天才な弟
お久。
「27....28....29....30....」
ぱすっ、ぱすっ、ぱすっ、ぱすっ、矢を飛ばす音が数字がひとつ進むごとに、静かに響き渡る。
ただ、月明かりの森の中淡々と少年は矢を飛ばし続ける、誰もいない方向へと。
ただ、天才な弟に愚直な兄の威厳を見せつけるために。
「多重詠唱、“初音”、“稲光”、“反響”」
火の鳥を諦めた夜神は次の術の準備を始めた。
憎たらしい口から紡がれるは3つの術式、音、光、そして増幅。
そこから導き出される次の手を腐りきった脳みそ回して考えろ。
音に可能なのは相手の聴覚を奪うこと、相手の音をかき消すこと。
そして光に可能なのは高速で移動すること、熱量で相手を焼き切ること。
そしてそれらを増幅させることによって予想できる次の一手。
「複合術式“交絶叫、さあ、泣き叫ぶが良かろうて」
こちらに差し向けた指先から放たれるは地獄の絶叫、音を遥かに凌駕したスピードで、反響させて遥かに大きな音を相手に届ける、即ち爆発的速度の音によって相手の意識を一撃で刈り取る、それが交絶叫の仕掛け。
回避する手段はない、ならば残された道はただ立ち向かって喰らい尽くすのみ。
藍闇を剣を握っていない左手で抜き放ち、夜神の方へと切先を向ける。
何度でも使用できるわけでもないのでもう2回目を使うことが少し惜しかったが、出し惜しみして敗北する方が問題だ。
「喰らい尽くせ!藍闇!」
闇に捕まった光は吸い込まれ、消え去る。
藍闇の残り回数をどれだけ保持しつつこいつのカラクリを暴けるかに勝負はかかっている。
しかしまだ解明するには程遠い、今は攻め急いでも返り討ちに合うだけだ、防戦一方なのは悔しいが仕方あるまい。
もっと頭を回せ、こいつが次に何をしてくるか、無限通りの可能性から正解を絞り込め、全てに適応しろ、対応しろ、そして必ず、ぶちのめせ。
指先から足先まで、相手の全てを観察しろ、筋肉の動かし方である程度何をしてくるかは予測できるはずだ。
こんなところで負けるわけには行かないだろう?なんのために地獄から這い上がってきた?なんのために今、夜神と対峙している?あれもこれもそれも何もかも全部。
「あいつをぶち殺すために進んできたんだ、今更止まれはしないだろう?」
これはそのための試練、なら超えなきゃならない。
さあ来い、例え地獄の業火に焼かれようと、剣に腹を穿たれようと、雷に貫かれようとも、この瞳の痛みは和らぐことはない。
全てを喰らいつくしてやる。
「“気流”、“駆逐”、“弦月”」
空に浮かんでいた三日月が血のようにどす黒い紅に染まり、数多の漏斗雲がその切先をこちらに向けている、まさに敵を駆逐するためだけに存在している術式、それは美しいまでに神々しい姿をしていた。
「風上連射!!!」
先程の交絶叫よりは遅いがそれでも威力は圧倒的に上と言えるだろう。
風圧自体は弱い、だが他の術式で強化して打ち出していると言えるだろう。
3つ、こいつが同時に使用可能な術式は最大で3つだ。
そして一つ一つの威力は恐れるに足りない、だがきめ細やかに張り巡らされた工夫で恐ろしい威力へと昇華させている。
もしかしたらこいつも俺と同じなのかもしれない。
ああ、なぜだろう。
絶対に勝たなければならないのに、早く決着をつけなければならないのに。
この勝負が永遠に続いてほしいと願ってしまうのは、口が笑ってしまうのは、おかしなことだろうか。
一人足りない。
4対4のチーム戦のはずなのに一人足りなくなっている。
最初は確実に全員がいたはずなのにいつの間にか消えている。
異常事態があったら助けを呼ぶだろう、だが彼はそれをしていなかった。
つまりは何処かで好機をうかがっている。
いま二つの戦場から孤立している大弥君は、なんとかしてシュヴァルツ君を狙撃しようと狙っている。
しかしうまく夜神君を盾にされて狙えない、“跳弾”を使おうにも不規則に動かれて動きが予測できない。
そうなれば手は一つしか無い。
『もっかいやるか.....』
極度の集中力を要し、一撃で全てを決める“計算式の舞踏”が一番いいだろう。
二人の勝負は拮抗している、ならば準備時間は十二分にある。
矢を7本程度つがえて、角度を少しずつ調節する。
夜神君の相手をしながら矢を躱し続けるのは至難の業だ、いくら彼でも今度は逃げ切れないだろう。
『ここだ、さあ...行くよ』
すぐにありとあらゆるパターンを予測して全てに対応できる最善の状態へと移行する、天才の頭脳がなし得る超絶技術だ。
一か八かの賭けには変わりないが、幾分マシだろう。
矢を放とうとしたとき、彼は突然来た。
『甘いぞ大弥、狙うならあと2度上に向かせたほうがいい』
その声に気づいたときにはもう遅かった。
何処からともなく飛んできた、尾に細いワイヤーの付いた矢が大弥君の弓につがえていた矢をまとめてしまい、奪い去った。
矢の向かう先にいたのは足りなかった最後の一人、大弥君の双子の兄である“第3席”、創真拓海君だ。
矢は拓海君の目先で停止して、彼は背の矢筒に仕舞った。
『際限のない集中力とそれを100%活かす天才的頭脳がお前の長所だ、だが集中しすぎて周囲に注意が向かないのがお前の欠点だと散々言いつけただろう?』
『言ってたねそんなこと、じゃあ邪魔しないで貰える兄さん?ボクは兄貴を倒したいのさ』
邪険そうに自身の兄に吐き捨てる大弥君。
だがそんな戯言、威厳のある兄に通用するはずもなかった。
『ここは戦場だ、邪魔するななど言語道断、それに、あやつらの決闘に横槍を入れるほうが無粋ではないか?』
『はぁ〜....ほんと兄さんのそういうとこ嫌いさ』
二人とも完全にピタリと一致した動作で、矢を手に取り、弓を互いに向け合う。
『お前の成長を見てやろう、弟よ』
『今度こそ吠え面書かせてやるさ、兄さん』
最強の双子による、一世一代の兄弟喧嘩が今幕を開けた。
またもやピタリと一致した動きで二人同時に矢を放つ、真っ直ぐに進む矢は互いにぶつかる軌道を進む。
矢は互いに矢じりを掠めて進んでいく、大弥君はチッと舌打ちをして体を横にずらして回避する、拓海君は弓幹を剣のように使い、矢の腹を叩き上げ、進行方向を真上に向けた。
大弥君の“跳弾”はぶつかるとスピードが上がり跳ね返る、上に弾くことで矢が来るまでの時間を稼ぐ、弟を知り尽くしている兄だからこそ出来る対処法だ。
『俺の矢が避けきれないと知っているだろう?』
拓海君の矢が躱したはずの大弥君に向けて進行方向を曲げた。
“操弾”、拓海君の術式は矢の進行方向、スピードを自由自在に操る事ができる。
回避するには矢自体を破壊するしか無い、しかも縦横無尽に動き回る矢をピンポイントで破壊するのは至難の業だ。
大弥君は走り続けて矢から逃げ続ける、しかし矢は何処まででも永遠に追い続ける。
『ほんっと面倒くさい術式さ!』
愚痴をこぼしながらも次弾を構えて最適解を計算している。
この勝負は確実に短期決戦となる。
永遠に止まることのない矢を放つ大弥君、そして永遠に追い続ける矢を放つ拓海君、互いに長引けば長引くほど攻略難易度が上がるのは承知しているはずだ、なら早急な決着を二人とも望むはずだ。
舞台は密林、針の穴を通すように精密な拓海君の矢が制するか、ずっと跳ね返る大弥君の矢が制するか、勝負の行方が全く読めない。
『『時間差狙撃』』
二人の声が重なる。
拓海君の頭上から矢が、そして大弥君の後ろから2本目の矢が何処からともなく飛来する。
大弥君は相手の動く位置、タイミングを緻密に計算して弾かれることも予測しての天才的な狙撃。
それに対して拓海君は予め空中に動きを停止させて貯蔵しておいたストックの一本を動かし、相手の意表を突く狙撃。
天才のなし得る絶技と、努力がなし得る凡技、相対する二人の狙撃は奇しくも似ていた。
だが互いを知り尽くした双子には互いに届くことはなかった。
拓海君は余裕そうに、大弥君は辛うじて回避に成功する。
『二段狙撃!!』
大弥君は今しがた落下してきた矢を的確に打ち抜き、更に加速させながら拓海君の背を確実に仕留めれる角度で撃ち抜こうとする。
しかしまたもや何処からか飛来した矢が目にも留まらぬ速さで回転し、迫る矢を弾き返す。
『回転式矢盾、この程度が当たるわけ無いだろう?何年お前の兄をやっていると思っている』
『ほんとなんなのさ!澄ました顔で捌いてさ!』
走りながらまた一つ愚痴をこぼす。
だがそれでも彼は瞬き一つせず、周囲を観察している、飛んでくる矢などに目もくれずに勝ち筋を模索し続けている。
高度な読み合いが繰り広げられている、双子だからこそ、互いの思考を読むことが出来る。
この喧嘩に勝つのは相手の思考を上回った方だ、現状は拓海君が押しているだろう。
弾いた矢を逆利用して大弥君の方に飛ばす、それに対して器用に矢に矢を当て返して反撃を狙う、1本の矢を利用できるだけ利用し尽くした高度な攻防戦。
『そろそろ勝ちを譲ったらどうなのさ!』
『それはできんな、兄たるもの、弟に負けるわけには行かないものだ』
『じゃあ今日ここで兄さんを超えてやるさ!』
矢を一本、見当違いな方向へ放つ、大弥君は今自身の兄を超える準備を始めた。
極限的集中力と言えるだろう、瞳孔を開き、未来視にも近いレベルで矢の進むルートを計算し尽くしている、その天才的頭脳の考えることは誰も追いつくことが出来ないだろう。
だがそれを妨害されない筈がない、馬鹿者がと捨て台詞を吐き、拓海君は大弥君の矢を精密な動作で撃ち抜いた。
しかしその直前、大弥君の口から不穏なセリフが聞こえた。
『撃ち抜いた矢は45度修正される』
文字通り撃ち抜かれて進路が変わった矢が45度傾いて今度は木にぶつかって速度を上げた。
『反射角=入射角となるように設定する、ならここに打てば』
『させるわけがないだろう、自分が思ったとおりに動ける前提で行動するな馬鹿者が』
大弥君の放った2本目の矢を、再び精密な動作で打ち抜き、大弥君の狙いの外へと矢を追いやる。
だがその行動すらも、天才の想定内の行動だった。
『兄さんならその角度になるように撃ち抜いてくる』
弾かれた2本の矢がぶつかり合い、火花を散らして加速する。
そして木や地面にぶつかり角度を変えながら再び加速する。
『くそ...』
大弥君はまた一本矢を打ち出す、しかしそれをまた拓海君が撃ち抜く、滞空していた矢を操作し残りの矢の軌道もズラす、天才の思惑通りにさせないように。
だがその程度の抵抗は天才の思考の範囲内だった、もう誰も、その思考の間に割って入ることは不可能だった。
少しずつ速まっていくスピードになんとか対応して矢同士がぶつかり合うのを防いでいたが、とうとうそれにも限界がやってきた。
目視で追いきれなくなった以上、もう邪魔を出来ない、ここから先は天才の領域。
『これで....僕の勝ちさ!!』
弦が千切れるギリギリまで引き絞り、矢と矢が空中でぶつかり合うその瞬間、手を離した。
今日で一番の速度で打ち出される3本目の矢は、2本の矢と交わり合い、オレンジ色の火花を散らし、3本の光となり突き進む。
逃げながら矢を打ち続けていた大弥君は立ち止まった。
『三次元駆動ッ!!』
矢は無制限に、縦横無尽に動き回り、拓海君の矢を弾き飛ばしながらも拓海君を撃ち抜かんとする。
拓海君がいくら矢をぶつけても、余計に加速して跳ね返ってくるだけだ。
『無駄さ兄さん、矢は今僕が立っている場所以外の全てを通りそしてまたループする、軌道妨害されても矢同士がぶつかって軌道修正される、時間が経てば経つほどスピードは上昇する、回避不能防御不能の牢獄さ』
天才な弟の完全無欠の必殺は長年追ってきた兄の背を追い越した。
ように見えた。
『.....なに笑ってるのさ』
そう、大弥君がムスッと言うように、拓海君は普段のポーカーフェイスからは想像ができないほどの笑顔だった、そう、弟の成長を心の底から喜ぶ兄の本音が顔に出たかのように。
『成長したな大弥、俺の予想を遥かに超えた成長だ、お前の頭脳と技術がなければ不可能な芸当、嬉しいぞ』
『じゃあ降参したらどうさ』
『言っただろう、兄は弟に負けるわけには行かないものだと』
回転式矢盾で辛うじて生き残っている愚直な兄の反撃が今始まる。
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