試験前の出来事
試験当日。
日は沈み、既に明かりがなければ遠くを見ることすら難しいだろう。
先程まで仮眠を取っていたせいでまだ眠気が残っている、遅刻ギリギリだが大丈夫だろう、集合場所には十分間に合う。
到着すれば、夜神を除いた全員が勢ぞろいしていた。
「こんばんは、天音ちゃん」
「真っ先に声をかけてくれたのは昨日とは打って変わって袴ではなく制服を着た瑠璃ちゃんだ。
「こんばんわ、今日は袴じゃないんだね?」
「袴を着ると気が引き締まるのですが、試験は制服でなければなりませんからね」
「なるほどね」
試験はそれぞれが最高の状態で臨むというわけではなく、服装などはフェアにして個人としての完全な力量を測るようだ。
瑠璃ちゃんと駄弁っていると、ぽてぽてと死んだ目をしたゼフュロス君が歩いてきた。
「もう...やだ...助けてくれ姫...」
そして瑠璃ちゃんに抱きついた。
「あとちょっとの辛抱だよ!頑張ろ?」
彼の疲れる要因は一つしかない、少し離れたところでワイワイガヤガヤやいのやいのと言い合っているあの男子4人組しかありえない。
「だから!俺がドーンっと突っ込んでバコーンって速攻で決めてやるって言ってんだろ大弥!」
「だから!相手は兄さんたちだぞ!そんなの対策されてるに決まってるでしょうが!一対多数を繰り返して一人づつ!確実に!戦闘不能にするべきでしょうが!馬鹿じゃねえの!」
「あーお前!バカっつったな!いいぜ試験が始まったらお前からぶっ潰してやるよ!」
「へえ?第“九”席が?第“四”席である僕に敵うとでも!?いいよ返り討ちにしてあげるよ!どっちが兄貴の一番弟子か決めようじゃないか!」
「別に弟子にした記憶はないんだけどねぇ〜」
「まあ囀るな愚民ども!余自らがまとめて相手してやろうではないか!余の真髄を見せてやろう!」
「「「お前は黙ってろ夜神」」」
「すみませんでした」
試験の作戦会議だろうか、それが龍我君と大弥君の喧嘩に発展している、それをシュヴァルツ君があぐらをかいて優しい顔で見守り、そこに割り込もうとした夜神君が黙らされている。
「黙らないか馬鹿者共が!」
「兄さんも黙ってて!」
あまりの煩わしさにしびれを切らした拓海君が正義の鉄拳を食らわせようと言いよると、大弥君が珍しく反抗して拓海君目掛けて右足を勢いよく振り上げた。
「あっ」
「あっ」
「あっ」
私と瑠璃ちゃん、そしてさっきのさっきまで拓海君と作戦会議していた玲音ちゃんの嫌な予感を察した小さな悲鳴があがるも虚しく、大弥君の右足は拓海君の股間に命中してしまった。
「いてぇだろうな.....」
拓海君はその場にしゃがみ込み、悶ていた。
私達には想像もできないほど猛烈な痛みなのだろうきっと、気の毒だ。
「今度は龍我の番さ!僕が秒殺してやるさ!」
「ああ!?かかってこいや!ぶち殺してやるよ大弥!」
大弥君は弓矢を、龍我君は剣を構えた、本当に殺し合いになってしまいそうな雰囲気だ。
ブレーキである拓海君はまだ悶ている、兄貴分のシュヴァルツ君はニコニコしている、なら飛彩君は.....
「...zzz...」
立ったまま眠っていた。
どうしたものかとあたふたしているときだった、玲音ちゃんが動き出した。
白紙の本を開き、そこにササッとペンを走らせると、今にも攻撃しそうだった二人が地面にノータイムで倒れ込んだ。
「「は?」」
ふたりとも混乱して何が起こったのか理解できていない。
ただ玲音ちゃんが固有術式である“運命”で二人が地面に伏せるように書いたからそうなっただけなのだが。
並々ならぬ気配を玲音ちゃんから感じる、魔力も何か様子がおかしい。
「あなた達.....まさか第九席と第四席の分際で、“主席”に敵うと思ってるのかしら?」
その場が凍えるような一言は、先程の大弥君の煽りに対する皮肉が含まれていた。
「あなた達、まともに作戦会議すらできないのかしら?いいのよ?私が“躾けて”あげても?」
にこやかに話しかけていたが目が1ミリも笑っていなかった。
「よし大弥、しっかり話し合って決めよう」
「うん、僕もそれが1番な気がするな!」
二人は玲音ちゃんを見上げ、冷や汗をダラダラ流しながら大慌てで言った。
「よくできました」
“躾け”と言う響きだけで言うことが聞かなければどんなむごいことをされるか理解してしまった。
玲音ちゃんだけは怒らせないようにしよう、うん絶対に。
「そういえばさ瑠璃ちゃん」
「なんでしょうか?」
「みんな気がついたら媒体持ってるけど、あれ何処から取り出してるの?」
「そのことですか」
私は気になっていた疑問をぶつけてみた。
初めて魔術師同士の勝負を見たときも、玲音ちゃんの一件を思い出してもみんな気がついたときには剣とか本とペンとかいつの間にか持ってるしそんなものが仕舞えるものなんて持ってない。
瑠璃ちゃんは腰につけていたキラキラと光るひし形の石を外して見せてくれた。
「これは魔導石と言って、魔術効果を付与することができるんです、私達の媒体に使用されている石もこれと同じものですね」
「へえ〜」
「それに気づいた昔の偉い人が『この魔導石に儂の魔術を付与すれば皆の役に立つのではないかの?』と言って“圧縮”を付与して、これを使えば、空間が圧縮されて収納できるというわけなんです!」
「なにそれめちゃくちゃ便利じゃん」
「それを量産して無数にあるから魔術師のマストアイテムになってるんです!もうこれがない生活なんて考えられません!隼人くんに温かいお弁当を渡せなくなるなんて考えたくもないです!」
ヒトでいうところでいわゆるスマホみたいな物ということをよく理解できた、なんか最後に惚気話を聞かされた気がするけど。
「今度一緒に買いに行きましょう!きっと天音ちゃんもこれを手放せなくなりますよ〜?玲音ちゃんも一緒に行きましょうよ!」
突然巻き込まれた玲音ちゃんはええ!?私も!?と驚いていた、きっと出かける時はこんな感じになるのだろう。
「似合うの選んでほしいな?」
「任せてください!」
瑠璃ちゃんは自信満々だった。
魔導石に魔術を付与することができる、ということはみんなが使っている媒体に付いている魔導石にも術式が付与されているのだろうか。
だとすればみんな2種類の魔術を使用することができるのではないだろうか。
その疑問もぶつけることにした。
「じゃあみんな2つ術式使えるの?」
瑠璃ちゃんも玲音ちゃんもうーん、と頭を抱えてしまった。
「間違ってはない...ですね」
「でも使えるってわけじゃないのよ」
言葉の意味が理解できなかった。
「確かに術式を付与された武器を使役して2つの術式を操る魔術師はいるのだけど.....」
「その武器は希少なんです!例えば私の持っている杖、“水闢杖”のランクは上級ですが、術式が付与された武器は無条件で聖級なんです!」
えっと......つまりは......
「そうね、天音の身近なところで言うと、あなたの魔眼と同じくらいレアね、SSR」
どっかで聞いたことあるようなレア度の表現だった。
「へえ、そのうち見てみたいね、その武器」
「一年で持ってる人いたかしら?」
「隼人くんの実家にありましたけど、それ意外見たこと有りませんね」
私がその激レアSSRを何故か引いてしまったせいか、あまり珍しさを感じられなかった。
「そんな珍しいもんじゃないと思うよ?」
「そう.....ってシュヴァルツ君っ!?」
足元から声が聞こえたと驚くと、正体はいつの間にかしゃがんだままこちらに移動してきたシュヴァルツ君だった。
その視線は私の方に向いていて.....私の...スカート...?
「白だ」
「何見てるの!?」
スカートの裾を引っ張りながら後ろに下がった、彼が声を出すまで気づかなかったけど...もしかして話してる間ずっと見てて...
全身から湯気が出るほどに体中が熱いことがわかる、もう彼の顔を見られない。
「どしたの天音、そんなに真っ赤になっt」
わっるーい笑みを浮かべていたシュヴァルツ君が突如横に吹き飛んだ。
「気持ち悪いぞこの馬鹿者が」
少しエッチないたずら小僧に制裁を下したのは大弥君による渾身の一撃から復活した拓海君だった。
「その...大丈夫...?」
「なんとか無事だ、それはそうとして...お前にも説教が必要なようだな...」
一瞬だけ優しい声でそっけなく応えてくれた拓海君だが、次の瞬間にはいつもの鬼に変わっていた。
彼の後ろには既に頭に大きなたんこぶをつくってピクピクと泡を吹いて倒れ込んでいる大弥君、龍我君、夜神君の姿が。
先程玲音ちゃんだけは怒らせてはならないと言ったが、あれは嘘だ。
私達Sクラスでは、玲音ちゃんと拓海君を怒らせたら命がない。
「ヒヱヱヱヱヱ!!!!!!!!!!」
シュヴァルツ君の悲鳴が夜の闇にこだまして消えていった。
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