そういうところが
お久しぶりです、しばらく無断でサボってすみませんでした。
高校生活って大変なんだね。
『これは相当ヤバイですね………』
龍我君が創り出した業火の牢獄、そこに囚われた瑠璃ちゃんは何もできずに虎視眈々と対策を練っていた。
水を操るにも操る水が瞬く間に蒸発してしまう、豪雨を使おうにも一瞬しか持たない。
完全な手詰まり、瑠璃ちゃんの術式を熟知していなければ不可能な芸当だ。
『そりゃゼフュロスの考えだからな、当たり前だわな』
『私の事をよく知ってくれてる彼にしかこんなこと出来ませんよ、そういうひたむきなところに惚れたんですから』
こんな状況でも惚気ができるのは余裕なのだろうか、はたまた素で出たのだろうか。
その惚れた相手の緻密に組み立てられた策を突破するのは至難の業だ。
こうして軽口を叩きあう間も灼熱の業火と水が蒸発して上昇した湿気でじわりじわりと体力も気力も浪費されているはずだ。
『戻ってくる前に水を使えるようにしないと………』
今でさえ多勢に無勢なのだ、行動できるようにしなければ意味がない。
ふーっと大きく息を吹き出して両手杖を天高く掲げる。
『空よ、嗚呼空よ、冷めても冷めぬ陽の熱気に苦しむ我らにどうか天の恵みを、喉の渇きを潤し身を清め、割れた大地を癒す神の慈愛を、我らに降り注げ、“天の慈愛”』
ゴロゴロと唸っていた雷は鳴りをひそめ、激しく打ち付けるようだった雨はずっと浴びていたくなるような、優しく浸透していくような優しさを得た。
雨水の一粒一粒が重さを失い、代わりに小さな雨粒が先程の比にならないぐらい降り注いでいる。
だが地面に到達する前に偶にじゅっと音をたてて蒸発してしまう。
『おいおいなんのつもりだぁ?雨を降らしたところで蒸発するじゃあないか?』
『おばかさんには理解できませんか?ほいっと』
先程まで操ることすら困難な状況だった、だが何故だか水は杖の先にどんどん集まり、拳ぐらいの大きさとなりぴょいっと油断していた龍我君の顔にクリーンヒットした。
『熱!?あっつ!?なんで蒸発しねえんだよ!?おい話が違えじゃねえか!?』
その様子を見て瑠璃ちゃんは額の汗を拭いくすくすと笑っている、まるでいたずらを仕掛けた幼児のようだった。
龍我君が慌てるのも仕方ない、絶えず蒸発していた水が突然飛んできたのだ、それも蒸発していておかしくない温度だったのだろう。
『それにしてもジメジメしてますね〜、湿度100%あるんじゃないですかね〜?』
湿度…湿度…
「あ!飽和水蒸気量だ!」
空気には保持できる水蒸気の量に限りがある。
その限度を超えた場合、水蒸気は水に戻ってしまう、それも100℃をゆうに超えたひたすらに熱い水が。
瑠璃ちゃんは雨量を増加させることによって
飽和水蒸気量を限界まで到達させて操る水を発生させたのだ。
『くっそ訳がわかんねえ!とにかくもう優勢じゃねえって事だな!』
『間違ってはないと思いますよ?』
『じゃあ普通に倒す!そしたら俺の勝ちだ!そうだろ!?』
『正解ですけどそう簡単に倒されると思わないで下さいね?』
互いに得物を構えて集中する。
五分五分とまでは言えないだろう、灼熱の中ずっと魔術を行使し続けた瑠璃ちゃんよりも、普段から灼熱の炎を操っている龍我君の方が消耗は抑えられているはずだ。
龍我君は待てば味方が加勢に来られる数的優位な状態、それに対して瑠璃ちゃんの味方は、1人が決闘中、もう1人は遥か遠くに吹き飛ばされ、最後の1人も戦闘不能な絶体絶命の状態、だから最悪時間稼ぎさえできれば龍我君の勝ちというわけだ。
なればこそ瑠璃ちゃんが狙うのは早期決着、出すべきは必殺必中の一撃。
ふーっと、肺から空気を全て押し出す。
目は真っ直ぐに炎の少年を見据えて、水闢杖の先を向けて。
吐き出された息が再び取り込まれた。
美しい瞳が瞼に遮られ、隠してしまった。
ぎゅっと杖を握った指先から一雫の汗が滴り落ちる、ぽちゃん、と音を立てて水たまりに吸い込まれた。
『天よ怒れよ』
凛とした声で、今までとは明らかに違う詠唱が一文字ずつ、一音ずつ丁寧に紡がれている。
その刹那、龍我君は剣を構え、めいいっぱいに火花を撒き散らして猛攻を始めた。
振り下ろされる刃、しかしそれが彼女には届かない。
全身全霊を詠唱に注いでいる瑠璃ちゃんを中心に静かでいて、荒々しい大渦が発生している。
刃は中心の凪いだ場所には届かずに鋼のように硬くなった大波が鍔迫り合いをする。
『………くそっ!!』
『侵略し、迫害し、蔑ろにした罪人に捧げるは愚かな鎮魂歌』
渦が激しさを増す、それに連れて少しずつ龍我君が押し返されている、ぬかるんだ地面には彼の足跡が大きく写っていた。
火力を上げる、しかしそれでも炎は見た目を大きくするのみで、彼が押し返せているわけではない。
唇を噛み締め、その口から一筋の真っ赤な血が滴っていた。
『笑い、悲しみ、怒り、其方の逆鱗に触れた全てを押し流せ、我が魂を弾丸へと変え、その聖なる鉄槌を狭き大地に振り下ろせ!!』
疾風が吹き荒れた。
風神ゼフュロスが、宙を舞い、超高速で飛来した。
急降下し、重力を重ねた蹴りですら水面に届くことはなく透明に透き通る水の盾に阻まれている。
『………やっぱ届かねえか、我ながら厄介な詠唱を考えちまったぜ』
立ち止まり、神速と言うに相応しい速度で小型のナイフを投げつけるが、カンと軽い音を立てて弾かれてしまう。
まるで外敵から身を守りつつ羽化の時を待つ繭のようだった。
『龍我!!指示通りに!!』
その叫びを聞いた龍我君は頷き、一旦下がり、炎を燃え上がらせ、繭の周りに剣の形をした焔を数え切れないくらいに一瞬で発生させる。
より鋭く、熱く、まるで燃え上がる彼の心のように、切先を綺麗に術者の方へと。
そして手に持つ剣にはもっと燃え上がる炎を、より熱くして、一発で決着をつけられる居合の構えで。
その炎は何時ぞや見た巨大な龍のような形状をしていた。
『“千本桜:焔の舞”並びに“爆龍紅蓮斬・居合”俺の最高地点、使わせるんだから攻略するぞ、ああ!?』
その間、突風は速度を上げていた。
一撃で壁をぶち抜く閃光の矢とその身を変えるために。
『大弥!!』
『行くよ!!“計算式の舞踏”!!』
木陰から潜んでいた3人目の声が響き渡る。
そして一度ではあるもののシュヴァルツ君を追い詰めることができた一撃必殺の技を放つ。
数々の矢が闇に輝く橋をかけ、大渦を真上から一斉に襲いかかる。
同時に龍我君が待機させていた無数の剣を360度全方位から襲いかかり、そして彼自身も真っ赤に燃え上がる炎龍を従えて大渦に突撃する。
腰に構えた鞘から剣を抜き放ち、切り掛かる。
矢と炎剣が飛び交い、真正面から1人が突撃する。
だが、カン!と甲高い音を奏でて塞がれる。
瞳を閉じて杖を掲げる彼女には擦り傷も付くことはない。
『始まるは傍若無人!!もたらすは地平天成!!』
『お前らよくやった』
___風陣矢___
風神が動いた。
速度を上げて、一筋の光となった風神が鉄壁の壁に激突した。
『姫のために“俺”考えたんだぜ?強いところも、弱いところも全部知ってる』
それはゲーム制作者だけが知りうるまさに攻略法。
一度止められかけた一点突破の必殺の突きはその透明な防壁を貫いた。
刃は瑠璃ちゃんの鼻先ほんの数センチを掠めてピタッと停止した。
一陣の風が凪を掻き消し、渦の中を吹き荒らした。
刃を仕舞い、彼女の瑞々しい唇に人差し指を立てて、詠唱を無理矢理停止させられた。
『チェックメイトだぜ、姫、この術は一点突破の一撃や多方向からの攻撃に弱い、俺が知らないわけないだろ?もういい、お前ら止めろ』
その掛け声で外にいる2人の攻撃は鳴りを潜めた。
矢が周辺にカランと落ち、火がジュッと音を立てて掻き消された。
『さて、大人しく捕まってくれるよな、姫?』
その問いかけに、瑠璃ちゃんは微笑みで答えた。
瞼は下ろしたまま、その瞳は見せぬままで佇むその姿は神秘的だった。
彼女の意識を落とすために、綺麗な白い首に手刀が優しく、まっすぐに振り下ろされた。
だが、彼女の首に届くことはなかった。
『隼人くんなら中に入ってくると思ってたよ、私のことを熟知して支えてくれる、そういうところが大好き、でもね?私も隼人くんのことをよーく知っているんだよ?』
首と指の隙間に、小さな水の防壁がこっそりと作られていた。
彼女の微笑みは完全なるブラフだった、そして婚約者はまんまと引っかかってしまったと言うわけだ。
『隼人くんは走らないと速くならない、だからね?私はこうしちゃう』
瑠璃ちゃんは、ゼフュロス君に戦いの最中抱きついた。
ピッタリと体を密着させ、水を鎖の形状に変化させ、自身と共に雁字搦めに縛り上げてしまった。
ここまで美しく、絵になる戦いはこの世で存在しないだろう。
『姫………』
『ちょっとだけ我慢しよっか、もちろん一緒にだよ』
握ったままの杖を地面に突き立て、囁くように、染み渡るように、詠唱を完成させた。
___罪の方舟___
読んでいただきありがとうございます!
よろしければ高評価、ブックマーク、レビューの方もよろしくお願いします!
作者の励みになりますので!
それではまたお会いしましょう!




