竜の王
店内の様子を見て唖然としている神樹精たちに、俺が告げた。
「見ての通りだ。ほとんど残っていない」
用意した水や食料はほとんどが買いつくされ、店内の棚はもぬけの殻状態だ。
「ということは……」
「ああ。初日の成果は上々だな。だけどこれは——って、いきなり騒ぐな!」
俺の言葉をかき消さんとばかりの大きな歓声に、思わず驚いて慌てて振り返る。
皆何だかんだで売れるかどうか不安だったのだろう。皆喜びのあまり互いに抱き合ったり、手を叩きあったりしている。
「そもそも他に店がない以上、旅に必要なものさえ用意すれば売れるのは当たり前なんだ! この程度の結果で大げさに喜ぶな!」
神樹精の皆からすれば予想外の結果だろうが、俺からすれば当然の結果だ。
そもそも神樹精たちが最低限の馬車道の開通程度しか、世界樹周辺の土地の開発を許可しなかったので、皆が通る道だというのに、町や村といった拠点がほとんどない。
そんな中、水や食料が補給できる商店がたてば、どうなるかなんて語るまでもない。
だから、こいつらの不安なんてものは杞憂も杞憂。心配することなんて何もなかったわけだが——
「「「「……///」」」」
皆喜びが抜けきらないのか、だらしなく頬を緩ませたままだ。
気持ちはわからんでもないし素直に喜ばせてやりたいが、はじめの一歩を踏み出しただけで、ここからやるべきことは山ほどある。
「ルミナ。【鋼竜族】の王とコンタクトはとれたのか?」
「見に来る、と返事が来て以来、何もないな」
今回一時的に店を構えた場所は、人間の開拓地から離れ、世界樹東にある【鋼竜族】が治める国、【ドラガリア】に近い場所だ。
以前と比べると駐車スペースも狭く、開拓地から離れたため、客数も大幅減。
ほぼ確実に拾える需要を捨ててまで、一時的に場所を変えたのか、それには大きな理由が2つある。
まず一つは純粋に神樹精たちの安全を確保するためだ。店の商品は神樹精たちの拠点で作成しなければならないため、人間の多く住む開拓地側では、人間に見つかる危険性がある。
いずれは両種族間のいざこざを解消できればとは思うが、侵略戦争直後の一触即発状態では、可能な限り接触のリスクは取るべきではない。今の拠点も、店から離れた森の奥にっ用意している。
そして2つ目。神樹精の味方になってくれる国を作ること。
俺がルミナに進言したのは、とりあえずどこでもいいから、人間以外の国の傘下に入ること。神樹精の管理していた土地は、周辺4か国に囲まれる形で存在しており、各国で協議し、世界樹周辺の国境を制定していたわけだが、今回の侵略行為でそれが破られた。
自衛しようにも神樹精側の人数は40名ほど。とてもじゃないが他国からの侵略を防げる状態ではない。
そこで、いっそのことどこかの国の傘下に下り、侵攻から守ってもらおうって算段だ。
「各国とも侵略行為には異を唱えているが、保護してくれるかどうかは返事が鈍くてな……」
「そりゃそうだ。他の種族は人間とそこそこ仲良くやってんだ。ここで保護したら、人間が盗ろうとしていた場所を、間接的に横取りした形になる」
人間の目的が、神樹精が支配していた土地なら、保護する=一時的にでもその土地が、保護した国のものになるということ。
人間との関係を損ねてまで、神樹精たちを保護してくれるかどうかという話だ。他の種族と交流の少ない神樹精を、守るかどうか悩むのは頷ける。
「だから、他の国にアピールする必要があるんだよ。今後は他の種族とも仲良くやっていきますし、役にも立ってみせますってな」
仲良くなるのはどこでもいいわけではあるが、まず選ぶとすれば【鋼竜族】だ。
鋼竜族は、ドラゴンと人間のハーフのような見た目らしく、戦闘時には体をドラゴンに変化させて、火を噴いたり、爪で引き裂いたりなど、とにかくほかの種族と比べても腕っぷしが強いらしい。
加えて、国のほとんどが活火山地帯でおおわれており、珍しい鉱物の宝庫のような土地だとか。
軍事力も強く、森ばかりの神樹精たちの土地では取れない、希少な素材も採れる国。商売をしながら種族を再興するのに、是非とも仲良くなっていたい存在だ。
「そのためにお主の世界の商品を再現、じゃったな」
冷静になり、落ち着きを取り戻したルミナが難しい顔になる。
「ああ。だから真水だの乾パンだのドライフルーツだの。今の世界で誰でも作れる商品を売って喜んでいる場合じゃないんだよ」
そう。いくら利用者にとって利点がある店を作ろうが、それは俺たちでなければいけないわけではない。極端な話、同じ商品が作れるなら、人間が神樹精から土地を奪い取って、同じ商品で商売すればいいわけだ。
だから、俺の異能で異世界の商品に触れ、それをこの世界で再現することで。異能の力で異世界の文明に触れることができる神樹精の唯一性を立証しようって狙いだ。
「魅力的な商品をガンガン作って興味をもってもらい、お偉いさんとの話し合いの場を作るんだよ。そのためには——」
「話し合いの場だったら、すぐに設けてやってもいいぜ?」
知らない声に俺は慌てて振り向くと、そこには俺より体が二回りほども大きい、ガタイのいい大男が存在していた。
「ドミニク王?!」
「ドミニク……っていうと、鋼竜族の王様か!」
「おうともよ!」
ルミナの挙げた名前に俺も驚くと、その大柄の大男はガハハ! と豪快に笑いながら、自分の顔に親指を突き立てた。
鋼竜族、というだけあって、腕や顔の周辺が竜のような紅い鱗で覆われており、ギラリとした眼光を放つ切れ長の目は、瞳が人間のものよりも、どことなくトカゲのものに近い。
上半身は裸であり、裸の上から地面につきそうなほど長いマントを羽織っている。肌を出しているのに暑苦しささえ感じるのは、筋骨隆々の肉体のせいだろうか。
「近頃珍しい店が現れたり消えたりしたって聞いてな。もしかしたらと思って来てみりゃあ、お前、救世の儀で呼び出された異世界人だろ?」
「はい、そうです」
「おっと、そう硬くなるな。神樹精の嬢ちゃんに話してた時みたいにフランクに行こうぜ?」
俺が敬語で話そうとすると、ドミニクが少し嫌そうに眉をしかめてから、肩の力を抜けと言わんばかりに。片目をつむって手を差し出してきた。
俺は少し悩んだ後、「こんな感じでいいのか?」と言葉を崩しながら手を握り返す。
するとドミニクは満足そうに「堅苦しいのは苦手でな!」と声をあげて笑った。
「返信の書状がまともに来ぬから、無視されていると思ったぞ」
「こっちはこっちで準備があったんだよ。先の侵攻について4か国間で協議がまとまったからな」
早速知りたい情報が知れそうだ。
ルミナと俺が顔を見合わせて、頷きあう。
「せっかく王様自ら出向いてくれたんだ。よかったら事務所で飲み物でも出すぜ」
突然の来訪で驚いたが、こちらから出向いてでも会いたかった人物がわざわざ来てくれるのはチャンスでしかない。
俺はドミニクを事務所に招き入れ、早速現在の情報を伺うのだった。




