救う者、救わぬ者
「お昼だ! ボナンザ君、オネスト君、一緒に行こ!」
「おっけー」
「え? ぼくは……」
翌日、ルシウスとボナンザは昼休みに入るなり、無理やりオネストを連れて食堂へ向かった。オネストは遠慮しようとしていたが、あえて強引に強引に。
全員同じ今日のおすすめ定食を注文し、ルシウスとボナンザは三倍盛りで注文。
育ち盛りなのでたくさん食べたいのだ。特にボナンザは身体が大きいので人より量が必要だ。
「今日はオススメ定食がサーモンパイなんだよ。僕の好物!」
ルシウスはウキウキしている。
しかしオネストの分だけがいつまで経っても出来上がって来ない。
「二人とも、料理が冷めてしまう。先に食べてて」
オネストはひとり配膳カウンター前に残った。
「ほらよ! せいぜいおいしく召し上がれ!」
更に十分ほど経過して、投げつけるように定食のトレーが配膳カウンターに置かれた。
「は? 何これ、ふざけてる?」
「へ? ……アッ!?」
トレーを受け取ったのはオネストではない。同じ小柄な生徒だが、ルシウスだ。
「ちょっと。僕たちが注文したのはおすすめ定食だよ? 何なのこれ、サーモンパイは形崩れしてるし、中身の具もはみ出てる。しかもこのソースはいったい? 今日のメインはサーモンパイのクリームソース添えじゃないの? なんか白い液体……牛乳? しかも冷たい???」
指先を皿の中の白い液体に突っ込むと、冷蔵庫から出したてのように冷たい。しかも。
「やだ、何か酸っぱい匂いがする? ……嘘、これ腐った牛乳!?」
ざわ、と食堂内がどよめいた。
「おーい、ルシウス君。学園の衛生責任者連れてきたぞー」
ボナンザが白衣姿の若い男性を連れてきた。
家庭科の教師で、食堂で提供するメニュー考案や、衛生監督も行なっている人物だ。
「これはいったい、何が?」
「先生! 配膳された料理がおかしいんです。見て!」
「ま、待て、待ってください!」
配膳補助のスタッフが慌てて料理を引き下げようとしたが、ルシウスのほうが早かった。ひょいっとトレーごと持ち上げて、すぐ近くのテーブル席に置いた。
家庭科教師はトレーの上の料理をじっと見る。彼は物品鑑定スキルの持ち主だ。当然、料理の状態も鑑定できる。
「これは……今日のメニューはサーモンパイのはずですが、パイの中身が入れ替えられてますね。しかも具が……残飯!?」
再び食堂内がどよめいた。
「ソースも腐った牛乳になってます」
「ええ、間違いない。十日前に期限切れで腐敗した牛乳です。こんなもの口にしたら食中毒になってもおかしくない」
食堂は一気に騒然となった。
食欲が失せてしまった生徒も多数出て、その日の食堂は家庭科教師の権限で即営業停止とされた。
ルシウスの機転で料理を汚すスタッフは解雇され、国の衛兵に引き渡された。
だが、なぜスタッフが生徒に提供する食事を汚すような細工をしたかが謎のままだ。
当のスタッフ本人が頑として口を割らないため、彼は学園の食堂から解雇されるだけで済んだようだ。
以降、オネストは食堂でふつうの、真っ当な昼食を取れるようになった。
しかし、それがオネストの親戚の生徒たちには気に食わなかったようだ。
なのにルシウスやボナンザという〝爵位持ち〟がそれから常にオネストの近くにいるようになってしまって、近づけない。
ところが。
あるとき決定的なことが起こった。
放課後、オネストが教室を出て下校前にトイレで用足しを終えて出ようとしたところ、トイレに入ってきた複数の男子生徒たちに個室に押し込められた。
いつも食事に嫌がらせするよう指示していた、グロリオーサ侯爵家の分家子息たちだ。
「何をするの!? どいてくれ!」
個室の中から出ようとするがドアが開かない。
そこに個室の外側から中に向けて、汚水をぶっかけられた。
ご丁寧にもトイレ内の清掃具入れ付近にある下水栓を開けてバケツに汚水を汲んで、その汚水をかけたのだ。
「はは、やってやった!」
「これに懲りたらもう学園なんか辞めたらどうですか? 〝ご本家様〟?」
「そうだそうだ!」
しばらくすると、揶揄するように騒いでいた外の声がなくなる。気が済んだのかトイレから出て行ったようだ。
個室のドアはまだ開かない。何か外側に細工されているみたいだった。
仕方ないから魔力を手に込めてドア自体を壊して外に出た。
「もう、無理か」
この状態だと制服を自分で洗ってどうこうできるレベルを超えている。
このままだと帰りの馬車に乗るどころか、街中を歩くことすらできやしない。
もはや限界だった。
オネストは職員室の担任に助けを求めに行ったが、汚水まみれの生徒を見た女の担任教師は悲鳴をあげて追い払おうとした。
だがオネストは職員室を出なかった。
汚水を浴びせられたショックで弱っていたせいもある。
まったく自分のために動いてくれない担任への失望と、〝その程度〟の自分に本当に死んでしまいたくなった。
職員室にいた他の教師たちの反応は半々に分かれていた。
担任のように汚いものを追い払おうとする者と、あまりの事態に呆然となっている者。
そして数少ない心ある教師たちが慌てて学園長を呼びに行ったのと入れ替わりに、クラスメイトのルシウスとボナンザが職員室に駆けつけてきた。
「オネスト君! なかなか門に来ないと思ったらこんなとこで!」
「何かトラブルに遭ったみたいだな」
なぜここに、とオネストが小さな声で聞くと、放課後にボナンザを連れて王都を散策する予定だったので、同じく王都育ちのオネストを誘おうと門で待っていたそうなのだ。
「そしたら職員室が騒ぎになってたから見に来たの。とりあえずその格好、何とかしようか。清浄魔法!」
「!?」
ルシウスの詠唱と同時に、汚水まみれになっていたオネストと、彼から滴り落ちる汚水で汚れていた床が一気に清浄化された。
「それ冒険者ご用達の魔法だろ?」
「ふふん、上級ランクだよ参ったか!」
自慢げにルシウスが胸を張っていると、ようやく教師たちが呼びに行った学園長がやってきた。
「いったい何事!?」
学園長のエルフィンは首の後ろで結った髪も肌も真っ白で、ネオンブルーグリーンの瞳が輝く中性的で美しい男性だ。
エルフの父と人間の母を持つハーフエルフで、もう数百年は生きているこの学園の生き字引である。
現役伯爵の彼は実家の礼装である墨色の軍服をいつもまとっている。
「とりあえず、状況を説明してくれる?」
そのままオネストはルシウス、ボナンザと一緒に学長室に連れて行かれた。