すべてを諦めた無敵の人
ここまでオネストから話を聞いて、会議室内の参加者たちにはいくつも疑問が生まれている。
「彼、どうして自分から全部バラすようなことしたのかしら。自分をいじめた者たちに復讐するなら、隠しておいたほうが良かったじゃない?」
女伯爵のデルフィナの呟きに、周囲にいたルシウスやボナンザも確かに、と頷いた。
「そうだよね。食べちゃダメって言われてるおやつをこっそり食べて誰が犯人かわからないってところに『自分が食べました!』って自首しに行くようなもんだよね」
「うーん。わかりやすい例えだが、オネスト君の場合は」
恐らくもう全部諦めて学園を強制退学されることも覚悟の上ではなかろうか。
「もう失うものは何もないって思ってるなら、強いぜ。無敵の人だ」
ボナンザの見解に、周囲にいたクラスメイトたちはさすがに驚いている。
「まさか! この栄えある王立学園にA組入学してるのに!?」
「まあオネスト君の話を聞こうぜ。この際だからって裏事情をぜんぶ話してくれそうな流れだ」
実際、学園長に対してオネストは現在に至るまでの経緯を説明し始めている。
オネストは暗い表情で自分の出自を語っていった。
「僕はご存知のように宰相グロリオーサ侯爵ユーゴスの次男です。ですが母は上の兄とは違う、若い後妻だった。そしたら僕が産まれたとき」
父は僕を、母が不貞を犯して産んだ子じゃないのかと疑った。
「本当かどうかはわかりません。でもその後、両親は僕が赤ん坊の頃に離婚してしまいました」
クラスメイトたちは皆、意見を言い合うのを止めて、息を飲んでオネストの話に集中した。
「そんな経緯のせいで、僕は家の中でも身の置き場がなくて使用人たちの態度も冷たくよそよそしかった。一番困ったのは親族たち、とりわけ僕と同年代の子供たちが僕を不義の子だと言って虐め始めたことです」
オネストは親戚の子息たち四人をじっと見た。
だがすぐに視線を外して、これまで自分が彼らから受けた悪意ある嫌がらせ、いや虐待を淡々と挙げていった。
髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせるのは日常茶飯事。これは幼い頃の親戚の集まりで既に始まっていた。
殴られてアザが残っているところは身体にいくつもある。
オネストは制服のビリジアングリーンのジャケットを脱ぎ、シャツを胸元まで捲り上げた。
クラスメイトたちから悲鳴が上がる。痩せ細った腹部や脇腹には青痣が広がっていた。
白い肌に青痣や、治りかけの黄色や茶色の混ざった肌の変色は残酷なまでにくっきりと、誰の目にも映った。
学園の食堂のスタッフを買収して食事にゴミや腐敗物を混ぜたり、半分以上残飯に置き換えられたこともあった。
「しかもそれを食べないと、更に彼らから振るわれる暴力が激しくなっていったんです」
この辺りで教室内の生徒の中にはショックを受けて泣き出した女生徒もいた。
極めつけは。
「トイレの個室に入っているとき、ドアの外から中にいた僕に向かって汚水をぶっかけられたこともありました。そのとき助けを求めたけど……あなたは何もしてくれませんでしたね。担任の先生」
教室内の生徒の目が一斉に担任に向く。
「……ぼくは見ての通り身体も小さくて非力だから、彼らに抵抗はできなかったんだ。でも」
「さっき発表したような、〝呪術〟が使えた?」
ルシウスが合いの手を打った。
うん、とオネストは頷いた。
「顔を見たこともない僕の母は、血筋にまじない師がいたって聞いたことがあったから、学校や王宮の図書館に行って呪術の専門書を読んだんだ。まだ学生の自分が閲覧できたのは一般書架の本だけだったけど。……でも、血筋が良かったのかな。術が発動したんだ」
オネストが使った呪術は、『返し』と呼ばれる初歩的な呪術だ。
自分が受けた被害を同じクオリティで加害者に返却するように体験させる術だ。ゆえに返しという。
「事情聴取はここまでにします。A組の生徒は今日はもう帰ってよろしい。先生がたと、オネスト君をいじめた主犯の四人はこの後、学長室に来るように」
白い中性的な美貌に苦悩を滲ませて、学園長エルフィンが解散を告げた。