第八話-亀裂-
城へとやって来たが、人の気配がほとんどしない。入り口も開いたままだ。奥に進むと人影が見えた。ゆっくりと近づいてみると、それは厳密には人ではなかった。死体が動いている… そう、ネクロマンサーの魔法によって与えられた命令をこなすだけの道具である。しかし、そろそろ限界が近いのか、既に腕は片方が無く、臭いも酷い。
(町があの有り様じゃあな。新しい死体の調達も難しいだろう。国の中枢がこれじゃ…)
そんなことを考えながら歩いていると、人と遭遇した。今度は生きている人間だ。真っ黒のローブ… いや、もう所々破れ色褪せた元黒のローブだ。おそらくネクロマンサーの一人だろう。俺が事情を聞く前に男が話しかけてきた。
「たす、助けて、助けてください! もう、この国は終わっている… もう、もういやだ…」
涙ながらに訴えてくる。詳しく聞こうとすると
「が… ぐあがが、あぁ…」
喉を抑えながら苦しみ出した。どうしたと聞いても反応が出来ない。外部からの攻撃なら結界で包んで保護も可能だが、そういうわけではなさそうだ。
「お、王… ぐあ…」
そう言って苦しみ続ける。治療の手段も無い俺では対処のしようがない。思わず、悔しさで握りしめた拳を壁にぶつけてしまい、血が流れる。
「お"ね…がいぃ… ころじ… で…」
苦しさのあまりに男がそう願う。もはやこの男を救うにはそれしかなかった。俺は男の心臓付近に手をあてた…
(王が? これは国王がやっていることなのか? この国の現状はこれが原因なのか?)
足早に玉座へと向かう。そこに王が座っていた。沢山の死体を部屋中に並べて跪かせて。
「誰だ貴様は。俺の許可無しに城内を彷徨くなど、許される所業ではないぞ? さっさと土下座で謝罪しろ。脳天から血が吹き出るくらいにだ!」
こいつは何を言っているんだ? それなりの魔力は持っているようだが… 数人いる生きている部下は皆ネクロマンサーのようだ。絶望な顔の中にも、俺を見ると若干の希望を得たような目の輝きが感じ取れる。おそらくは、先程の男と同様に何らかの魔法か毒が仕込まれていて、逆らうと発動するようになっているのだろう。どうやって仕掛けたかは知らんが、王権でやることではない。
「まったく、どいつもこいつも無能ばかりだ。結局、誰一人として俺の役には立たなかった! 散々この俺をバカにしてきたくせに! クズどもが!」
そう叫ぶと、残り少ない部下の数人が苦しみ出した。先程の男と同じように。
「生きていようが死んでいようが同じだな。粗大ゴミが生ゴミの違いしかないってことだ! ざまぁない! 生きていたいなら役に立ってみせろ! もう遅いがなっ!!」
そう叫んで高笑いする。不快とかいうレベルではない。激しい殺意が沸き上がる。この、人のような形をした生物は、何を間違ったか自身をこの上ない優秀な人間だと思っていたのだろう。しかし、実際は無能であり、父王や教育係あたりに注意され続け、国民にも駄目王子と噂でもされていたのだろう。陰険馬鹿が更に捻じ曲がり、王位継承で権力を得た結果がこれということだ。元々、死体操作という異端な力で栄えた国、国交はあまり無く、これに代わってからは断絶状態。他国に気づかれることもなく自ら滅びの道を辿っていたのだ。多くの国民を道連れに。
「もう終わりにしよう」
俺の言葉に何か反応したようだったが、俺は聴覚を遮断した。これからやることは俺の耳にもよくない。
城が消える。そして、城があった地面も消えている。大きなクレーターが出来て、玉座の前に並んでいた死体が次々と落ちて重なっていく。
「優秀なんだろ? よかったな。あとは自分でなんとかして見せな」
ダルマにした王を死体の山に落とす。食糧と呼べる物は、城と共に飲み込んだ。魔力もほとんど吸いとった。回復手段は無い。だが、この王がこれからどうなるかなど興味はない。ただ少しでも苦しみ、後悔をすることを、この国の人々のために願うばかりだ。
そして、残りの町をカジャの炎で焼き尽くした。生存者はいたかもしれない。しかし、城の連中同様、生き長らえさせたところで、そいつの人生を救えるわけではない。壊れた心は治せない。もう心は動かない。
事後、少年を回収してイグナメリスへと送り届けた。
事情を説明し、二国を滅ぼしたことを伝え、炎の供給を求めたが、それは断られた。皆、俺を警戒している。怪物。そんなものを見るような目をしていた。




