宰相の制裁
これまで息子への虐待を本当に知らなかった宰相ユーゴスの怒りは凄まじかった。
まずは王都の本邸を徹底的に調査し、オネストに粗末な扱いをした使用人は即日解雇の上、悪質な者は衛兵に引き渡した。
特に、日々の食事の手配を意図的に怠ってオネストを痩せ細らせたオネスト付きの侍従や、小遣いを渡さず着服していた家令補佐は問答無用で牢に放り込まれた。
侯爵家の使用人だから彼らも貴族の身分は持っていたが、侯爵家本家の子息を虐待したのだ。恐らく裁判では過酷な実刑判決が下されるものと思われる。
「宰相は有能だからさすがにすぐ動いたね。遅いけど」
ルシウスは国王テオドロスが今回のオネストの監督責任放棄の件で、宰相ユーゴスを激しく叱責したことを知っている。
王宮に遊びに行ったとき、グレイシア王太女から褒美のショコラ詰め合わせを貰ったとき教えてもらっていた。
「遅いのか?」
「遅いよ。だってオネスト君が産まれてからずーっと放置だからね。オネスト君の卑屈な性格を直すのだって大変だし、そもそもオネスト君はもう宰相に何も期待してないと思う」
呼び名こそ〝侯爵様〟から〝お父様〟に変わったがそれだけだ。
年の離れた兄とその家族とも、いまだにまともな会話を交わせていないらしく。
そもそもグロリオーサ侯爵家ではオネストは生まれてからずっと同じ敷地内の別邸に押し込まれていて、兄家族たちとはほとんど顔も合わせることがなかったそうだ。
兄は父が後妻を迎えた頃には既に成人していて自分も王宮の官僚として忙しく働いていたため、そもそも異母弟オネストへの関心が薄かった。
その妻も、使用人たちから「不義の子なので関わらぬように」と忠告を受けて別邸に近づくことがなかった。
今回、義父のユーゴス宰相から真実を教えられて呆然としているそうだ。
兄とその妻はオネストへの虐待に関わっていない。それだけが幸いだった。
しかし無関心を今日まで十数年間貫いてきた事実は消えない。
しばらくは社交界で陰口を叩かれそうとのことだった。
「そう聞いちまうとなあ。彼は長男じゃないんだろ? なら学園卒業後はとっとと家を出ちまうだろうな」
「多分ね」
そのときは友人として、手助けできることは何でもやろうとルシウスは決めている。
生徒たちに宰相の下した処罰は、大半がまだ未成年の学生相手のため多少は甘かった。
親族のうち反省を見せなかった者は学園をグロリオーサ侯爵一族の宗家権限で退学させた。
この国の貴族で王都の王立学園を卒業できない者の将来は暗い。
本気で反省し謝罪した者も一時休学させて、男性修道院に放り込んだ。真に反省したと修道院側が認めたら復学を認める。
問題は他家の子息たちだ。
ほとんどは下位貴族の子息だったが、一人だけ同格の侯爵家の、それも嫡男がいた。
今は全員、エルフィン学園長が停学処分にしているが。
侯爵家という高位貴族の権限で学園に在籍させ続けることは可能だろう。
しかし今回、オネストに対する度を超えた虐め行為は、学園内の多くの生徒たちに目撃されている。
ここは国内最高峰の王立学園だが、学校なら他にもある。半分はそちらへ転校していくようだ。
「いじめの程度が低い。悪い。ここはどこだ? 栄えあるアケロニア王国の一番の学園だろ? 場末の庶民校みたいな有様じゃん」
ボナンザが呆れていた。
ともあれオネストの待遇は大幅に改善された。
いや、本来、侯爵令息で宰相の実の息子である彼が受けて当然の状態に戻ったというべきか。
「エルフィン先生も大変だよね。教師たちの質が低下して腐敗してたからって、名誉職の学長だけじゃなく自分も教壇に立って学内に目を光らせることにしたんだって」
だがこれでオネストの環境は劇的に改善されたし、もう彼を不当に貶め虐げる者は学園内にはいない。
事情は生徒たちに通達されているから、これ以上話を蒸し返そうとする愚か者もいないはずだ。