ルシウス君様ファンクラブ爆誕
その後、オネストは実家を出て学園の寮に入った。
学生領は遠方の地域から学園に入学した生徒用で、本来は王都に住まいのある生徒は入れない。
オネストの場合は家庭の事情を考慮されて入寮許可が降りたようだ。
そしてなぜか、ルシウスのファンクラブ開設
公認の許可を求めてくるようになった。
「ルシウス様の聖剣から放たれたあのネオンブルーの魔力、美しかったです。同じ感動を同志たちと分かち合いたくて。だから公認お願いします!」
一方的にルシウスを信奉するようになったオネストは、この調子でルシウスを崇めるファン、いや信者化してしまったのだ。
この事態にルシウスは飛び上がって驚いた。
「もうー! そういうのやめてよ。君は僕の友達でしょ」
「友達なんて恐れ多いです、ルシウス様」
「ルシウスって呼び捨てでいいってばー!」
「無理です。そんな気軽に呼べません」
「せめてルシウス君って呼んで!」
とそこへ、クラスメイトの女伯爵、デルフィナが爆弾を投下した。
見事な金髪の巻き毛を揺らしながら、
「あら。〝ルシウス君〟だと気安すぎ。〝ルシウス様〟だと距離感を感じて寂しい。間を取って……じゃないけど、女子たちはこっそり〝ルシウス君様〟って呼んでるわよ?」
ブハッとボナンザが吹き出した。
「何だそりゃ、二重敬称ってか?」
「そ、それは絶妙な感じ。ですがぼくはあえてルシウス様とお呼びします!」
諸々が吹っ切れたオネストは強かった。
ファンクラブは強引にルシウスの許可をもぎ取って、見事、公認ファンクラブの開設である。
ルシウスのファンクラブ創設者にして会長として活動する中で、オネストは自分の学園内での立場を回復し、確立していった。
ファンクラブ会員は五十人は下らない。
ルシウスが聖剣を振るったあの食堂にいた者たちの半数以上。教師や職員も含めた数だそうで。
それだけの人数を擁する組織の長オネストに絡もうという者は、もう学園には表立って現れることがなかった。
「もう。僕は信者なんか欲しくないよ。友達でいいじゃない!」
「こりゃあ仕方ない。許してやれよ、ルシウス君」
オネストは毎日同じクラスでルシウスの側に侍っている。
ニコニコ笑っているオネストは今、とても楽しそうだ。まだ陰キャの雰囲気は残っていたがよく笑っている。
ルシウスの側にいるならと、身だしなみにも気をつかうようになった。
銀の前髪もアイスブルーの瞳が出るよう切り揃えられたし、猫背ぎみだった背筋も伸びてきた。
もうオネストの制服に、汚れや不必要な皺もない。
家での待遇も、本来の侯爵家の次男に相応しく整えられたことが外見からよくわかった。
などとルシウスたち学生がのんびりしていた頃、王宮では国王を始めとした首脳陣が頭を悩ませていた。
グロリオーサ侯爵令息オネストの件には、まだまだ最大の懸念事項が残っている。
「攻撃と同じクオリティの反撃を自動的に行う呪術か。これは禁術レベルやもしれぬ」
オネストの事件の顛末を報告された後。
先王のヴァシレウス大王が離宮から重い腰を上げて王宮の執務室までやってきて、そう忠告した。
ヴァシレウスは息子のテオドロス国王や孫のグレイシア王太女と同じ、黒髪黒目の端正な顔立ちの男前だ。
現在の王族の中では最も背が高く、二メートル近い大柄な体格の持ち主でもある。王子だった学生時代は冒険者登録していたこともあって、剣を始めとした武術で鍛えた肉体はまだ衰えていない。
とっくに引退して八十代を超えた高齢者だが、若い後妻を娶り、王弟にあたる子供が生まれたばかりだ。
一線を退いてからは大病することが多かった。だが若い妻と末の息子と暮らすようになってからは、壮年時代に匹敵するほど元気になって国民を安心させている。
父の言葉に、やはり、と現国王のテオドロスも頷いた。
「どうしたものですかね? 父上」
「神殿契約させるが良い。悪用できないよう条件設定を付加してな」
「条件とは、例えば?」
「使用条件を自らの命の危機や、国の困難時に限ると限定条件を付けるが良かろう」
国王たちの会話を、ユーゴス宰相は傍らで聞きながらハラハラしていた。
これでも父親だ。自分の過ちのせいで過酷な環境に長年さらされてしまった息子のことが気になって仕方がない。
なお、既にオネストへの虐待や育児放棄への叱責を国王たちから頂戴した後だ。
さすがに宰相としての多くの実績ゆえに罷免などはなかったが、次世代の宰相は彼の息子以外になる可能性が高まってしまった。
「攻撃と同クオリティの報復が可能な呪術スキル持ちの侯爵令息。南方大国の訳あり現役侯爵に……極め付けが、聖剣持ちの魔法剣士で聖者の少年。しかもあの魔術師フリーダヤと聖女ロータスの弟子のSランク冒険者。何でこんな連中が今年の王都学園に揃った?」
「しかも全員、最優秀クラスのA組ですっけ? すごいですよねえ」
頭を抱えてしまったグレイシア王太女に、こちらはのほほんとお茶を飲んでいる伴侶のクロレオ。
勝気な美女のグレイシアが選んだとは思えないくらい地味で穏やかな人物だが、補佐官としては一級の人物である。
「報告ではエルフィン先生が彼らの新たな担任となったそうですし。このまま卒業まで担任として導いていただきましょう」
「……先生には苦労をお掛けしてしまうなあ」
何か学園長の好きな甘いものや酒でも贈っておこうと、さっそく手配を侍従に命じた。
しかし今はまだ平穏といえば平穏だった。
まさか彼らの世代が後に伝説世代と呼ばれることになろうとは、このとき誰も予想していなかったのだ。