少年は決意した
「トイレの個室に閉じ込められて、上から汚水を流された、と。助けを求めに職員室に行ったけど担任には追い払われそうになった。……何てこと」
学長室でオネストから話を聞いた学園長エルフィンは、その白い美しい顔に憂いを乗せていた。
「担任には私から厳重注意しておくわ。実行犯の生徒たちの名前はわかる?」
「……いえ。クラスも違うので」
学園側がきっちり調査するなら、彼らがオネストの親戚であることはすぐ判明するだろう。
ただ、彼らはわざわざ食堂スタッフの買収などという手間も費用もかかることを仕出かして、かつスタッフが逮捕されても自分たちの名前が出ないよう圧力をかけている節がある。
(どうしてそこまで僕を貶めようとするんだろう。冷遇された本家の息子なんて放っておけばいいのに)
「オネスト君、口腔清浄剤舐める? あんな汚水被ってたなら気分悪いでしょ」
「……うん」
ルシウスが小さな長細い四角の缶からタブレットを出して、オネストの手に二個載せてくれた。
魔法薬の一種で、食後の口の中の汚れを清浄にしてくれるものだ。手頃な価格なので学生は誰でも常備している。
主にミント味なので、気付け薬代わりにも使える優れ物である。
「ルシウス君、俺にも一個」
「あら、なら私にも」
ボナンザと、なぜかエルフィン学園長にまで強請られて、仕方ないなーと言いながらも手のひらに一粒ずつ載せてやった。
なお、中性的な容貌だし言葉遣いも女言葉寄りだが、学園長はれっきとした男性だ。
エルフの血を引くハーフエルフだから中性的な美貌の持ち主だが、単純に女避けでオネ兄さんっぽく振る舞っているだけである。
学長室を辞すとき、オネストはエルフィン学園長に声をかけられた。
「オネスト君。良い友達ができたわね」
「……はい」
ここで「友達かどうかわからない」などと本音を言うほど空気が読めないわけでもなかった。
小さく返事をして、ぺこりと頭を下げて先に廊下に出ていたルシウスとボナンザに続いた。
エルフィンはネオンブルーグリーンの目を少し細めていたが、それ以上は何も言わずに見送ってくれたのだった。
「今からじゃ街の散策は遅いか。ねえ明日はどう」
「おっけー」
「………………」
明日の約束で盛り上がっている二人に、オネストは自分も、とは言えなかった。
財布は持っているが中身がない。現役の子爵と侯爵の彼らなら街に出たら買い物もするだろうし、カフェで休みもするだろう。
自分にはお茶一杯飲むだけの手持ちもないのだ。
(これまではそれが当たり前だと思ってたけど)
彼らが気の良い人たちだというのは、これまで人付き合いのなかったオネストでもわかる。
多分、手持ちがないと言えばお茶代ぐらいなら出してくれる人たちだろうということも。
「二人とも、今日はありがとう。ぼくはここで失礼するね」
ぽそぽそと小さく言って、自分なりに丁寧に頭を下げ、正門の手前で二人と別れた。
学園の馬車の駐車スペースに家の馬車や御者が待っていないのは分かりきっていた。
徒歩で少し遠いグロリオーサ侯爵家の邸宅への帰路を歩きながら、オネストは決意した。
(もう我慢するのはやめよう)
報復しよう、と。