第四十五話 アメリア・フィンドラルの言動 ⑤
私は無数の死体の横を通り過ぎながら、ただ一心不乱に城の最上階を目指した。
目的地は、主核の魔力水晶石がある結界部屋である。
「はあ……はあ……」
やがて私は息を荒げたまま結界部屋の前へと辿り着いた。
普段ならばこんな短時間で息は上がらない。
しかし、カスケード城内の惨劇に加えて、この城内にはただならぬ〈魔素〉が充満している。
その〈魔素〉と私の全身に覆われた魔力が衝突しているため、通常の何十倍もの速さで精神力が削られているのだ。
なので連鎖的に体力も大幅に削られつつある。
マズイ、と正直なところ私は思った。
ここまで私の精神力と体力が削られるとは思っていなかった。
これでは下手をすると、主核の魔力水晶石に満足に魔力を充填できないのではないか。
そうなれば王都中の魔力水晶石にも私の魔力が行き渡らず、それはつまり辺境の魔力水晶石にも魔力が伝わらないことを意味する。
要するに、この惨状を根本から解決できない。
などと思ったものの、すぐに私は弱音を払拭させるように首を振った。
馬鹿、アメリア・フィンドラル!
ここまで来て何を弱気になっているの!
私は激しく喝を入れるため、挟み込むように両手で頬を打った。
パアン、と乾いた音が周囲に響き渡る。
よし、と私は大きくうなずいた。
そうである。
ここまで来たら、あとは元〈防国姫〉としてやれることをするだけだ。
私はごくりと生唾を飲み込み、両開き式の扉を開けた。
直後、私は息を呑む。
結界部屋の主――いや、このカスケード王国の象徴たる主核の魔力水晶石が、見ているだけで心が荒んでしまうほどドス黒く変色していたのだ。
それは夜の闇よりも深い濃暗色。
しかもただ黒いだけではなく、この世の負の感情をすべて凝縮したような禍々しい力を感じる。
ミーシャ……。
私は大ホールで異形なモノと化したミーシャの顔を思い浮かべる。
いつ頃からだろうか。
幼少の頃の思い出の中には「アメリアお姉さま」と微笑むミーシャがいるのに、10代に入った頃からの記憶の中にいるミーシャは暗澹たる表情を浮かべていた。
私が周囲を驚かせるほどの無属性魔法の才能が開花した頃だ。
そして無属性魔法の才能を開花させた私は、王立図書館での勉強や王都内の病院での実践に明け暮れ、ミーシャのことに構えなくなってしまった。
なぜなら、その頃から私は王宮から将来において〈防国姫〉になるべく期待されていたからだ。
今思えば、あの頃からミーシャは私を恨んでいたのだろうか。
たまに実家に帰ったときにすれ違っても、ミーシャが私と面と向かって声をかけてくることはなかった。
ミーシャは私とは違い、〈防国姫〉に選ばれるための特別な魔力が開花しなかったからだ。
そんなミーシャはどこですれ違うときも私を無視し、ときには露骨に舌打ちまでしてくる始末だった。
しかし、それでもミーシャは私の妹である。
可愛いという感情はあったにせよ、自分よりも下に見るという感情などなかった。
しかし、ミーシャは違ったのだろう。
私に対して常に劣等感を抱いており、それが大人になって〈防国姫〉の魔力に目覚めたことで最大限に弾けた。
この私からすべてを奪うという方向に。
けれど、それがすべての始まりであり、終わりに繋がるとは本人も想像していなかったに違いない。
ミーシャの中途半端な魔力水晶石に対する知識と魔力が、結果的に今回のカスケード王国全体に大被害を与えた理由なのは明白だった。
その中でも最悪なのはミーシャ自身が異形のモノと化したことだ。
あれは主核の魔力水晶石が誤作動を起こし、そこから漏れ出た大量の〈魔素〉を浴びたせいだろう。
私は暗澹たるため息をついた。
もはやミーシャは人間として元に戻ることはない。
それどころか、あのままではミーシャは殺戮に明け暮れる暴姫として非道の限りを尽くす。
私は全身の魔力を堅牢に維持させながら、突風のように〈魔素〉が吹き荒れてくる魔力水晶石に近づいていく。
確かにミーシャは放っておけば悪逆非道の限りを尽くすだろう。
だが、ミーシャと対峙しているのはリヒトである。
私の従者兼助手であり、底辺まで落ちた私にとことんついて行くと言ってくれた大事な人。
王宮騎士団たちから一目も二目も置かれ、私の〈魔力手術〉のような特殊技能――〈魔力発勁〉を使う闘神の生まれ変わりのような人。
あのリヒト・ジークウォルトなら、きっと異形と化したミーシャを倒してくれる。
ならば私のすることは1つである。
一刻も早く、目の前の主核の魔力水晶石を正常にして国内の騒動を終わらせるのだ。
そのためなら元〈防国姫〉として、この国で生まれ育ったカスケードの民として命を懸ける。
私は気息を整えると、両手に魔力を集中させて前方に突き出した。
前方から吹き荒れる猛吹雪を防ぐように両手の掌で〈魔素〉をガードしつつ、1歩づつ床を噛み締めるように主核の魔力水晶石へと歩を進める。
魔力水晶石に触れさえすれば、私は内部に魔力を送って治療できるはずだ。
そう、これは医療行為と同じだ。
主格の魔力水晶石を重篤な患者とするなら、私はその患者を治すために手術をする医師である。
成功すれば国を救える。
しかし失敗すれば私の命が無くなることは当然のことながら、巡り巡ってカスケード王国も崩壊してしまうだろう。
私はぎりりと奥歯を噛み締め、〈魔素〉による影響を受けないように意識を保ちながら足を動かしていく。
もう少し……もう少しで……。
魔力水晶石の表面に両手が触れる。
と、思った直後だ。
後方から背筋が凍るような悪寒を感じた。
私は条件反射的に振り返る。
「――――――――ッ!」
そして私は声にならない声を発した。
結界部屋の出入り口に佇んでいたのは、全身血だらけでニヤリと笑っているアントンさまの不気味な姿だった。
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