甥っ子たんと遊んだ後、ボナンザの秘密
互いの自己紹介も一通り終わったところで。
リースト伯爵カイルは、宰相からとある依頼を受けているそうだ。
「我がリースト伯爵家が魔法樹脂を開発した一族と知っているか? 宰相閣下から、魔法樹脂で君の視力補助用レンズを作るよう、依頼を受けている」
「えっ。ち、父がそんな図々しいことを頼んでいたのですか!?」
飛び上がって恐縮するオネストを「まあまあ」と宥めながら、カイルとメガエリスは別室へと連れて行ってしまった。
「あらー。あちらは旦那様とお義父様にお任せしましょう。ルシウス君たちはどうする?」
「ヨシュアと遊びます!」
「ふふ。じゃあお夕飯の時間まで子守りをお任せするわね」
さあ、可愛い甥っ子と遊ぶ時間だ。
まだ今年二歳の甥っ子ヨシュアに、ルシウスはメロメロだった。
二歳にしては身体はまだまだ小さい。魔力の高い子供は成長が遅いためだ。
ヨシュアもルシウスに抱っこされながら、嬌声をあげて喜んでいる。仲の良い叔父と甥だ。
「きゃー!」
「ウフフフ……僕の甥っ子たんは可愛いでしゅねえええ~」
「おーい、ルシウス君。学園でお前のファンの子たちに見せられない顔になってるぞー」
もうトースト上のバターの如く、ゆるんゆるんに蕩けている。いや、むしろ固め損なったプリンのようなというべきか。
「まあ確かに可愛いよな。こりゃあ将来、女どもが放っておかないぞ」
「モテるのは間違いないけど。でもね、リースト一族は自分が本気になれる相手以外はどうでもいいって血筋だから」
「へえ?」
思いの外、真面目な口調のルシウスだ。
もっとも、年の割に大きな手で、ヨシュアの小さなお手々をにぎにぎしながらだが。
「きっとヨシュアも同じだよ。心底惚れ込んだたったひとりのためだけに生きるんじゃないかな」
「それって」
(お前さんも同じなのかい。ルシウス君)
きっと口に出すのは野暮なんだろう。そう思ってボナンザは口をつぐんだ。
「誰を好きになっても、僕はずっと側にいるからね。ヨシュア」
「るー! るー!」
「まだ〝ルシウス〟って呼ぶのは難しいね。叔父ちゃんでもいいけどね」
「じー!」
「もう、ヨシュアってばー」
夕方まで子供部屋で遊んでいたが、ヨシュアが眠ってしまったので乳母に預けて部屋へ戻すことにした。
まだオネストたちは戻らない。
夕食までまだ時間があったので、ルシウスはボナンザを屋敷の屋上に誘った。
王宮や市街地だけでなく、ここから見る夕焼けはとても見事なのだ。子供の頃からのお気に入りの場所である。
アケロニア王国の王都は、扇の要の位置に王宮や首脳部、官民財、それに神殿といった主要機能が集まっている。
リースト伯爵邸はその要から程々に離れた高級住宅街にある。何年か前の大地震で半壊したため、今の建物は周りと比べても新しく設備も良い。
「ねえねえ、ボナンザ君」
「なんだい、ルシウス君」
何気なく名前を呼ばれて、こちらも何気なく問い返すと。
「僕、身近な人からスキルを自動で習得するスキルを持ってるんだけどね」
「お、おう」
いきなり超弩級の告白、きた。
「ボナンザ君由来の隠密スキルや諜報スキルを習得したんだよね。持ち主の君の許可がないと使えないから、許可くれないかな?」
「ちょっと待ったー! 何だそのチートスキルは!?」
ボナンザ侯爵家は、南方大国カサンドリア王国の諜報と暗殺を担う家である。
と教えられて、ルシウスは小首を傾げた。
「この国に誰か暗殺でもしに来たの?」
「するか! 違うって、うちの家は『嫁を探すまで他国を漫遊しろ』が家訓なの」
「へえ。見つかった?」
「見つかると思うか? この〝ピンクオークのデブ〟に?」
言ってボナンザは自分の分厚い頬っぺたを摘まんで引っ張った。見事なピンク色の肌である。
「ボナンザ君を知ったら見た目なんかどうでも良いと思うけどなあ。ふふふ、君はきっと学園にいるうちにお嫁さんが見つかるよ」
それから二人でいろいろと話をした。
「うちはカサンドリアでも古い家でさ。血が強すぎるんだ。外から美形の血を入れても生まれるのはピンクの仔豚ちゃんばーっかり」
言ってボナンザは懐からパスケースを取り出した。身分証の裏側から写真を一枚取り出す。
この数十年で、人物や光景を正確に写し取る写真機なる魔導具が開発され、写し取った絵は〝写真〟と呼ばれて知られていた。
もっとも、写真機自体が非常に高価なので、まだまだ王侯貴族や富裕層にしか出回っていないのだが。
中央にまだ少年時代の小柄なボナンザが。幼いが外見は今とあまり変わらない。とても可愛い〝子豚ちゃん〟だ。
後ろに正装の大柄な男性が。今のボナンザそっくりの〝ピンク肌のオーク〟そのもので、これが父親だろう。
父親の隣には、ほっそりした儚げで美しい黒髪の美女がいる。
ここアケロニア王国では黒髪や黒目は王族しかいないが、他国ではどちらか、あるいは両方揃った人間は珍しくはない。
「わあ。美人だね、お母様?」
「そ。見ろよ、母上様の血の痕跡もないこの子豚ちゃんを!」
ここ、ここ! とボナンザはピンク色の太い指先で写真の幼い自分を指差した。
「あはは……黒髪は受け継いでるじゃないー。王族や貴族の本家ってそういうとこあるよね。うちもだもん」
例えば先ほど遊んでいたヨシュアも、父親のカイル伯爵から分裂したかのように、瓜二つ。
母親のブリジットの面影はまったくない。