第六話-救世主-
村長宅へ向かうと、村の皆も異変に気づいていたようで、武装した村長以下数名が俺たちの帰りを待っていた。もう少し遅ければ出陣していたらしい。心配をかけてしまった。
皆の前でアリシアの素性と目的を濁して説明する。全員に伝えるには内容が濃すぎる。下手に広まれば、最悪の事態もあり得るからだ。皆が解散した後、俺たちは村長宅で夕食を頂き、そして村長へは全てを伝えた。
「そうか…」
俺たちよりも更に深刻さを感じているようだ。顔のシワが際立つ。オールバックに固めた白髪がひとつ、はらりと前に垂れる。
「それで、救世主の所在はわかっておるのか?」
低く響く声で、ゆっくり丁寧に話す。職業柄か、よく通る耳触りの良い声だ。しかし、アリシアは聞き惚れることもなく、淡々と返答する。
「救世主の反応はルベリアから出ている。前大戦の時と同じなら、星道教会におられるはずだ。」
星道教会とは、天命や運命、天災などが、全ては星の、宇宙の運命であり、それを理解することによって自らに救いを、そして世界に救いを… とかいう宗教の教会である。救世主登場前後に確立したそうだ。
救世主の登場は3000年前に遡る。この星の歴史の最初で最大の事件、全世界を巻き込んだ大きな戦争があった。星が砕け人口が半分となり、世界はこのまま消滅するだろうと誰もが思ったその時、突如として現れ星そのものを操り戦争を平定したとされている。具体的にはどのような力かは歴史書にも魔法書にも記されていない。だが、その後も世界大戦の度にその魂は転生され顕現し、世界を平定するのだそうだ。過去三度の大戦全てに現れている。
(既に転生しているということは戦争は始まっている…?)
「して、救世主と対面した後、どうなされる?」
村長は感情を見せることなく静かに問う。下手な威圧よりよっぽど迫力がある。計らずも一瞬ピリッとした空気を察してか、奥様がお茶のおかわりを注いでくださる。白髪混じりの髪を団子にまとめ、ロングのスカートを身につけた姿は、さながらメイド長といった風貌。村長はやめてほしいようだが、本人はお気に入りのようだ。夫妻のやり取りに自然に場の空気が和む。
「救世主とお会い出来、同行が叶ったならば、直ぐにでも父王の元へ馳せ参じ、大戦を未然に防ぐ所存…」
癖なのだろうか、アリシアが右手を胸に当て、饒舌に語りだす。それを村長が、まあ待てと同じく右手を掲げ制する。
「お主の想いはわかる。だが、先ずはこの国の王に謁見すべきだ。」
そんな暇はないと食い下がろうとする彼女の発言を待たずに、村長は続ける。
「上層に帰る手段はあるのか? ここからルクセリアまで飛行魔法で飛ぶとなると、相当な魔力が必要だろうが…」
言われて気づいたようだ。アリシアが「あ…」と口を開きっぱなしだ。なんとなく、あの幼なじみにして、この幼なじみありだなと思う。
口を閉じ、焦る様子の彼女へ村長が語りかける。
「王国管理の転移装置がある。初代大戦以前の遺物だが、鍵があれば動く。同じく転移装置のある島へなら自由に飛べるはずだ。」
全員が村長に注目する。そんなものがあるのかと。
初代大戦以前は、各地をいろいろな人が往き来していたのだという。しかし、戦争が終わっても、一度露呈してしまった問題は隠せない。民族紛争や宗教対立、経済面での衝突など、各国王の手腕だけでは収めきれなくなった頃、転移装置は封印された。有事の際、つまり、戦争でも起きないかぎり門は開かれない。離れた場所にいる家族や友人に二度と会えないかもしれない。そんな状況に突如おかれた当時の人たち… 心が痛む。
「私が紹介状を書いてやる。これを見れば優先して会ってくれるだろうさ。あいつはバカじゃあない。ちゃんと話せば理解して、鍵を開いてくれるはずだ。」
村長と王は旧知の仲で互いを呼び捨てあう間柄だ。威圧感を与えないように話してくれているのだろうが、その事情を知らないアリシアはギョッとしている。即座に奥様に窘められ、村長がオロオロしている。こうして会食は笑い声で閉められた。