第五話-事情-
気配が完全に消えたのを確認すると、アリシアはその場に座りこんだ。完全に緊張の糸が切れたようだ。体力も限界なのだろう。俺たちも座り、とりあえず休むことにした。
「怪我は大丈夫なの?」
ソーマが聞くとアリシアは体を起こした。目にかかった前髪を右手でさらりとかきあげる。その仕草に不覚にもドキリとする。
「ああ。やっと落ち着いたから、もう大丈夫だな」
そう言うと、手を掲げなにやら祈る。そして手が白く光る。回復魔法だ。光を体に当てると、傷がゆっくりと塞がる。回復魔法は村の中でも何人か使える人がいる。怪我をすると使ってもらっていたので身近で見知った魔法だ。しかし、この回復速度はその比じゃない。感心していると、回復魔法は得意なんだと笑う。
顔の傷も治り、青白い肌に血色が戻り、色白の中に頬が薄桃色の美しい肌になった。またもやドキリとしてしまう。ソーマは… 朴念仁め…
「あの追っ手の名前はルティナ。ロディエル公の娘だ。性格はアレだが腕が立つ。執念深いから必ずまたやってくるだろう。なんならもう現れてもおかしくないくらいだ。」
やれやれといった様子だ。なんだか毎度のことのように話すのが気になり口を挟む。
「やけに詳しいけど、やっぱり有名人なのか? それとも顔見知りとか?」
彼女は困った表情で渋々答える。
「幼なじみ、なんだ。アレとは…」
上層の二つの国。昔から不仲ではあった。唯一の王によって世界は統治されるべきという考えと、万人は平等であり支え合い生きるべきという考え。この二つの思想で二分されている上層ではあるが、異端というのはいつの時代にもいるものである。
ロディエルの新領主、シン・ロディエルは悪ガキとして幼少から有名だった。悪ガキではあるが、気の合う仲間を大事にし、同じような悪ガキどもを集め従えていた。いわゆるガキ大将的な存在で、そのまま大人になったような人物だ。父である前領主の急逝でその地位に就き、一部から絶大な支持を受けていた。。
一方、ゼフィス領主のドーガ・ゼフィスは昔から優しすぎる人間として知られていた。敵対するロディエルの人間にも分け隔てなく接する様は、多くの人々の信頼を得ていた。
二人とも実力は確かで、国民からの人気は高いが、権力者からの支持は得られない。二人とも、政治的に上手くやることが苦手なのだ。
そして、二人の思想が問題を大きくしていた。自分の気に入った人間だけ守ればいいシンと、全てを守りたいドーガ。二人は度々会談を行い、意見をぶつけ合い、互いの正しさを論じ合っていた。そんな中でルティナ・ロディエルとアリシア・ゼフィスは出会った。
「え?じゃあ…」
この二人の少女は次期領主のお姫様ということになる。その二人が国外で殺し合う… さすがにソーマですら驚きを隠せない。
当時は二人とも幼かった。神経を尖らせて会談という名の罵り合いを繰り広げる傍らで、仲睦まじくおままごとなどに興じて親睦を深めていたのだった。
「我らも、もう20才になる。互いの立場は理解している。」
そう語る彼女の表情は、先程の戦いよりもつらそうだった。気づけば辺りには夕日が刺していた。夕日に照らされたアリシアの顔は、さらに悲痛さが増したように見える。仲の良かった幼なじみが親のために殺し合い。やり場のない怒りが沸き上がり体が熱くなる。夕暮れの風がその熱を冷まして気持ちがよい。
それが不快だった。