってきた。
……え? こいつら俺のこと殺そうとしてない?
反応が遅れ、唖然と立ち尽くす俺に武器が振るわれたとき、ルミナが俺の前に立って杖をふるった。
すると杖が輝き、突如として現れた光の壁が、攻撃から俺を守ってくれた。弾かれた衝撃で後ろに転んでいる隙に、ルミナがもう一度杖をふるうと、つむじ風が無数に発生し、手に持っていた武器たちを巻き上げるように空中へ連れ去ってしまった。
今更殺されたことを自覚し、情けなく腰をぬかしてしまった俺をかばう様にルミナが前に出る。
「無礼を働くでない。この者は童が【救世の儀】にて召喚したこの世界の救世主。ヨスガ殿だ」
「その人間が……救世主様……?」
凛とした声で皆を諫めると、ルミナの同胞と思われる奴らが、すぐさまひざを折って頭を下げた。
「すまないな」
「別に。というか怒れるほどお前らのことを知らん」
いきなり襲われたり、謎の魔法で守ってくれたり、襲われたかと思えば突然頭下げられたり。
情報量が多すぎて、今の俺には呆然とする他ない。
それに、こいつらが何か訳ありなのは確かだ。
麻でつくったを思われる服はボロボロで、ここにいる奴らの4割ほどはケガ人だ。
周囲の生活痕の無さ、とりあえず間に合わせで作ったような簡易テント。ひどく疲弊した皆の表情を見るに、余裕がないのは向こうも同じだろう。
「……とりあえず話は聞いてやる」
とりあえず何もかもがわからないことだらけのこの世界で、情報を集めないことには始まらない。
世界を救う気など微塵もないが、俺はその場で腰を下ろし、ルミナが話始めるのを待った。