満月
「まだ………まだ………まだ私は終わっていない!!」
1人の少女の意地と矜持が、森に響き渡っていた。
「ゲホッ……ゴホッ………!!」
鳩尾に思いっきりぶち込まれたせいでうまく息ができない。
視界が霞んで見える、その中で息を切らした夜神が歩みながら語る。
「ハァ…ハァ…見誤ったな………確かに余は3つの固有術式を組み合わせる………だが…基本術式は別だろう………」
判断を誤ってしまった。
夜神が術式を組み合わせる事ができるのは、夜神の“固有術式”の能力だ。
魔術師ならば誰でも固有術式と基本術式を組み合わせる事ができる、慣れない感覚で錯覚させられていた。
夜神は“風上連射”を囮に基本術式である“速化”を使い高スピードで一気に接近してきたのだ。
「とはいえ余の奥義である“調和する相対”も真逆の性質を持つ術式をコントロールせねばならない、魔力も体力も消費が大きい上、緩衝材とする術式がなければ使うことすらできぬ」
だからと言って、今立っているのは夜神で、地に伏しているのはボクだ。
体が上手く動かない、意識が遠のく、敗北が刻一刻と迫っているのがわかる。
夜神とボクは似ている、似たもの同士だ、だがたった一つだけ、夜神にあってボクにはないものがあるとすれば………
「貴様には、決定打がない」
先に言わないでくれよ、人がせっかく考えているんだから。
夜神は、自分だけではどうしようもない術式を工夫して、試行錯誤して、周りと同じ土俵に立てるようになった、それはボクも同じだ。
だが、追いつくことと、追い抜くことは違う。
ボクは追いついた状態で停滞している、それだけでどうにかなってしまっている、だからこの現状から目を背けて改善しようとしなかった。
でも、夜神は決して満足しなかった。
工夫に工夫を重ねて、努力に努力を重ねて、ようやく見つけた最適解が“調和する相対”、それがボクに出来なかったこと、ボクと夜神の決定的な差。
「シュヴァルツ、貴様は強かった、余が上回っただけのこと、誇るが良い」
拳が振り下ろされる。
ああ。
悔しいな。
藍闇を使ってまで負けるなんて。
こいつだけには負けないと誓ったのに。
冷気で殴られた手が悴んで上手く刀を握れない。
藍闇は、喰らった魔術を分解して空気に分散させる事ができる術式が付与されている。
だが、できるのは分散させるだけ、防御はできても攻撃に転じることはできない。
そのせいでこいつは妖刀と呼ばれ、研究も進むことなく1人の弱いガキの手に渡った。
ずっと振り続けてきただろ、こんな時くらい力貸せよ。
「残念だ、貴様に期待し過ぎた余が悪いのかもしれんが………終いだ」
炎を纏わせた拳がフルスイングで振り抜かれようとする、間違いなくもらったら負ける。
嫌だ、こんなところで終わるなんて。
視界には一本の刀がある、しかし振る体力はもうない。
魔術を喰うだけ喰って満足するんじゃねえよ、力貸せよ。
それとも、まだ喰い足りないってのか?
なら、満足するまで喰えよ。
形が定まり切らず、魔術にすらならない乱雑な魔力がボクを起点にぶち撒けられる。
夜神に対する威嚇にすらならない、完全に意味のない行動。
夜神が一瞬眉を顰めるが行動を変えることはない。
最後に、悪あがきにすらないないが、防ごうと動くことのない腕で藍闇を振り上げようとする。
瞼をそっと下ろして衝撃に備えた。
カァン!!と、甲高い音が鳴った。
どれだけ待っても灼熱の拳は降り注がない、目を開けると、上がった腕で翳された藍闇が夜神の拳を受け止めている。
「貴様ッ!!まだ動けるか!!」
夜神が苛立っている、だが自分自身が一番驚いている。
冷気で悴んだせいでまともに藍闇を握れなかったのに、もう体が1ミリも動きそうにないほど鉛のように重かったのに。
何故だろうか、身体が軽すぎる、疲労という疲労が身体中から消え去ってしまっている。
もう一つ、明らかにおかしい事がある。
「魔力が………減ってる………?」
自分自身の魔力が人より若干多いことは認識している、それに使う魔術も少量なおかげでガッと魔力が減っているようなことは今までなかった。
だが今はどうだろう、明らかに魔力が大量に消耗されている。
その魔力を引き換えに体力が回復している、いったい何故なんだろうか。
その答えは、自分自身の手に握られていた。
「そうか………」
魔術を喰らって大気中に分散させるのが藍闇の術式だと思っていたが、それだけではなかった。
ボクの魔力を喰らって体力を回復させた、つまりは藍闇に刻まれた真の術式は、魔力を大気や体力に“変換”すること、ただその変換比率は凄まじく非効率的だ、今もそこそこの魔力を消費してしまった。
「“転移”」
一度夜神から距離をとって頭の中で整理する。
今までは相手の魔術を大気に“変換”して受け流しているだけだった。
だが自分の魔力を体力に“変換”することで持久力が増し、更に使いようによっては今まで不足していた“決定打”がようやく手に入る。
インスピレーションが湯水のように湧いてくる。
パズルが完成するように、歯車が噛み合うかのように、カチッとはまって全てが完成する。
第2ラウンドだ、さあ始めようじゃないか。
「さあ第2ラウンドと行こうじゃないか、藍闇」
今使える魔力をありったけ、死なない程度に放出する。
それを愛刀はなんなく吸収して剣気を孕んだ。
「死ぬなよ夜神、これからが面白いんだからね」
「ほう、ならば見せてみるがいい、貴様が土壇場で掴み取った新たなる力を!!“調和する相対”、第一楽章“炎と氷の双拳”!!」
夜神は先ほどと同じ構えをとる。
視界が霞んできた、魔力を食らわせ過ぎただろうか、どちらにせよ今の状態が諸刃の剣であることは変わらない。
上段に構えた切先を真っ直ぐに、素早くストンと振り下ろす。
_____“夢幻泡影:黒三日月”_____
途端、影に染まりきった月の光の一閃が夜神を襲った。
「ッ!?」
夜神は咄嗟の反応でなんとか回避する。
結果は夜神の髪束を数本切り落とすだった。
やはり喰わせる魔力を制限しすぎると威力は期待できない。
だが速度は必中の速度と言って申し分ないだろう。
妖刀と呼ばれるのも納得だ。
夜神は回復の術式を持っているかもしれない、それに対してボクは魔力が切れた時点でゲームオーバー。
望むのは一瞬に全てを賭けた短期決着。
ここからは制限なしの全身全霊だ。
「行くぞ夜神、術式の準備はいいか」
「来いシュヴァルツ、貴様の全てを賭けて」
静寂が場を満たす。
「_____“速化”、“速化”、“速化”」
もうヤケクソだった。
勝ち筋は夜神の懐に潜り込んで無制限の“夢幻泡影”をゼロ距離で叩き込むこと。
それまで夜神が逃げ切ってボクの魔力が切れる、もしくは一撃でも貰ったらその時点で敗北となる。
まさに四面楚歌、八方塞がりといった状況だ。
基本術式の重ねがけはボクの知る限り、ボクを含めて数人しか使えない。
“速化”を重ね続けて到達した最高速度には対応できないはずだと信じて、体を風に馳せる。
「複合術式“風上連射”!!」
鮮血の疾風が吹き荒れ、肌を掠める。
避けるのは最小限のモーションで、最短距離を維持して突き進む。
連続で打ち出される風の矢が服を切り裂き、頬を赤い血で滴らせる。
「“速化”!!」
もっと、もっと速く。
世界を駆け巡る虹彩のようなスピードで。
まだ足りない、もっと、こんなものじゃ届かない!
「術式展開、“稲光”、“地鳴”、“音波”」
そこまで言って夜神は息をめいいっぱいに吸い込んで、浸すように、じんわりと芯のある声で技の名を静かに叫んだ。
「“調和する相対”、第二楽章“天と地の絶叫”」
猛々しく誇り高かった第一楽章とは全くの別物、天地を揺るがす怒りの絶叫が世界に響き渡る。
1秒と経たずに耳に届いた絶叫は瞬く間に脳を駆け巡り、光の速さで破壊し尽くそうとする。
地面が揺れていまにも転けそうだ、鼓膜が破れて何も聞こえない。
しかし、だとしても、ここまで突っ走ってきた2本の棒は倒れる事がない、たとえ聞こえなくても魂で感じる。
「もう止まらないんだよ!!」
ああ、意識が飛びそうだ。
だとしても負ける気は1ミリもなかった。
不安なかけらもない、まさに晴天だった。
苦しいのに、もう倒れてしまいそうなのに、死にそうなのに、何故だろうか。
ボクは楽しくて仕方なく、ゾクゾクするほどに笑っていた。
「“天と地の絶叫:天地創世”」
天から稲光の矢が放たれる。
大地に白い光が触れた瞬間、そこから地割れが発生する。
バカっと音を立てて大地が唸り、足元にヒビが入る。
踏み出したはずの次の一歩が空を切って身体が落ちていく。
こんなものではボクは止まらない、“速化”の重ねがけの方が魔力消費を抑えられるから溜めていたボクの術式が、今こそ輝く。
「“転移”」
脚は地面を踏み締める。
夜神の顔は驚愕に染まっている。
全力で踏み切り、幅跳びの要領で夜神の懐に急接近する。
胴体はガラ空き、反応はしているが遅い。
「貰ったッ!!」
全魔力を解放、藍闇にその全てを喰らわせる。
全ての魔力の剣圧に“変換”、リミッターなしの100%の夢幻泡影。
「…舐めるな小童が!!」
覇気とでも言うべきだろうか、夜神の圧が莫大に増加する。
互いにもう背に腹は変えられない、間違いなくこれが最後のぶつかり合いとなる。
全身全霊を込めた渾身の一撃がぶつかり合う。
_____“夢幻泡影:黒満月”_____
_____“吸血鬼の戯れ”_____
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