そうだ、砂漠に行こう。
お待たせしました、第3章サハラの瞳篇開幕です。
「あー疲れたー」
ぐーっと手を天井に向けて伸びをする、1時間座りっぱなしだった体が一気に快楽を得る。
クラス内対抗戦からもう2週間は経っている。
特別席で参加できなかった私は私のためだけに用意された筆記試験の終幕の喜びを噛み締めている。
試験の当日からほとんど眠れない日々を送ってきた。
翌日にはレポートを提出しなければならないし、Sクラスに所属してしまったものだから試験の難易度は段違いで難しいから勉強し続けなければならないし。
「お疲れ、姉貴」
教室の後ろからねぎらいの声をかけられる。
振り向くと声の主である赤髪の彼、今川龍我はジュースの入ったペットボトルを投げ渡してきた。
慌てながらもなんとかキャッチして、一口だけ飲む。
レモンの爽やかさが喉元を通り過ぎるのが心地よかった。
「ありがと」
「この後暇だったりするか?」
「すっごい暇だけど、デートのお誘い?」
少し揶揄うつもりでいらぬことを口走ってしまった。
「ちげえよ!兄貴と飛彩が呼んでんだ!だから迎えにきたんだよ!」
あ、顔が髪と同じぐらい真っ赤になってる、面白い。
シュヴァルツ君と飛彩君の悪巧みセットがわざわざ私をお呼びとのことなら、多分変なことに巻き込まれるのだろう、正直行きたくない。
「姉貴の“眼”に関係することらしいぜ」
“眼”について、かぁ………
魔術師について、私の持つ魔眼についてをここに来てからずっと調べていた。
そして魔眼についてようやくわかった一つの手がかり、それは魔眼には“権能”が宿るということ。
“権能”とは言わば魔術師がもつ“術式”のようなものだ。
だが私の魔眼は未だに魔力が視えるだけで、権能なんてものは発現していないのだ。
そんな中で私の魔眼についてのお話だ、行きたくなくても行かざるを得なくなってしまう。
「わかったよ、行こう」
もう一度だけぐーっと手のひらを天井に向けて伸びをして立ち上がった。
教室の大きな横開きの扉を開けて、熱い廊下の飛び出した。
前に教えてもらった手順で飛彩君の研究室に入室する。
落ち葉のクッションの独特な感触が心地よい。
奥から私と同じように明らかに寝不足の美形である飛彩君が出迎えてくれた。
「やあ、天音クン、試験の結果はどうだったかね?」
「最悪だよ、全部私ができないことしか書いてないから不安でしかないよ」
「それは残念だねぇ、天音クンは重要な研究資料だからねぇ、退学しないように頑張ってくれたまえよ?」
「はい………」
友人に退学されたくない、ではなく研究が滞るから嫌だと、なんとも研究者である彼らしい励ましだった。
というかそれで励ませていると思っているのだろうか、だとすれば彼は残念イケメンだ。
いつもなら真っ先にやってくるはずのシュヴァルツ君も負けず劣らずの残念イケメンなのだが。
「シュヴァルツ君は?」
「ああ、彼なら先ほど倒れて奥で眠っているよ」
「そう、倒れて………倒れたの!?」
「別室でトレーニングして、おわった瞬間にパタリとね」
さらりと重大なことを言っている自覚は、果たして彼にあるのだろうか。
衝撃で眠気という眠気がどこかへ飛んで行ってしまった。
背に腹は変えられない、そういう熟語があるくらい、決断が残酷ということは理解していた。
実際ボクがあの日から進んできた道はそういう決断だらけだったし、後悔したところで既に遅いものばかりだった。
クラス内対抗試験で夜神を倒すために手に握る愛刀、“藍闇”に術式を差し出したのも決断だった。
もう二度と魔術師の命とも言える固有術式が使えなくなるかもしれないことは覚悟していた。
「………“転移”」
でもその覚悟は杞憂に終わった。
研究室の空き部屋を(無許可で)改造したトレーニングルームで生贄にしたはずの術式の名を呼べば、普通に普通に使えてしまったのだ。
………ボクの覚悟って、なんなんだったんだろう。
“藍闇”をしっかりと握り直し、それとなく素振りを始める。
ちょっとした八つ当たりに、ボロボロになっちまえと、実現したらボクが1番困ることを念じながら。
しばらく邪念を断ち切るように素振りを続けて、100を超えたあたりで止めた。
素振りよりもやるべきことに、目を向けることにした。
「ボク自身のちから、ねぇ………」
試験ではこの“藍闇”に幾度となく助けられた。
でもそれはボク自身の能力じゃない。
ボク自身の力で強くならなければ、意味がないのだ。
だが正直に言ってしまえば、これ以上“転移”は強くできないと思う。
元々思わず笑ってしまうほどの弱すぎる術式をここまで昇華させたのだ、これ以上強くしろと言われても、無理難題でしかないのだ。
「お前みたいな術式だったらな………」
“藍闇”を掲げて眺める。
考えてはいけないとわかってはいるのだが、どうしても考えてしまう。
こいつの“変換”のような決定打となりうる術式を持っていたなら、こんなに苦労することはなかっただろう。
だが考えたところでそれは無駄に過ぎない。
こいつの術式でさえ上手く調整できていなかったのだ、課題は考えたくもないほど多すぎる。
そろそろ天音の筆記試験も終わってここに来る頃だろう。
散々かいた汗を流すためにシャワールームへ向かおうとした、その時だった。
聞いたことのあるようで、聞いたことのない声が、直接頭の中に響くように聞こえてきた。
_____もう終わりか?_____
「は?」
単刀直入に気持ち悪かった、思わず反応してしまったが、無視してシャワーを浴びに行こうと再び歩き始めたのだが、気づけば目の前が真っ暗になっていた。
まるでブラックホールの中にいるかのような黒い黒い真っ暗闇の中にポツンと、黙々と“藍闇”を振るうボクがいた。
先ほどまでの素振りとは比べ物にならないほど洗練されていて、それでいて美しくない、見た目を気にせず敵を討つことだけに特化した振りだ。
「いつまで観ている」
こちらに気づいていたようだ。
自分に話しかけられるなんて、変な感じがする。
素振りを続けながら、目を合わせずにこちらに語りかけてくる。
「………ずっと観ていたぞ、お前のことを、お前がまだ幼い頃からな」
目の前の人物はボクの姿をしている、だが中身は違う、ボクではない誰かがボクの姿を借りてそこに立っている。
思わず身構えるが、ボクはなんの武器も持っていなかった、持っていた愛刀もこいつが持っている。
「そう警戒するでない、別に取って食おうってわけではないのだ」
ただ、と一拍置いてからより一層悍ましい声で気味の悪いことを喋られた。
「お前が面白いからな、お前に一つアドバイスをくれてやろうと思ってな」
気味の悪い笑顔には、得体の知れない威圧感が宿っていた。
「いいか、お前の術式は既に成長しきっている、というかよくここまで成長させられたな、ずっと観ていたがお前はありえないぐらい強くなっている、誇るがいい」
誰か知らないけど、的を得たことを言っている、こいつの言っていることはもしかすると全て本当のことなのかも知れない。
ボクが死に物狂いで術式を成長させたこと、今伸び悩んでいること、全て今までの人生を観ていないと知ることすらできないことだったからだ。
「ただでさえお前は弱いんだ、プライドなんて捨てろ白き復讐者、道具はお前の力だ、恥じることはない、お前の復讐に加担したいだけだ、だからこそ………」
俺を使いこなして見せろ
そう言い残し、目の前のもう1人のボクは“藍闇”を残して消えていった。
次の瞬間に目に飛び込んできたのはLEDの機械的な光と、ボクの顔を覗き込んでくる天音の心配そうな顔だった。
「あれ………なんで………」
「起きた!大丈夫!?」
「うん、全然無事だけど」
あれほどあった疲労感が全くと言っていいほどなく、思ったより眠っていたのかもしれない。
随分と寝不足の彼女にまた無理をさせてしまったようだ。
「お目覚めかい?文字通り泥のように眠っていたからねぇ、流石の私も術式を使おうか悩んだのだが、様子を見る限りその必要はなさそうだねぇ」
起き上がれば、こちらに背を向けたまま液晶ディスプレイと睨めっこしている飛彩が喋った。
というかボクを視界に入れずになんで元気だと分かるのだろうか、研究者兼医者は恐ろしい。
「ずっとうなされてたけど、嫌な夢でも見てた?」
「いや全然、悪夢なんかじゃなかったよ」
あんなもので悪夢とは言わない、悪夢とはもっと恐ろしいものなのだ、それこそ2度と忘れられないくらいに。
「よかった、何かあったらどうしようかと………」
ボクの返答を聞いてほっと胸を撫で下ろす、どうやら本気で心配してくれていたようだ、天音に心配をかけるだなんて、酷いことをしてくれるもんだ。
「ごめんね心配かけて」
「無事で良かったよ」
「状況や先日までのことを考慮したら、寝不足と疲労、それに運動のせいで貧血を起こしたんだろう、睡眠と気分転換をおすすめするねぇ」
「睡眠と気分転換か………」
言われてみれば試験が終わってからはここに入り浸って昼間は特訓、夜は魔石だったり術式の研究を飛彩としていたから、まともに寝たり食事を摂った記憶がない。
まだまだ行けると思ったが、想像よりボクの体は休息を求めていて、栄養剤で誤魔化しきれなかったようだ。
「確かに2つとも必要だね、ずっと飛彩と研究してたからね」
「え、ずっと一緒だったらなんで飛彩君は大丈夫なの?」
飛彩がピタッとキーボードを打つ手を止めた。
脚を組み、キャスター付きの椅子でくるっと回り、悍ましく微笑んだ。
「聞くかい?」
「ナンデモナイデス………」
「ボクも遠慮しておこうかなぁ………」
聞いてはいけないブラックゾーンにその謎が隠されていることをボクと天音は察した。
睡眠はとろうと思えばすぐに取れるのだが、気分転換となると、島内でできることも限られてくるし、何よりアレの計画があるから今長い期間休むのは避けたい。
「気分転換しようにも、計画が詰まってるんだけど」
「それもそうだったねぇ、どうしたものか………まあ、普段行かないであろう場所に行くのだから、ついでに旅先で気分転換すればいいんじゃないかい?」
「それもそうだね、あっちで気分転換するのが1番か」
それなら計画にも支障が出ないし、ついでに休養もできる、完璧すぎて震えてしまいそうだ。
「あのー、その計画って何でしょうか、というかそれで呼ばれたんだろうけどさ」
つい軽くヒートアップして天音を置いてけぼりにしてしまっていた。
薄々天音もなぜ自分が呼ばれたのか察していた。
「とある信頼できる情報屋から面白い情報を得てね………聞きたい?」
「わーききたいなー」
もはや面倒くさくなって棒読みになっている。
これ以上焦らすのは苦になるだろう。
「試験前にカイチョーがサハラ砂漠に行ったんだけどね、その理由が新しい魔石の発見なんだよね」
この世に10個だけ存在する膨大な魔力を秘めた特別な石、それが魔石。
現状ではボクが1つ、カイチョーがいくつか所持しているのだが、なんとまだ誰のものでもない魔石が発見されたのだ。
「それを取りに行くってこと?結構時間経ってるならもう回収されててもおかしくないんじゃない?」
流石、いい着眼点だ。
確かに試験前からはかなりの時間が経っている、カイチョーが既に回収していてもおかしくはない。
「それが回収されてないんだよねぇ、人口衛星をハッキ………利用した探知機を確認しても動いてないねぇ」
「ねえ今この人ハッキングって言いかけたよね?しれっと大犯罪してるよね?」
確かにハッキングはあまり好ましいことではない、しかしバレなければ犯罪ではないのだ、気づかないやつらが悪い。
「仕入れたのは停滞している理由だよ」
あいつがなぜ未だに魔石を獲得できていないのか、場所はわかっている、カイチョーの実力なら既に手に入れているはずだ。
魔石所持者として動向はちょくちょく確認していたが、不気味で仕方なかった。
ようやく吐かせたその理由、それは天音に確実に影響を及ぼすものだった。
「“予見”の魔眼」
「予見の魔眼?」
天音は少し訝しむように首を傾げた。
「そう、魔石の在処にとある民族がいてね、その中に“巫女”と呼ばれる少女がいるらしいんだよね」
「その巫女がどうかしたの?」
「その巫女の許可を得ないと魔石の在処に入れないらしいんだよ、それにカイチョーは引っかかってるってわけ」
なんとも滑稽な話だ、魔術師を救うだとかゴタゴタ言っておいて現地民に受け入れられていないのだから。
魔石は手に入れておきたい、自分のためにも、魔石の謎を解明する研究のためにも。
しかし今回の主目的は違う、魔石はあくまでサブイベントなのだ。
「今回の旅の目的は、その巫女に魔眼について教えてもらうこと、そしてその副産物として魔石を横取りする!!」
「少々欲張ったかもしれないが、魔石は“できれば”というスタンスだからねぇ」
七つの大罪には強欲がある。
今ボク達はその罪を真正面から犯そうとしているわけだ。
「その巫女に聞いたら、私の眼についてわかるかもしれないんだよね?」
「確約はしないが、小さくても手がかりは得られるだろうねぇ」
天音の究極的な目的は自身の魔眼と魔術師の謎を解き明かすことだ、目の前に吊り下げられたエサに食いつかないわけがない。
「ついて行かせて、この眼のヒントが得られるかもしれないなら」
澄んだ青色のサファイアのような瞳をそっと押さえて、天音は意思表示をした。
元々連れて行くつもりで呼び出したのだ、ついてきてくれなければこちらが困ってしまう。
「なら決まりだね」
日数未定、サハラ砂漠突貫ツアー決定だ。
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