第二十六話 アルベルト・ウォーケンの悲劇
アルベルト・ウォーケンこと俺は、先遣隊に選ばされた兵士たちとともにオクタへとやってきた。
王都ではオクタは小さな漁港と呼ばれていたが、馬車の中から見渡す限りではそれなりに発展している様子が見て取れる。
石造りの建物も多く、娯楽施設もそれなりに揃っている印象だ。
漁港以上、貿易港未満といったところか。
「この漁港の近くに魔力水晶石があるんですね」
俺は隣に座っていた兵士長に話しかけると、体格のいい兵士長は「はい」と大げさにうなずいた。
今回、先遣隊に選ばれた兵士たちは30代が多い。
つまり、俺よりも10歳は年上の大人たちだ。
けれど、兵士たちは俺に対してはずっと敬語で話しかけてきた。
俺が将来の魔術技師庁を担う逸材だと上司から言われたのだろう。
「そうかしこまらないでください。俺はまだ新米なんですから」
「ですが、優秀だからこそ他の魔術技師たちを差し置いて今回の派遣に選ばれたのでしょう」
ここで「そうですね」とはさすがに自画自賛できなかった。
そこまで言えば謙遜を通り過ぎて単なる嫌味である。
「これも経験だと思って頑張りますよ」
俺は当たり障りのない返事をしながら、馬車の中から外を見つめた。
今日は天気もよく、遠くに見える海も穏やかだ。
まるでこれからの仕事が簡単に終わることを天が示しているようだ。
「どうします? 一旦、宿屋に向かいますか?」
兵士長の問いに俺は思考した。
「その前に1度現場を見に行きましょうか。特に異変がないようでしたら、その場でメンテナンスを終わらせてしまいましょう。そうすればあとは自由時間ですし」
俺がそう言うと、兵士長はパッと表情を明るくした。
「わかりました。ならばこの漁港から少し離れた山の麓にある神殿に向かいましょう。ここの魔力水晶石はその神殿の神官たちが守っているのです」
「常駐の魔術技師はいないのですもんね」
「さすがに王都から離れ過ぎていますから……まあ、そんなに深く考えずに気楽にやりましょう」
俺は「そうですね」と同意する。
今回のオクタへの派遣は、あくまでも魔力水晶石のメンテナンスが主で危険なことはない。
このオクタに来るまで1度だけ魔物に襲われたが、それはゴブリンやアルミラージなどの低級魔物だったため、兵士たちは怪我をすることなくあっさりと退治してしまった。
辺境の地域には凶悪な魔物が多いとは聞いているが、それは人里から遠く離れた場所にいることがほとんどだ。
ここまで発展している漁港ならばそんなに危険はないだろう。
とはいえ、この世に絶対なことはない。
俺は出立前のミーシャの顔を思い浮かべた。
俺がこの辺境の魔力水晶石のメンテナンス要員に選ばれたと知ったときは、ミーシャは顔を青ざめて泣きじゃくっていた。
今生の別れと言うには大げさだが、それぐらいの危険をミーシャは抱いたのだろう。
そんなミーシャを必死になだめ、俺はこうして辺境の漁港にいる。
正直なところ、長居などしたくない。
やることをやって兵士たちとある程度休息したら、王都へ帰ってミーシャと愛し合うのだ。
などと考えていると、馬車は緩やかな坂の上にあった神殿へと到着した。
この村の神殿は、かなり古い時代に建てられた神殿だ。
なので当時のたまに来る大嵐による津波から守るため、神殿は街から離れた山の麓に建てられていた。
大理石で建てられている王都の神殿と違って、この神殿は村の中にあった建物と同じ石材を主として建てられている。
俺たちは馬車を下りると、ぞろぞろと神殿の中へと足を踏み入れていく。
直後、俺は内部の様子に首をかしげた。
神殿の中はしんと静まり返っていて、人の気配がまるでしない。
「はて、この神殿にはそれなりの数の神官たちがいるはずですが」
俺と同じく首をかしげたのは兵士長だ。
「村の会合か何かに参加して留守にしているとか」
「いえ、だとしても全員で参加するはずはないでしょうに」
確かに兵士長の言う通りである。
神官長ならばいざ知らず、他の神官たちも会合に参加するはずがない。
「でも、ここで帰るのも面倒です。とりあえず魔力水晶石の様子を見ましょう」
と、俺の提案で全員で神殿の奥に向かった。
神殿の奥には、魔力水晶石が台座の上に鎮座されていた。
「…………え?」
魔力水晶石を見たとき、俺は思わず頓狂な声を発してしまった。
俺の視界に飛び込んできたのは、怪しげな紫色に輝いている魔力水晶石だったのだ。
魔力水晶石が紫色に発光しているということは、致命的な異常を起こしている証拠である。
だとしたら非常にマズい。
すぐに正常な緑色に発光させるために直さないと。
俺は用意していた荷物入れから修理用の魔道具を出した。
その直後である。
「うわあああああああ――――ッ!」
兵士の1人の叫び声が周囲に木霊した。
俺は何事かと振り向くと、出入り口の近くにいた兵士の1人が床に倒れていた。
それだけではない。
倒れていた兵士の近くには、僧侶服に身を包んでいた神官長がいたのだ。
白髪の60代と思しき老齢の神官長である。
「な、何をされるか!」
兵士長は思わず長剣を抜くと、魔物でもない神官長に切っ先を向けた。
しかし、神官長は微塵も動揺しない。
そればかりか、兵士長に向かってゆっくりと歩を進めていく。
このとき、俺はハッと気づいた。
神官長の両目は異常なほど血走り、猛獣のような唸り声を上げていたことに。
まともな状態じゃない。
俺と同じことを考えたのか、残りの兵士たちも慌てながら長剣を抜いた。
それでも神官長は歩みを止めるどろか、強く地面を蹴って俺たちに襲いかかってきた。
「ギョオオオオオオオオ――――ッ!」
神官長の腹の底にまで響く叫声を聞きながら、俺は脳裏にミーシャの愛しい顔を思い浮かべた。
ああ……ミーシャ……俺はもう君には会えな…………
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