第二十三話 アントン・カスケードの愚行 ④
「ゴホッゴホッ……ゴホッゴホッゴホッ!」
僕は自分の寝室で床に臥せっていた。
一体、僕の身体に何が起こったのだろうか。
激しい耳鳴りとめまい、そして一向に止まる気配のない咳に僕は死ぬほどの恐怖を感じていた。
事の発端は数日前のことだ。
最初は小さな咳だった。
それも数時間に1つか2つということもあって、僕は風邪を引いてしまったのかと軽く考えていた。
ただし風邪は万病のもとだということもあり、僕は公務を少し抑えて身体の回復に努めた。
けれども、そうしている間に咳の数はどんどん増えていった。
それだけではない。
咳が出てくる感覚も短くなってきて、ついにはまったく咳が止まらなくなってしまったのだ。
仕舞いには激しい頭痛やめまい、耳鳴りや高熱まで出てきたこともあり、すぐに王宮専属の治癒術師や医者に身体を診てもらった。
だが、王宮専属の治癒術師や医者は誰もが匙を投げた。
巷で流通している回復薬の何倍もの効果を発揮する上級回復薬を始め、特別に調合された解熱剤や鎮咳剤を服用しても僕の症状は治まらなかったのである。
こうなると王宮は上を下への大騒ぎになった。
「おい、さっさと僕を治せる者を……ゴホッゴホッ……連れて……ゴホッゴホッ……来い!」
僕はベッドの中で大声を上げた。
本当は喉が腫れて喋るのも辛かったが、そうでもしないと馬鹿な家臣たちはうろたえてばかりだ。
現に今もそうだった。
この部屋にいた宰相や侍女たちは慌てふためいているだけである。
「陛下、お気を確かに。それに、そのような大声を上げてはお身体に障ります」
宰相がオロオロしながら気休めの言葉をかけてくる。
「馬鹿者……ゴホッゴホッ……そんな言葉は……ゴホッゴホッ……要らん……ゴホッゴホッ……それよりも……ゴホッゴホッ……早く僕を……ゴホッゴホッ……治せる者を連れて……ゴホッゴホッ……来ないか!」
何せ僕は王位継承権1位の第1国王なのだ。
たとえ難病で苦しむ民草どもがいようと、そんな連中は放っておいて国中から名医と呼ばれる治癒術師や医者を連れて来なくてはならない。
「ですが、陛下。もはや王都中の治癒術師や医者を連れてきました。こうなると残るのは……」
「ゴホゴホッ……残るのは何だ!」
しばし無言を貫いたあと、宰相はおそるおそる口を開いた。
「アメリア・フィンドラルさまを連れて来るしかありません」
その宰相の言葉に僕は目を見開いた。
なぜ、あんなデカ女の名前がここで出てくる?
「アメリアさまは防病魔法の他にも特殊な力を有していたと聞きました。実際に多くの治癒術師や医者に確認したところ、今の陛下の原因不明の病気を治すことができるのはアメリアさましかいないと言う者も少なくなりません」
「ゴホゴホゴホッ……な……ゴホゴホッ……何だと……」
そんな馬鹿な、と僕は心中で叫んだ。
アメリアにそんな力があるなんて聞いたことがないぞ。
だが、それが本当なら仕方がない。
「よし……ゴホゴホッ……そうとなったら……ゴホゴホッ……アメリアを……ゴホゴホッ……ここへ……ゴホゴホッ……早く……ゴホゴホッ……連れて来るんだ」
「無理です」
「は?」
と、僕は頓狂な声を上げた。
「アメリアさまとのご婚約を一方的に破棄し、王宮から追放したのは陛下ではありませんか」
「この……ゴホゴホッ……くそ馬鹿が……ゴホゴホッ……だったら……ゴホゴホッ……早くアメリアの……ゴホゴホッ……実家へ行って……ゴホゴホッ……無理にでもここへ……ゴホゴホッ……連れて来い」
宰相は小さく首を左右に振った。
「それも無理です。なぜならアメリアさまはすでにフィンドラル家から勘当されており、当主も今のアメリアさまがどこにいるのかわからないとのことで……」
すでに僕の意識は朦朧の極致にいた。
国王の高貴なプライドで何とか意識を持たせていたが、さすがに不安と怒りで意識が途切れそうだった。
ああ……まずい……このままでは……。
死ぬ、という恐怖の2文字が頭をよぎったときである。
誰かが僕の部屋の中へと入ってきた気配を感じた。
「こ、これはミーシャさま」
宰相が扉のほうに顔を向けて驚いた顔をしている。
ミーシャ?
僕は何とか顔だけを動かして扉のほうを見た。
そこには僕の愛しいミーシャがいた。
「み……ゴホゴホッ……ミーシャ……ゴホゴホッ……どうして……ゴホゴホッ……ここに……ゴホゴホッ……」
ミーシャは落ち着いた足取りで僕の元までやってくる。
「遅くなって申し訳ございません。アントンさまのお身体を治す回復薬を作るのに少々手間取ってしまいました」
そう言うとミーシャは、僕に真っ白な丸薬を見せつけてきた。
「どうぞ、アントンさま。これはわたしが作った特別な回復薬です。これを飲めばたちまちお身体はよくなりますよ」
「ほ……ゴホゴホッ……本当か……ゴホゴホッ……本当にその薬を……ゴホゴホッ……飲めば……ゴホゴホッ……治るのか……ゴホゴホッ……」
ええ、とミーシャはうなずいた。
すでに心身ともに限界だった僕は、藁をもつかむ思いで口を開いた。
ミーシャはベッドの隣にあったテーブルから水の入ったグラスを手に取ると、僕の開けた口に丸薬を優しく入れる。
「さあ、アントンさま。ゴクリと飲んでくださいね」
続いてミーシャの手によってグラスの水が口内に注がれる。
僕はゴクンと丸薬を水で胃に流し込んだ。
そして――。
「おお……おおおおお……おおおおおおおおおッ!」
丸薬を飲んで数分後、僕は歓喜の雄叫びを上げた。
ほんの数分前まで死がよぎったほどの体調の悪さが、ミーシャの丸薬によってたちまち体調が回復してきたのだ。
激しい頭痛やめまいもなくなり、辛かった咳もピタリと止まった。
そして額に手を当てなくても、平熱になっていることがわかった。
「ミーシャ! やはり君こそ本物の〈防国姫〉……いや、カスケード王国の伝承に伝わる癒しの女神の再来に違いない!」
僕は上半身を起こすと、ベッドの横に佇んでいたミーシャの手を握った。
宰相や侍女たちも信じられないとばかりにミーシャを見つめた。
一方のミーシャは僕を見下ろしている。
「お褒めにあずかり光栄です」
「……ミーシャ?」
ミーシャの顔を見上げた僕は、思わず眉間に深くしわを寄せた。
いつものミーシャと雰囲気が違う。
どことなく悲しげな雰囲気が漂っているのだ。
まるで大切な人間が戦地に向かうことを知った者のように。
そんなことを感じていた僕に、ミーシャはすぐにいつものように満面の笑みを浮かべて言った。
「念のため、この薬はあと十数日は飲んで様子を見ましょう」
「お、おう……頼んだぞ」
僕はふと覗かせた普段とは違うミーシャのことなど忘れ、自分の体調のことを第1に考えるようにした。
うむ、まずは僕の体調こそがすべてのおいて優先されるのだ。
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