第四十四話 リヒト・ジークウォルトの奮闘 終
俺の目の前でアンバーはミーシャに飛び掛かった。
伝説の魔獣――フェンリルの血を継ぐ銀狼は、メリダの体重など物ともしない俊敏な動きでミーシャに食らいつく。
「な、何なのこいつ!」
さすがのミーシャもアンバーの不意の登場には面食らったのだろう。
しかもアンバーの攻撃は、傍目から見ていた俺の目にも強力な咬撃であることは伝わってきた。
ガチンッ!
だが、そんなアンバーの咬撃も未遂に終わった。
噛まれる直前にミーシャは、上空へと飛翔して逃げたのである。
そしてアンバーはそのまま床に着地。
背中に乗っていたメリダが落ちないように上手く身体を動かす。
唖然としたのも数秒。
俺はハッとすると、アンバーとアンバーの背中に乗っていたメリダに言い放つ。
「お前たち、どうしてここに来た!」
すみません、とメリダが間髪を入れずに返してくる。
「お叱りはごもっともだと思います……ですが、他の人たちの誘導は終わりました。だから、ここに来たんです」
理由にも言い訳にもなっていなかった。
アンバーはともかく、何の力もないメリダがここにいると非常に危険だ。
ただ、それは戦闘者としての俺の考えだった。
一方のメリダの身になって考えるとよくわかる。
メリダはお嬢さまの1番弟子だ。
まだ能力こそ開花していないが、お嬢さまが言うには無属性魔法の才能があるという。
そんなメリダは自分1人だけ安全な場所にいることが嫌だったのだろう。
もちろん、メリダ自身も頭の片隅ではここに来てはいけないとわかっていたはずだ。
それでもメリダはアンバーとともにここへと来た。
理由など決まっている。
お嬢さまを心から尊敬する師匠として、俺のことを頼りがいのある仲間として認識しているからに他ならない。
たとえ危険だと承知していても、大切な人間たちが死地にいるのなら自分も死地へと足を踏み出す。
メリダはその一心でここへ来たに違いない。
それはメリダの目を見ればわかる。
1人前の騎士と同じぐらい強い輝きを放っていた。
ここで怪我をすることや、それこそ死ぬことですら厭わないと目で訴えかけている。
「このクソガキとクソ狼風情が! わたしの邪魔をするな!」
上空で滞空していたミーシャは、標的を俺からメリダたちに移した。
いや、メリダというよりはアンバーに強力な殺意を向けている。
俺よりも攻撃力と機動力が上だと判断したのだろう。
ミーシャは蝙蝠の翼をはためかせ、さっさと邪魔な闖入者を片づけたいとばかりに全身から負のオーラを放出させる。
それは常人ならば一発で気を失うほどの邪悪なオーラだった。
しかし、このときの俺はここが最大のチャンスだと思った。
メリダとアンバーたちの行動はお世辞にも褒められたものではなかったが、ここに来てミーシャの気を引きつけてくれていることは有り難かった。
メリダを乗せたアンバーならば、あのミーシャ相手に30秒の時間は稼いでくれるはず。
そんな俺の考えを読んだのか、アンバーは俺に向かって高らかに吠えた。
まるで「私が時間を稼ぐ」とでも言わんばかりに。
俺はこくりとうなずいた。
頼んだぞ、アンバー。
俺はもう魔力を込めることを隠さなかった。
右手にあらん限りの魔力を込める。
するとミーシャは、俺の凝縮されていく魔力を見て何か気がついたのだろう。
あいつは何かヤバイことをするつもりだと。
「お前、何をやっている!」
次の瞬間、ミーシャは俺に向かって飛行してきた。
メリダを背に乗せたアンバーよりも、魔力を込め始めた俺のほうが脅威だと認識したに違いない。
20秒……15秒……10秒……。
俺は心の中でカウントダウンをしている中、悪鬼のような顔のミーシャがどんどん距離を縮めてくる。
このままだと魔力を最大限まで込めるまでに攻撃されてしまう。
などと思ったものの、その悪い想像を払拭させてくれたのはやはりアンバーだった。
アンバーは持ち前の機動力を活かし、俺から数メートルまで切迫していたミーシャの胴体に横から食らいついたのである。
「このクソ狼がああああああああああッ!」
ミーシャは蝙蝠の翼を使ってアンバーを斬りつけようとする。
しかし、ミーシャのその攻撃が放たれることはなかった。
……5秒……ゼロ!
俺はカウントダウンを終えると、最大限まで魔力を圧縮させた右手を強く握る。
ミーシャ、来世で生まれ変わって出直してこい!
俺は床を蹴って疾駆すると、アンバーの咬撃を受けてもがいているミーシャとの間合いを詰めた。
そして――。
俺は跳躍すると、上空からミーシャの顔面に渾身の〈魔力発勁〉を叩き込んだ。
同時にアンバーはミーシャの胴体から口を離す。
ミーシャは俺の〈魔力発勁〉により10メートル以上も吹き飛び、やがて石造りの壁に激突した。
それだけではない。
顔面に受けた〈魔力発勁〉による魔力は、顔面を中心にミーシャの身体全体に広がってダメージを与えていく。
それはさながら抗体のない猛毒だ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!」
ミーシャは断末魔の雄叫びを上げると、俺の魔力によって身体が急激に膨れ上がって爆裂四散した。
体内に蓄積した俺の魔力の威力が、ミーシャの肉体の耐久度を上回ったのだ。
「リヒトさん、大丈夫ですか!」
すべてが終わったあと、俺の元にメリダを乗せたアンバーが駆け寄ってきた。
「ああ……だが、さすがに魔力を込めすぎた」
嘘ではない。
今の俺の体力はほんのわずかな力を残した状態だった。
せいぜい、あと1発の小さな〈魔力発勁〉を打てるくらいだろうか。
「まあ、そんなことはどうでもいい。これでお嬢さまの邪魔をする元凶はいなくなった。こうしている間にも、お嬢さまは主核の魔力水晶石がある結界部屋に辿り着いているはずだ」
それを聞いてメリダはほっと安堵したようだ。
ただ、大ホールの死体の山を見て暗い表情になる。
「これであの人たちも浮かばれるのでしょうか」
と、俺はメリダに釣られて死体の山に顔を向けたときだ。
数秒後、俺はとんでもないことに気づいた。
「おい、ちょっと待て」
俺の驚愕にメリダも顔色を変えた。
「どうしたんですか、リヒトさん。まさか、あの死体の中に親しい人がいるとか」
逆だ、と俺は叫んだ。
「俺にとってこの世でもっとも親しくしたくない、そしてミーシャと結託してお嬢さまと婚約破棄した上に王宮から追放したもう1人の元凶――」
俺はぎりりと奥歯を噛み締めた。
「アントン・カスケードの死体が消えている!」
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