プロローグ~不遇の男子生徒の話
アケロニア王国の王立学園、高等部の食堂はお洒落なカフェのように天井が高く、明るく品の良い内装で、昼時ともなれば生徒や教師、職員たちで賑やかだ。
その食堂の端っこで、小柄で貧弱な体型をした銀髪の男子生徒が居心地悪そうに、背中を丸めた悪い姿勢でランチの定食を食べていた。
座っている席付近に他の生徒の姿はない。トイレに近い場所のため、利用者が自然と避ける席のためだ。
男子生徒はスープを一口、スプーンですくって口に含んだ。
「………………」
すぐに眉間に皺を寄せて、グラスに入った水で喉の奥に流し込んで飲み込んだ。
本当は吐き出してしまいたかったが、離れたテーブル席にいる数名の生徒たちが時折、こちらをニヤニヤ笑いながら監視しているから下手な動きはできなかった。
次にパンに手を伸ばす。
触るともう明らかに硬くて、焼かれてから随分時間が経っていることがわかる。
なのに、底の方が水分を含んでグジャッと潰れている。
ふやけたその部分からは腐った危険な匂いがしたので、パンも諦めることにした。
今日の定食のメインは豚肉のジンジャーソテーだ。
しかし肉が筋張っていて、脂身の色も悪い。
ナイフで一口分切り分けて食べたが、噛みきれないほど硬くて味もしない。
ジンジャーソースが使われておらず、塩や胡椒などの調味料での味付けもされていない。ただ豚肉を焼いただけの代物だった。
この豚肉も何だか古くて傷んでいるような味がする。これも水で流し込んで何とか最初の一口だけを食べた。
気持ちが悪くて吐きそうになったが何とか堪えて、水だけをちびりちびりと飲んでいた。
本当なら定食には日替わりのミニデザートが付くはずだが、トレーの上にはなかった。
昼休みが終わる十分ほど前になると、離れた席にいた生徒たちが意地の悪い笑みを浮かべながら、自分たちが済ませた食事の食器をトレーごと男子生徒のいたテーブルに持ってきた。
彼らの座っていたテーブル席からのほうが、食器の返却所はずっと近いのに。
がしゃ、と投げつけるようにトレーがテーブルに次々と置かれた。
食器に残っていた料理の汁が男子生徒の学生服のジャケットに飛んで、ビリジアングリーンの生地に染みを作った。
「片付けありがとうございますゥ。ご本家様」
「「「いつもありがとうございまーす!」」」
彼らの姿が見えなくなったことを確認してから、男子生徒は食器とトレーを慎重に重ねて、まとめて食堂の食器返却所へ返した。
「入学翌日からこんなんじゃ……」
蚊の鳴くようなか細い声で呟いた。
昼休みも終わりに近い時間帯だ。
人気のない運動場脇の水道場で染みを付けられたジャケットを脱いで軽く汚れを落としておくことにした。
脱いだ弾みでカサ、と音を立ててポケットから何か落ちた。
「あ。これは……」
チョコレートだ。丸くて、キャンディのように綺麗な青いセロファンで両端が捻られている。
昨日、入学式前にぶつかってきた同級生から詫びにと貰ったものだった。
男子生徒は周りに誰の目もないことを確認して、慌ててチョコレートの包みを剥がして口に放り込んだ。
(美味しい)
彼でも知っている王都の、王家御用達の菓子店の高級チョコレート。
名前だけは知っていたが彼が食べるのはこれが初めての経験だった。
困窮してるわけでもない貴族家の〝こ本家様〟の男子なのに、こんなお高い菓子なんて食べたこともなかった。
「今度会ったら、お礼。言わないと」
甘くてミルクの濃厚で芳醇なチョコレートを味わっていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。
慌てて口の中のチョコレートを唾液ごと飲み込んで、汚れたジャケットをおざなりに水洗いしてから教室に戻った。