第一話-実験開始-
霧の国ロスヴィア。ロゼクス王子の国である。その城の奥にある実験室、そこには、この月世界には似つかわしくない機材で溢れていた。現代地球の実験室宛らである。オフェロニス王の知識を基に、稀に来るという地球人の記憶を利用したものらしい。
王子と俺が城へとやって来ると、兵士に囲まれた。兵士の後ろから王が出てきて「最近の数々の行動は王国への反逆行為である。従って第一王子の権限を剥奪し」と、そこまで言った辺りで、王子が放った水の刃によって首を切り落とされた。そして、王子が周りの兵士に一喝「現時刻を持ってこの国の王は我になった。異論あるものは実験室に来るがよい。いつでもいいぞ!」だ。元々、反りが合わない親子であり、カジャたちの存在を否定した挙げ句、自分の実験の邪魔をしてきたのだ。その上で先程の事件。王位に興味はなかったが、この方が都合が良くなった、とのことだ。兄弟たちは王の手前、ロゼクスの批判をしていたが、本当はその力を認めており、特に異論はなかったらしい。一瞬で終わったクーデターだった。
そして今、俺はというと、ある液体を注射され、様々な色のコードに繋がれ、大きなガラス容器の中に入れられた。
「それでは始めます」
ロゼクス王がそう言うと、容器に液体が注ぎ込まれる。コードは身体の変化を画面に表示するため、液体は魔力を効果的に与えるためだそうだ。
注入された液体は、書状の血判から抽出したロディエルのナノマシンである。それにカジャ王の炎の魔力を触れさせることで活性化、ひいては同じ空間魔法系の俺のナノマシンも起動させるという流れらしい。細かい調整はあるようだが、だいたいそんな感じだそうだ。
「実験は長丁場になる」
頭に付けたコードを利用し、ロゼクス王が伝えてきた。まだ体に変化はない。この時間を使って、魔法について教えてもらうことにした。
魔法の原理が機械であることがわかり、いくつかの仮説が浮かんだ。魔法陣や詠唱の呪文等は、機械を動かすためのもの、つまりプログラミングのようなものではないのか? ならば、俺には難しいこちらの言葉での堅苦しい文章ではなくとも、なんなら魔法陣も改変してもいけるのではないか?
どんな形をした機械かは見ることは出来ないが、0と1で動いているなら可能性はある。ロゼクス王も地球文明に興味津々で前のめりで協力してくれた。魔法陣の命令式の部分を化学式やプログラミング言語に置き換える。試行錯誤を繰り返し…
「すごい…」
俺も容器の中から見て感動していた。ロゼクス王の水魔法。空気中の水分を集めて、弾にして攻撃したり、壁にして守ったり、というのが主だった。そして、今発動しているのは、水を動物の形に固定する、というもの。水の小鳥がそこに飛んでいた。
「私の魔法は大規模戦闘に特化していて、こんな細やかな芸当は到底不可能だった。式をここまで変えるとこんなことが出来るなんて…」
魔法の新たなる可能性に感動しているようだ。しかし
「これ、公表しない方がいいですよね。門外不出にしましょう?」
おそらく、他の国では地球文明やその言語は知らない。そしてナノマシンという存在も知らないだろう。魔法書にある長年かけて築き上げた陣や呪文は、月人類に疑いの余地もなく根付いていた。魔法はそれぞれ生まれもった能力。それ以上も以下もない。それを大きく変えてしまう危険な内容だと思ったのだ。
「そうですね。今は水の形を変える程度ですが、威力、範囲、効果、それを大きく変化させてしまう。さらに言えば、本人の限界以上の出力も」
いつの時代のどこの場所にもバカはいる。知ってしまったバカが自爆テロ、なんて考えるだけでも恐ろしい。
「実は、既にわかっていたけれど、あえて広めなかった、なんて可能性もありそうですね」
「かもしれないね。これは趣味の実験。記録は残さないようにするよ」
この人が人格者でよかった。自分で危険な未来の道を造りかけたが、その道は塞がれた。あとは、同じようなモノを封じるシステムを開発しなければ。俺たちの密かな仕事が出来た。




