国王陛下と王太女様とお茶をした
ランチを終えて三人が教室に戻ると、ルシウス宛に王宮の国王から伝令が来ていた。
手紙を受け取ると、放課後にカサンドリア王国からの留学生で現役侯爵のボナンザを連れてくるようにとのこと。
「ボナンザ君、ご用事いかが?」
「ルシウス君、もちろんオーケーさ」
この二人、気が合ったようで何かと息がぴったりだった。
陰で『美少年とオーク』などと呼ばれているが、本人たちは気にした様子もない。
「ルシウス君って陛下たちと仲がいいの?」
興味津々で女伯爵デルフィナがクラスメイトを代表して尋ねてくる。
「うちは父様が魔道騎士団の団長だったから。子供の頃から騎士団に遊びに行ってて、鍛錬してた王族の皆さんに遊んでもらってたんだよ」
「まあ。家族同士の付き合いって感じね」
「あと兄さんが王太女様の後輩。僕も年の離れた幼馴染みって感じ」
「それ無茶苦茶仲が良いやつでは?」
「……遠慮なくいじられて遊ばれた記憶しかないなー」
幼かった頃は、この傍若無人な王女様が兄の婚約者になったらどうしようと、始終ハラハラしていたことを思い出す。
兄のほうが数歳年下だったし、実際には王女様は学園時代に自分で選んだ国内貴族の令息と婚約したので、ようやく安心して息がつけたものだった。
放課後、オネストに夕食用と明日の朝食用のサンドイッチや飲み物が入ったバスケットを渡して、絶対食べてねと念押ししたルシウスとボナンザだ。
バスケット内に保存用の魔石が入っているから明日までならじゅうぶん鮮度を保持できる。
「これ……本当に用意してくれてたんだ……? しかもバスケットまで別のやつ」
「オネスト君、徒歩通学が多いみたいだから小型のバスケットがいいかなって思って」
全然、昼の残りなんかじゃない。
オネスト用に最初から準備してくれていたのだ。
「こんなことして貰っても、……ぼくは何も返せないのに」
「僕がしたいからやってるんだ。友達でしょ」
「ともだち」
言われてハッとなった。ただのクラスメイトじゃなかったのか、などと無粋なことはオネストも言わなかった。
「ここは〝ありがとう〟って受け取って家で食ってくれると、俺たち的には報われる感じだな」
「うん……ありがとう。すごく、助かる」
「しばらく続けるからね。おうちでちゃんとごはんが出てくるようなら捨てちゃっても構わないし」
「……ううん。そんなこと絶対しない」
バスケットを受け取って胸に抱えた。
その胸の辺りがほんわりと暖かかった。
王宮に登城してルシウスとボナンザの挨拶を受けたのは国王テオドロスとその娘、王太女グレイシアだ。
この国の王族は皆、黒髪と黒い瞳、端正なイケメン的な顔立ちが特徴である。
テオドロス国王は年は初老、一見すると学者風の穏やかな顔つきと雰囲気で髪は清潔に短く切り揃えられている。
グレイシア王太女は豊かな黒髪を背中まで伸ばした勝ち気な印象の美女だ。二十代半ばで一児の母でもある。
「良く参られた、ボナンザ侯爵。卿は侯爵とはいえまだ未成年ゆえ社交パーティーへの参加も断っていると聞いてな。内々の私的な茶会にお誘いしたのだ」
「お心遣いに感謝申し上げます」
他国の貴族が留学してくるのは珍しいことではなかったが、大半は令嬢や令息だ。現役の侯爵にして貴族家当主本人が来るのはレアケースだった。
まだ学生の身分のため公的な場には顔を出さないと事前に連絡を受けていたが、侯爵ともなれば高位貴族。
しかもボナンザの母国カサンドリア王国は大陸南部きっての大国だ。無視はできないといったところか。
ちょうど庭園でツツジが見頃の時期とのことで、王宮内庭園のガゼボでお茶をいただくことにした。
国王と王太女はボナンザと話したくて呼んでいるので、昔から知り合いのルシウスは特に口を挟まずお高そうなお菓子をパクついていた。
そろそろお開きかな、と言う頃になってルシウスは国王と王太女に一つ、お願いをした。
「お願い? ガスター菓子店のショコラ中箱までならいつでもくれてやるぞーう」
「アッ、それは是非! じゃなーくーてー! この後、宰相に暴言吐くからお咎めなしでお願いします!」
「暴言?」
そこでこの国のツートップに事情を話した。
あの宰相令息のオネストの、学園内での問題のことだ。
「ルシウス君の言うことは本当です。カサンドリア王国のボナンザ侯爵の名にかけて誓いましょう」
ボナンザがすかさず保証した。
「ユーゴス宰相の息子が、まさかそんな目に遭ってるだと?」
「いや待て、グレイシア。宰相の末息子の噂なら私も聞いている。生まれるまであれだけ本人が浮かれていたのに、その後の音沙汰がないから不審に思ってたんだ。だがまさか、あの男が自分の子供を虐待だなどと、考えられん」
国王と王太女だから宰相とは毎日、ほとんど一日中顔を合わせている。なのにそんな話は聞いたこともなかった。
「そういう大人の事情はどうでもいいです! 事前にちゃんと報告しましたからね。後で文句言わないでくださいね!」
おっしおきだー♪ と音階のズレぎみな鼻歌を歌いながら、ルシウスがサロンを出て行った。
「ま、待て! あやつはどこへ行くつもりだ?」
「この後、宰相閣下との面会アポを取っているそうです。そこでグロリオーサ侯爵令息のオネスト君の現状をお父上の閣下に訴えるそうで」
「訴えるって……」
「〝お仕置き〟とか言ってなかったか? ルシウスのやつ」
慌ててテオドロス国王が侍従に命じて、ルシウスと宰相が面会する部屋を調べさせた。
「適当に理由を付けて、控えの間がある部屋に変更させよ! ボナンザ卿、卿も一緒に来てくれまいか」
「ええ、もちろん」
速攻でルシウスと宰相の面談する部屋へ向かった。
私的な面談に使う王宮内の小サロン室にて。
テオドロス国王やグレイシア王太女に連れられたボナンザは、侍女たち用の控えの間に潜んで室内の様子を窺っていた。
「宰相。僕はあなたのことを見損ないましたよ。ツンデレなのは知ってたけど、まさかご自分の息子の虐待に加担してたなんて。最低だ」
「……は? ルシウス君、いったい何の話なんだい?」
ユーゴス宰相は息子のオネストと同じアイスブルーの瞳と、冷たく感じる色味のない銀髪だ。ただしもう七十を越えているためほとんどが白髪になっている。
顔立ちはオネストが年老いたらこうなるだろうな、とわかるほどそっくりだ。一見すると酷薄そうな雰囲気で、対外的には冷徹宰相として知られている。
ルシウスは先ほど国王たちに話したものと同じ内容をオネストの父、宰相のグロリオーサ侯爵ユーゴスに伝えている最中だった。
「なん……ですと?」
「学園でオネスト君を虐めてる奴らは宰相の親戚ですってよ。本人たちがそう言ってたし、僕のほうでも確認しました」
「い、いやまさか、そんなはずはありません!」
ユーゴス宰相は泡を食った状態だ。
「彼、自分で自由に使えるお小遣いも貰ってないって。お昼に食堂で取るランチは学費に含まれてるけど、その食事にゴミを混ぜられる嫌がらせのせいで行けなくなっちゃって。購買で菓子パン一個買うお金もないんだって。……自分の息子じゃないからそんな酷い目に遭ってても放置なんでしょ?」
「ち、違います! オネストは私の息子です、それは間違いない!」
「じゃあ何でオネスト君はあんな目に遭うの?」
ここで国王や王太女、それにボナンザは、サロン内に登場して自分たちも話を聞かせてもらうことにした。
「えっ、陛下? グレイシア王太女殿下まで!」
「まあまあ、宰相。細かいことは気にせずとも良い。とりあえずお前側の事情を話せ」
予定になかった人々の登場に驚きを見せたものの、さすがに長年宰相職に就いた男だけはある。すぐに気を取り直していた。
「事態を把握していなかったので、確たることではないが……恐らくは」
経緯を聞かされた一同は呆れてしまった。
「ユーゴス宰相。貴様、一度死んでこい。死んで息子に詫びろ」
グレイシア王太女が真顔だった。これは本気だ。
まあまあ、と宥めたのはテオドロス国王だ。だが彼も顔が笑っていない。
「宰相、グロリオーサ侯爵ユーゴスよ。お前は明日、王立学園に赴き学園内で己の息子がどのような境遇にあったか確認してくるように。その結果を我らに報告せよ」
「は、ご命令確かに。最初からそのつもりでおりました」