プロローグ ~生前も死後も、人生の手綱は他人の手に~
テレレレレレ~♪ テレレレレ~♪
某コンビニチェーンのとある店舗。おなじみの音と共に自動ドアを潜り、真っ先に襲ってきたのは失望感だ。
しゃっせー、といかにも手抜きな挨拶をしたレジの学生は、俺の顔を見るとあからさまに表情を強張らせた。
「店長は?」
いつもは軽い会話を挟んでから尋ねるのだが、今日はそんなことを気に掛ける気分ではなくなった。
抑えきれない怒りで低くなった俺の問いに、学生バイトは事務所を指差した。
「どういうことですかあれは」
事務所に入ると、店舗パソコンの前に、ユニフォームを着た若い女性が座っていた。このコンビニの店長だ。
俺の顔を見て少し怯んだものの、そう言われるのが分かっていたのか、すぐに目を逸らしてだんまりを決め込んできた。
「弁当も、パンも、その他カテゴリも。いくら何でも欠品が多すぎる。先週、今日からキャンペーンが始まるから発注強化するように伝えましたよね」
「……」
「それに床の汚れや棚の埃。什器の音から察するにフィルターの清掃も行ってないでしょう。俺が指摘してから一か月、何一つとして改善していない。……あんた、いつになったら行動するんだ?」
「……」
店内に入り込んで、まず目に入ったのは、昼前だというのにスカスカになった弁当コーナーの棚。事務所へ向かいながら横目で確認したパンや飲料の棚も、目に見えて欠品している有様だ。
加えて、店内の床は靴の跡が無数に残っていて、棚の下段には目に見える埃が溜まっており、入り口に貼ってあったポスターは、もう既に終わったキャンペーンのもの。
この店舗を含め地域統括を担当している、某コンビニ本部社員・喜土便の怒りに火をつけるには十分すぎる状態だった。
「うちのブランドを使って店舗運営をしている以上、完璧とは行かずとも、そこに向かって少しずつでも努力を重ねてもらわないと」
「……知りません、そんなの」
「知る責任があるでしょう。あんたは店長なんだから」
「……」
何かを堪えるように唇を強く噛んだ店長を見て、今これ以上は無理と判断した便は席を立った。
「……次来るまでに、欠品だけは改善してください。商品が無いと話にならない」
接客に清掃、改善すべき点を挙げだせばキリがないが、コンビニである以上店に商品が無いのだけは避けなければ。
それだけは最低の最低限やってくれ。
そう思いながら事務所を後にしようとしたその時だった。
「……もう来なくていいです」
絞り出したような言葉に少しだけ足を止めた。怒りと共に空しさが立ち込めた。文句があるなら責任の一つでも果たしてから言えってんだ。
溢れそうになった汚い言葉を飲み込んで、聞こえなかった振りをして店を出た。
近くのパーキングに停めた社用車の運転席に座り、俺は大きく疲れたような息を吐いた後、乱暴にエンジンを掛けた。
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俺は某大手コンビニチェーンのスーパーバイザーとして働いている。
スーパーバイザーってのは、超簡単に言ってしまえば、地域の店舗を管理・監督する仕事であり、まだ24である若手が就くのは結構珍しい方だと思う。
逆を言えば若くして複数店舗の管理を任される程度には、自分は加盟店や本社に利益を残して来た。俺のアドバイス通りに運営を改善してきた店舗は必ず利益を上げている。
だからこそ、俺の言うことに耳を貸さずに、他人のブランドを借りてまで運営した店舗で、イメージを下げるような運営をしているのには無性に腹が立った。
あの店長は店主である父が体調不良で入院し、仕方なしに復帰までの間代理で店長をしているとは聞いている。そこに関しては同情するが、かといって責任を放棄した運営をするのは違うだろう。
店1つ立てるのにどれだけ多くの人が関わっていると思ってんだ。その店を頼りに生活している地域住民も少なくないだろう。
「受け持った以上は、知らないじゃあねえんだよな——」
人間一人では生きていない以上、他人とか会社とかに対して、最低限の役割とか義務とか、ルールみたいなものが存在していると思っている。
会社員には会社員の、オーナーにはオーナーの、親には親のとか立場によって内容は変わるが。
何がムカつくって、俺の人生が上手くいかないときの原因が、いつもいつも他人がそういう役割を放棄したことが原因だってこと。
母さんが死んでから親父が荒れて、親の義務を果たしてくれなかったから望んだ進路には進めなかったし、スタッフやオーナーの不真面目が原因で、仕事中俺が注意を受けたことは何度もあった。
自分で言うのもあれだけど、俺は自分自身が真っ当に生きてきたと思ってる。
だからこそ、最近の悩みは誰かの勝手のせいで、出来栄えが左右される今の仕事のことだった。
他人に迷惑がかかるのを分かっていて、正当な理由もなしに責任逃れみたいな振る舞いをする奴らのことが嫌いで仕方がないし、そんな奴らに必ず接しなければならない今の仕事が本当に天職か? という思いが最近はずっと頭の片隅にある。
「人様に迷惑かけんなよ」
1から100まで自分の責任でできる仕事とかの方があってるのかな、俺。
貯金も結構溜まったし、そういう仕事に転職するのが良いのかもしれない。
なんて、自分の将来のことを考えているうちに、目の前の信号が青になった。
思いつめて重くなった思考を大きな息とともに外へ捨て、車を走らせた時だった。
突然右の視界が輝いたかと思うと、大型トラックが俺の車両のすぐ側まで迫っていた。
——は? こっち青なんだが?
そう思ったのも束の間、慌ててハンドルを切るも、右側から襲ってくる大きな衝撃。
俺の車が車道を跳ねて、火花とオイルをまき散らしながら街路樹にぶつかった。
ああ、こんな形で俺死ぬのか。
ひしゃげた車の中、自分の血まみれの手を見つめながら、俺は呆然と一生を振り返る。
母さんが他界して、親父が少しずつ荒れ始めて、そこから虐待みたいな事されたっけ。
高校には行けなくて、親父の収入に頼れないから近くのコンビニでバイトして、色々あって今の会社で働けることになって、
ようやく生活が落ち着いてきたと思った矢先に、信号無視のトラックに跳ねられて死亡とは。
結局俺の人生は、俺じゃない誰かに滅茶苦茶にされていくものらしい。
ああ、畜生、こんな最後を迎えることが分かっていたんだったら役割とか責任とか気にせず、自由に生きてみたかったなあ。
燃えるガソリンの匂い。周囲の人間の悲鳴。
轟々と立ち上る炎の中、俺、喜土便は24歳の人生を終えた。
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……はずだったのだが。
「……何だここは?」
目が覚めると、見知らぬ空間の中にいた。
ゴツゴツとした樹皮に覆われた不思議な空間だった。どこにも照明は付いていないのだが、天井付近の樹皮自体が輝いているのか、部屋は眩い明かりで照らされている。
俺が目覚めた祭壇には象形文字のような模様と、無数の線で構成された魔方陣のような模様が浮かび上がっており、何らかの儀式を行う祭壇のような場所だった。
「目覚めたか。救世主よ」
幼さを感じさせながらも凛とした声の方へ顔を向けると、15歳くらいの少女がそこに立っていた。
少女……というか、そもそも人か……? 人なのか……?
やや褐色気味の健康的な肌に、可愛らしくも気品のある金の瞳が特徴的な美少女だ。地毛なのかどうかわからないが腰まで伸ばした銀の髪は、部屋の輝きを綺麗に反射し、神秘的な雰囲気を纏っている。
特徴的なのが両耳の裏から生えた、木の枝のような2本の角。
肩や腹部を大胆に露出させた巫女装束。そして地肌に浮かび上がる星座のような紋様。
不敵ながらも快活とした笑みを浮かべる美少女は、どう見ても空想世界に存在するそれだった。
「童はラルディア・エド・ルミナ。死したお主の魂をこの世界に呼び寄せた【召喚士】じゃ」
「死した……? ……じゃあここは、死後の世界ってやつか?」
「ん、まあそのように捉えてもらってもよい」
死んだ瞬間のことを思い出して、俺は瞬間的に身震いをした。あまりの痛みに痛覚が切れたが、轢かれた瞬間の激痛と気色悪い感触が今でも残っている。
「キド・ヨスガか」
ルミナが持っていた銅鏡のような神具に、光る文字で何かが記されていた。
「享年24。幼少期に母を亡くし、荒れた父から虐待を受けて過ごす。その後一人であるばいと……をしながら生活費を稼ぎ、こんびに? で社員として引き抜かれ、すうぱあ……ばいざぁ? として活躍。勤務中に交通違反のトラックとやらにひかれて死亡、か。聞きなれぬ単語もあったが、壮絶な人生だったことは察するぞ」
どうやら生前の俺の情報が刻まれているらしい。何だその道具。プライバシーもへったくれもあったもんじゃない。
「だが、そんなお主の苦労が報われるときが来たのかもしれん」
「……どういう意味だ?」
「お主とて、不慮の事故で無くなって、前の世界に悔いが無いわけではなかろう。童の力で、お主を生前の世界に生き返らせてやってもよい」
「できるのか?」
「ああ」
得意げな笑みを浮かべるルミナに、俺はホッと胸をなでおろした。
確かにコイツの言う通り、我ながら不幸な人生を送ってきたように思う。親父の虐待から抜け出したかと思えば、そのあとすぐに働きづめの社畜人生。幸せが無かったわけじゃないが、山あり谷ありの人生で7割は谷に沈んだような暮らしぶりだった。
善人だった自覚はないが、地獄に落ちるほどの悪人でないのは間違いない。
何だかんだ辛い思いはしたものの、前世に未練が無いかと言えばウソだし、生き返ることができるなら生き返りたいというのが本音だ。
生き返って、今度こそ誰かに振り回されることない人生を送りなおしてみたい。いや、送りなおしてやる。
来世への決意を固め、俺はルミナによろしくとばかりに手を差し出した。
「それじゃあよろしく頼む。早速生き返らせてくれ」
「……? ただで生き返れるわけなかろう」
するとルミナは首を傾げながら、差し出された手を握り返して来た。
「これは取引じゃ。童の世界を救ってくれ。そうしたら元の世界に生き返らせてやる」
「オーケー。じゃあ生き返らせなくていいから、俺のことはほっといてくれ」
「あいわかった。……っておい?! お主、何処へ行くのじゃ?!」
前言撤回。何が取引だクソガキが。体よく人を使おうとしやがって。
どうして他人の面倒ごとに俺が巻き込まれなきゃならんのだ。
喜土便、24歳。某大手コンビニチェーンスーパーバイザー。
死してなお、俺の人生の手綱は俺じゃない誰かに握られたままのようだった。
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