第三十一話 ミーシャ・フィンドラルの愚行 ②
わたしはふと目覚めた。
あれ? ここはどこかしら?
周囲を見回してみると、そこは結界部屋と隣接されていた居室だった。
そしてわたしはソファの上に寝かされており、侍女たちの心配そうな目線が向けられている。
それでわたしはようやく気づいた。
魔力水晶石に魔力を流している最中に倒れてしまったのだろう。
ここ最近は辺境の地域からの魔力水晶石の力が弱まっていると知り、わたしは同じく辺境に派遣されたアルベルトの無事を祈りながら魔力を放出していた。
そんなアルベルトのことを思うあまり反動が来たに違いない。
などと思っていると、侍女長がおずおずとした態度で訊いてきた。
「ミーシャさま……お身体の具合はいかかですか?」
わたしは自分の身体の状態を確かめた。
頭痛や吐き気もなく、手足の痺れなども皆無である。
大丈夫よ、とわたしは答えた。
「ちょっと日頃の疲れが出てしまったのかしら。心配をかけてごめんなさいね」
わたしは侍女長や侍女たちにニコリと笑って見せる。
すると侍女長はホッと胸を撫で下ろす。
他の侍女たちも同様だった。
互いの顔を見合わせ、心の底から安堵した表情を浮かべている。
その態度を見るだけで、わたしの心は静かに落ち着きを取り戻していく。
侍女長たちは、わたしのことを本当に心配してくれている。
この1週間の間、実はわたしは結界部屋で人知れず倒れることがあった。
理由はアルベルトのことが心配でたまらず、その心配や不安を払拭させるべく魔力の放出を強めていたのだ。
そして倒れるたびに侍女長たちはわたしを心配してくれた。
こんなにも〈防国姫〉として身を削っている何と素晴らしい方なのだと。
ただ、侍女長たちはわたしが不純な思いから仕事に励んでいることを知らない。
侍女長たちはわたしとアントンは心の底から愛し合っており、わたしはそのアントンの思いから〈防国姫〉としの仕事を頑張っていると本気で思い込んでいる。
当たり前だが、そんなことはあり得ない。
わたしはアントンのことなど街中に捨てられているゴミクズほどしか考えておらず、心の底から愛しているのはアルベルトだけなのだ。
ただ、そんな私のアルベルトに対する思いを知られてはいけない。
だからこそ、侍女長を始めとした侍女たちにわたしが倒れていることは他言無用と言い聞かせていた。
わたしが倒れている時間が短かったこともある。
たとえ魔力の放出を強めて倒れたとしても、気を失っているのは1分にも満たない時間だと聞かされていたのだ。
だとしたら、わざわざ他の人間たちを心配させる必要はない。
というか、わたしを心配するアントンがウザいだけなんだけどね。
あのアントンの豚国王のことだ。
わたしが何度も倒れていたことを知れば、ますます私に対する距離感が近くなっていく。
表向きは未来の妻として心配していると言うだろうが、本当のところアントンはわたしの身体にしか興味がない性欲の権化なのである。
要するに私に対する性交を今まで以上に求めてくる可能性が高かった。
わたしは大きくため息を吐く。
食欲に加えて性欲も旺盛だと、わたしの心身が持たない。
身体もそうだが、精神的にあんな豚に抱かれていると虫唾が走る。
アルベルトとの将来を考えればアントンの機嫌を取らなければならないことは重々承知しているが、それでも毎夜の如く肉体を求められると肉体的な辛さ以上に苛立ちがつのってくる。
やはり、そろそろ別の薬を処方してもいいのかもしれない。
あの忌々しかった姉が王宮から去ったとき、姉は〈防国姫〉の引き継ぎが完全にできなかったので薬のレシピだけを残していった。
それは上級回復薬以上の回復効果を発揮する〝神薬〟とでも呼べるような薬のレシピであり、わたしはそのレシピ通りに薬を使ってアントンの原因不明の病気を治したのである。
ただ、そのレシピの中には強い副作用をもたらす劇薬のレシピもあった。
それらの材料は巷では猛毒で知られている草や毒虫を使い、本当に生命の危機に陥ったときに1度だけ効果を発揮する回復薬と書かれていた。
古来より治癒術師や医者の中で〝毒を以て毒を制す〟という言葉があるが、そのレシピの内容はまさにその言葉を体現するようなものばかりだった。
そして絶対に調合比率などを間違ってはならないと書き記されていたのは言うまでもない。
しかし、これは裏を返せば調合比率を間違えれば猛毒になるということだ。
なのでわたしは、アントンを回復させた日から実験を繰り返している。
アントンには調合比率を少しずつ狂わせている回復薬を与えていた。
もちろん、長期的に毒殺するためだ。
ある程度まで調合比率を狂わせた回復薬を与え続け、そしてピタリとやめる。
そのあとは薬を一切与えない。
これは王宮内の治療施設の施設長に聞いたことだが、ある毒薬の毒を1度でも体内に入れてしまうと、その毒は数ヶ月から数年という長期的な時間を置いてのち効果を発揮するものがあるという。
しかも死因は心不全と似た症状で亡くなるため、よほどの名医でも毒殺されたのか自然死なのかは判別できないという。
これを聞いたとき、わたしは心の中でニヤリと笑った。
突然の心臓発作などでアントンが死ぬことは、これ以上ないほどの自然死だと思ったのだ。
なぜなら、アントンは頭の中身も身体も豚に似た男だ。
常日頃から暴飲暴食に加えて、大の甘党で砂糖をたっぷり使った菓子などを馬鹿みたいに食べている。
あのような肥満体の男ならば、わざわざ毒を使わなくてもいつ血管が詰まって狭心症や心臓発作で死んでもおかしくない。
だが、念には念を入れておいても損はないはずだ。
あれでも血統だけは上等であり、その血統のおかげで予想以上に長生きしないとも限らなかった。
だとしたら、やはり少しずつ毒を体内に入れて死神を育てていくしかない。
数年後に生命を刈り取る鎌を薙ぎ払う死神を――。
そんなことを考えていたときである。
バンッ、と出入り口の扉が乱暴に開かれた。
そして1人の男が飛び込むような勢いで室内に入ってくる。
「み、ミーシャ! 大丈夫なのか!」
全員の視線が一気に扉へ集中すると、そこには息を荒げているアントンの姿があった。
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