恋愛、時々、ホラー
「今日も来たんじゃの?お嬢ちゃん。
私の知り合いの話なんじゃがな、まぁ〜、ちょっとした有名人でな。
小説家ってのをやっておった。その彼の話をしよう。」
いつものように話し始めた、私の事を親しげにお嬢ちゃんと呼ぶこの人物。
実年齢は知らないが還暦を2回は軽く祝って貰っているのではないかと思うほどの老人で
私のウチの前に住んでいる。1年程前にウチの前に引っ越してきて
最初は髪を髭も白くて、右足を引きずり杖をつき歩いていたので魔法使いでも引っ越して来たのかと思った。
肌も白くて生えている毛は全て白いから、親しみを込めて、私はこの老人を
【しー爺】と読んでいる。
しー爺は話が上手く、喋り方も実に滑らかで
聞き入ってしまう空気を持っている。そんな老人の話を聞いている内に
私は毎日のようにしー爺の話を聞くようになった。
この1年間、この老人の話を聞いていると
聞いた話をあたかも、自分と関係があるように勝手に話始めるのが
唯一の趣味と言っていい。
聞きたかっただろ?じゃ〜、話してやろうという風に話し始める。
と言っても、この話を嫌々聞いている訳ではない。
私も楽しんで聞いている。
もうしー爺の話を聞くのは私の日課になっている。
おっと、そんな話をしている場合じゃない。
話が始まってしまう。
「ゴホン!聞いておるかね?」
「聞いてますよ!早く話してください。今日は小説家の話ですよね」
「そうじゃ!彼は小さい時から小説を読む事だけが唯一の趣味と言っていいほど
の小説好きで、時間があれば小説。友達と外で走り回って遊ぶ事などせずに小
説。彼の居る場所には必ず小説があった。」
「うんうん」
「そんな小説を読む時間が25歳まで続き、彼は小説家になろうと決めたんじゃ。
というよりも、小説家になる以外に出来る事などなかった。しかしな、小説は
人一倍読んで来たが、書いた事がない。そんな素人に出版社はかまってくれる
はずもなかった。」
「小説家になれないの?」
「そんなに急がんでもよい。なって貰わんと、小説家の話がこれから出来ん。
彼は自費で小説を出版した。しかしだ。小説を出版してみたはいいが全くと
言っていいほど売れなかった。いくら小説を人一倍読んだ所で書く才能は別だ。
素人小説。ただの自己満足。編集者からも諦めた方が身の為だと言われた。
それもそうだ。彼は、リアルさも無ければ、怖さもそこまで無いホラーを書いた。
ホラーには有りそうで無さそう。というリアルさが怖さを引き立てる。なのに、
彼は日本人をアメリカ人だと勘違いしたのか、ただ文章で驚くような事を羅列し
て書いただけ。そんなホラー小説が売れるはずが無い。彼は悩みに悩んだ。自分
には才能がないのでは。どうすれば人々の心を掴む小説が書けるかを。そしてホ
ラーでは上手くリアルさを表現出来ないと彼は気付いたんだ。」
「じゃ〜、ホラーは一冊で終わりなの?」
「いや、彼はホラーでもベストセラーを出しとる。でも、生涯に3冊しか書いては
いないがのう。この3冊の小説以外は全て恋愛小説じゃ。彼は恋愛小説で最初の
ベストセラーを出した。この2冊目からヒット続きじゃった。」
「ホラーから恋愛?しかもベストセラー??」
「彼は小説ばっかり読んでいるぱっとしない男かと思っておったじゃろ?馬鹿をいう
な!!彼は相当な美男子じゃ。女性は彼をほっておかなかったじゃろうな。それに
彼からしたら、恋している女性は何をするのか、実体験で星の数ほど経験しとる。
誰よりリアルさを知っていた」
「私、その小説家さんの事、色白で細くてネクラなガリ勉タイプだと思ってた。
そういえば、しー爺も色白で細くて、本持ちだし、髭が生えてるからいまいち
わかんないけど若い時はモテモテだったんじゃないの?」
「老人をからかうもんじゃない!!わしの話はいい!
だか、彼は確かに色白で細くて背も高い。そして、お嬢ちゃんの言う通り、ガリ勉
でネクラだ。元々は。しかし、彼は小説を愛していた。小説の為なら自らの性格を
変える事など簡単な事だ。それから彼は、小説の為に女性に対していろんな試みを
しておる。そして、ドラマみたいなシチュエーションを作りリアルな女性の行動を
観察したんじゃ。」
「じゃ〜、小説家さんの事好きになった人たちは小説の為に観察されてただけってこと?
悲しすぎない??」
「そうじゃの、女性からしたら悲しいじゃろうな。でもな、悲しいと思うって事は真実を
知った者の感情じゃな。彼を好きになった女性は全員最後まで気付かなかっただろうな。
別れがくるまで、私は愛されていたと思っておったじゃろ。」
「なんで?小説家さんは小説の為の観察をしてたんだよ!?」
「彼はそうじゃ、だが、彼のまわりに居た女性はそうは思わん。誰が見ても良い恋愛をして
良い別れをして、また最悪な別れもしたじゃろう。どこにでもある恋愛を色々なパターン
で彼は続けただけだ。そして、その経験を元に小説を書いた。」
「そっか。じゃ〜本当の事を知っていたのは小説家さんだけだったってことか。」
「そういうことじゃの。それに、彼も本気の恋愛もしていたのかもしれん。
その効果があって、彼の小説は全てが大ヒットの連発じゃ。 彼は夢にまで見た売れっ子小説
家に成長した。 それからは、恋愛経験を重ね3年に1冊のペースで小説を出版していった。
彼の小説は本当にリアルでの、女性のファンが大勢付いた。1冊の小説を書けば、3年間は
生活に困らなかった程だ。」
「3年間も!?どんだけ儲けてんの?」
「相当な金額だろうな。この時の彼は書けばベストセラーになっていた。 彼の小説はドラマにな
り、映画になり、社会現象にまでなっておった。 また、このベストセラーの連発にはもう1つ
の理由もある。 それは、今や彼は恋愛小説家として有名になっておったのじゃが、 15年に1
冊のペースで凶暴な殺人鬼を主人公にした小説を書いているのだ。」
「ホラーだ!さっき話してた3冊書いたってやつ?てか、この小説家さん、ホラーのセンスないじゃん」
「その通りじゃ。彼はホラーで最初にミスをしているからのう。だが大ヒットするんじゃ。何故か
のう。この殺人鬼の小説には15年間に書いた恋愛小説5冊分の主人公や重要な人物が登場してく
るんじゃ。彼の小説は常に螺旋のように繋がっておっての、彼の小説には依存性があるとさえ言わ
れた。」
「小説家さん、頭いいね!小説家さんが書いてる小説が全部繋がってくるから全部読んでいけば読ん
で行くほど面白くなるんだね!!」
「1冊でも話は完結しておるから、意味は解る、だが出版された順で読んでいくと過去の意外な一面や
続編のような面白さがどんどん溢れてくる小説群になっておるんじゃよ。」
「へぇ〜、凄い!面白そう!その小説読んでみたいな!」
「彼の小説は販売中止になっておる。それに、大ヒットした小説だから持っている人は大勢いた。しかし、
ほとんどのファンはファンではなくなり、多くの人が彼の小説を捨てたじゃろうな。」
「え?なんで?大ヒットするような本でしょ?」
「彼はな、3冊目のホラー小説で今までの小説に出来てた人物を全員無差別に殺して行くんだよ。
このホラー小説で彼は小説家を辞めたんじゃ。それで、最後にある言葉を残して姿を消したんじゃ。」
しー爺はテーブルにあった紙とペンで何かを書いて、私の方に見せてくれた。
そこには小説家さんが書いた最後の言葉が書いてあった。
《 〜私の小説は全て、自分の体験談である〜 ノンフィクション作家 》
「しー爺!これって本当?小説家さんってどうなったの?」
「1年位前の事かの、警察が彼を追いつめた。その時、彼は右足を撃って捕まえたんだが、彼は次の
日にはまた姿を消した。」
「右足?」
「ちょっと怖い話をしてしまったかの。今でも彼はただ嘘をつくのが嫌いなただの爺じゃよ。
また、明日もわしのお話を聞きに来てくれるかい?」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
基本は短編小説を書いています。
他の短編も書いていこうと思いますのでどうぞ宜しくお願いします。