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君死にたまふことなかれ~戦場を駆けた令嬢は断罪を希望する~  作者: 音無砂月


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24/53

24.優しい人だった

「怖いわねぇ、連続殺人だなんて」

「戦争も終わって、ようやく平和が訪れたと思ったのに」

「きっと、戦時中のことが忘れられないのよ。だって、彼って戦場に行っていたんでしょう」

王都は連続殺人の犯人であるジョシュアの話題で持ちきりだった。

「やだよぉ。ここを戦場と勘違いして。これだから傭兵は」

「違うわよ、奥さん。彼は傭兵じゃなくて、貴族様だよ」

みんな好き勝手話していた。

ジョシュアのことを何も知らないのにまるで生まれた時から悪であるかのように言っている人もいた。

戦場での彼は仲間を気遣ったり、敵国の人間でも怪我をして動けないと分かったら手を差し伸べてしまうほど優しい人だった。

本当なら戦場で人殺しなどしたくはなかったはずだ。

彼の手は剣や銃よりも本やペンが似合っていた。

戦闘が始まれば武器を構えて人を殺していたが、夜になると自分が殺した人間のことを思い出して嘔吐していた。手を震わせ、泣きながら虚空に向かってただひたすら許しを乞うていた。

戦争が彼を変えた。

もう、戦争は終わったのに。私たちの戦争はまだ終わってはいないんだ。

「ジョシュアの面会をお願いします」

ジョシュアが連続殺人犯なんて信じられなくて、直接彼から聞きたくて私は面会要請を出していたのだ。

「確認して参りますので少々お待ちください」

そう言って騎士は中に入っていった。私は待っている間、連続殺人の話で盛り上がっていたおばさんたちのことを思い出していた。

「身に降り掛からなければ犯罪も娯楽、か」

ジョシュアが起こした連続殺人が井戸端会議の議題に挙がっていた。会議に出席しているおばさんたちは「怖い」「嫌だ」と負の感情を口にしながらもその目は好奇心に満ちていた。

どんなに自分の近所で起きたことでも身内や友人などの関係者に何もなければ全ては他人事で、空上の出来事なのだろう。

「中にお入りください」

騎士の案内で通された場所、鉄格子ごしにジョシュアはいた。

「やぁ、アイリス。こんなことになってしまって、本当にすまない」

そう言って頭を下げるジョシュアはどこか憑きものが落ちたような顔をしていた。

私はとりあえず、ジョシュアに座るよう促して、自分も腰を落ち着かせる。

「・・・・・どうして、こんなことを?本当にあなたがやったの?」

なんと声をかけるべきか迷ったが、結局何も思い浮かばなくて自分の疑問をぶつけることにした。

「うん、そう、なんだ。俺がやった」

「誰かを庇っているとかじゃなくて?」

「ああ」

嘘をついてるようには見えない。なら、本当に彼がやったのだろうか。

「なぜ?」

「分からない。気がついたら殺してた」

ジョシュアは少しだけ前に出した自分の手を見つめる。殺している時のことを思い出しているみたいだった。

私もよく自分の手を見つめる。彼と自分の姿が重なって見えて、ゾッとした。

もしかしたら、そこにいたのはジョシュアではなく自分だったかもしれないと思ったからだ。

「見て、アイリス」

そう言ってジョシュアは私に手を見せてきた。

「血まみれだ」

「ジョシュア、血はついていない。それは、幻覚だ」

「ああ、分かってる。でも、見えるんだ。血が、たくさん、たくさん、殺した。あと何人殺さなくちゃいけないんだ」

「ジョシュア」

「まだ殺さなくちゃいけないのか。俺はいつ、帰れる」

「ジョシュア」

「殺さなくちゃいけないんだ。だって人がうじゃうじゃいる。これじゃあ、いつまだ経っても終わらない。俺は帰れない。俺は、帰りたい。帰りたいんだ。だから、殺すんだよ」

「ジョシュアっ!」

私が怒鳴ったことでようやくジョシュアは口を閉ざして私を見た。

「ジョシュア、戦争はもう終わった。ここは、戦場じゃない」

「・・・・・ああ、そうだ。ここは、そうだ。ここはどこだ?ここは、王都だ。俺は、帰ってきたんだ。帰ってきたよ、母さん。俺、帰ったんだ。じゃあ、どうして人を殺さなくちゃいけないんだ?戦争中だから。いや、違う、戦争は終わったんだ。じゃあ、どうして、俺はまだ人を殺してる?」

「ジョシュア」

私が呼びかけるとジョシュアは私を見る。にこりと笑いかけてきたが、目から涙がこぼれていた。クシャりと顔を歪ませてジョシュアは子供のように泣く。

「殺した、俺が、殺した。たくさん、たくさん、殺したんだ、殺さなきゃ、殺されてた。だから、殺した。これは仕方のないことだったんだ。仕方、なかったんだ。だって、俺、帰りたかったんだ。帰りたかったんだよぉ」

たくさん殺したというのは今回の連続殺人のことではないだろう。

戦場で殺した人間のことを言っているんだ。

「ジョシュア、戦争は終わった。もう、終わったんだ。私たちは帰ってきたんだよ」

「ああ、ああ」

ジョシュアは何度も頷いた。自分が帰ってきたことを実感するように。

「ごめん、アイリス。俺、ちょっとおかしくて」

「ジョシュアはどこもおかしくない。ただ、優しすぎただけだ」

仕方がないと言い聞かせなければ罪の意識に押し潰されてしまっていたのだろう。どうにか人殺しを正当化させて戦場を生き残った。死にたくない、帰りたいという一心で。

その結果が、捕縛か。

ジョシュアは裁判にかけられることになる。そこで彼にどのような判決が下されるか分からないけど、どのような判決でも彼は一生、苦しみ続けるのだろう。

私たちが生き残ったことは本当に正しかった?戦場で、死ぬべきだったのだろうか。

分からない。

「また、来る」

「ああ、待ってる」

そう言ってジョシュアは最後に笑った。けれど私が再びジョシュアの笑顔を見ることはなかった。ジョシュアは裁判を迎える前に騎士の見回りの隙をついて獄中で命を落とした。

自殺だった。

「ジョシュア、もう、血の幻覚も悪夢も見なくなった?」

冷たくなった亡骸は当然だが、何も言ってはくれない。

あの時、再開した時に何か言っていれば、行動を起こしていたら。面会に来た時に何かしていたらこの結末は変えられたのだろうか。


私たちは生き残るべきではなかった。


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