ルシウス君のおうち訪問×2
グロリオーサ侯爵令息オネストの事件後。
リースト子爵ルシウスは一気に学園の人気者のトップに躍り出た。
何といっても聖剣の持ち主であり、現役の〝子爵〟閣下だ。在学するクラスも最優秀者の集まるAクラス。
そしてあの麗しの容貌、人懐こく明るく元気な性格。
これで注目するなというほうがおかしい。
ただ、そんなルシウスが気に食わない貴族の令息たちが一定数、二種類いた。
一つは、オネストが立ち上げたルシウスのファンクラブなどに属すこともなく、批判的な者たちだ。
二つめの面々は、オネストを虐待していたが、証拠不十分で咎められることがなく学園に残ることができた者たちだ。
迂闊にもオネストの親戚子息たちの扇動に乗ってしまった者たちでもある。
中核人物はフォーセット侯爵家の令息カストリという。
だが周囲は彼らがオネストを苛めたり侮辱したりしたことを周囲は知っているので、学園内で立場が悪くなってしまっている。
オネストの騒ぎが落ち着いても、彼らのほとんどは学園での居心地が悪かった。
後日、そのフォーセット侯爵令息カストリはルシウスが既に実家から独立してることを知った。
彼の実家リースト伯爵家は国内では中堅どころだ。地方に栄えた領地を持ち、王都内にそれなりの規模のタウンハウスを構えていることは貴族なら誰でも知っている。
そんなルシウスが持っている家とはどんなものなのか。
実際に王都のルシウスの自宅を見に行ったところ、そこにあったのは大通りに面した、小さな赤レンガ造りの二階建て建物だけ。
それを見たフォーセット侯爵令息カストリは爆笑した。
「何が子爵様だ。とんだ貧乏子爵様じゃないか!」
と笑っている男子生徒たちのほとんどは、学園の高等部への入学で領地から出てきたばかり。まだ世間知らずの学生ゆえか、王都の土地事情を知らない。
ルシウスの子爵邸が王都一地価の高い地区にあること。
建物は小さくても子爵邸の価値がそこらの貴族のタウンハウスよりはるかに価値があることを。
そして、子爵邸は通りから見た建物こそ古くて小さいが、裏手に広がっており、裏庭を含めた敷地はかなりの広さがあることを。
元から王都住まいで街の様子にも詳しい下位貴族の取り巻きたちは青ざめていたが、勘違いしている彼らに指摘はしなかった。
(な、なあ。カストリ様ってさ……)
(……ああ。今後は我らもちょっと距離おこうか)
(だよなー)
そんなことを声を潜めて話していた。
さて、一部の生徒たちに嘲笑われていることなどまったく知らないルシウスはといえば。
週末の放課後、友人のボナンザ、オネストを連れて、実家に遊びに来ていた。
「初めまして、リースト伯爵家の皆様。カサンドリア王国から留学に参りましたボナンザ侯爵ロドリゲスと申します。こんな見た目ですがちゃんと人間ですのでご安心ください」
もうすっかりお約束の挨拶だが、ルシウスの実家の家族の面々はボナンザの豚顔を見ても動じなかった。
むしろ普通の貴族同士の挨拶と歓迎に、ボナンザのほうが拍子抜けしてしまったほど。
「グロリオーサ侯爵家のオネストと申します。……あの、父がいろいろ普段からご迷惑をかけているそうで、申し訳ありません」
父親同士の確執を聞いていたオネストはルシウスの実家来訪に恐縮していたが、リースト家の面々はさほど気にしていないようだった。
まず、ルシウスと同じ青銀の髪と湖面の水色の瞳なのが二人。
口髭のあるほうが、ルシウスの父で前当主、前リースト伯爵であるメガエリス老だ。年は七十前後といったところか。
背が高く、騎士らしい体格を持っている。元魔道騎士団の団長だそうで、現在は現役を引退して顧問を務めているそうだ。
「うちの子のお友達が我が家に来てくれる日が来ようとは……」
何やら感涙に咽んでいる。
二十代半ばの青年のほうはルシウスの兄で現当主、リースト伯爵のカイルだ。
こちらは髭がない分、ストレートにルシウスによく似ていた。父のメガエリス卿と身長はほぼ同じ、若い分少しだけ父親より細身だ。
無表情ぎみで冷たい印象を受ける。だが、傍らの夫人の腕の中から幼い息子が伸ばす小さな手を優しく握り返しているところを見るに、見た目よりずっと愛情深い人物のようだ。
「学園でルシウスが迷惑をかけていないか? 今日明日はその辺をじっくり聞かせてほしい」 「もうっ、兄さんってばー」
ソンナコトナイヨーとルシウス本人は言っているが、ボナンザとオネストは顔を見合わせて苦笑した。
最後に紹介されたのが、ルシウスの義姉である、伯爵カイルの妻ブリジットと嫡男ヨシュアだ。
ブリジット夫人は茶色の緩い癖毛のショートボブの髪とパッチリしたグレーの大きな目の、中型犬のような印象の可愛らしい女性だ。
少しぽっちゃり体型の、見るからにおっとりした癒し系である。
ヨシュアはまんま、父カイルやルシウス、それに祖父メガエリスのミニチュアである。
幼児だが、麗しのリースト伯爵家の血筋を余すことなく表現した美しい子供だった。
「ふふふ。今年二歳になるのよ。まだまだ小さいのですけどね」
母親の腕の中で、嫡男のヨシュアはパッチリ大きな瞳でご機嫌良さげに笑っている。
その薄いティールカラーの瞳の中には、銀色の花のような模様が咲いている。この世界では魔力が高いとこのような特殊な目になることがある。
(兄貴の伯爵もじゃないか。さすが高名なリースト伯爵家。魔法の大家の名は伊達じゃないね)
しみじみ心の中でつぶやいたボナンザだった。
ぼちぼち連載再開でーす。