第八話-ニア-
「これも何かの縁かもなぁ…」
そう言うと、どうか聞いてくれと自分たちの事を話してくれた。
それは20年前のことだった。ロブ爺さんには娘がいた。孫娘と似た雰囲気の美しい娘だったそうだ。早くに母親を亡くし、男手ひとつで育てた自慢の娘。村人たちからの人気も高く、皆で仲良く暮らしていた。
ある日、一人の青年が島にやってくる。たまたま上空を通るのを見つけた噂の流刑島。高い魔力を持つその青年は、好奇心に押されるがままに飛んで来たのだった。魔族の中でも珍しい有角人種。内包する強すぎる魔力が角という形で外部に現れた物で、形、色、大きさは、そのまま力の強さや系統を表すらしい。
娘も好奇心旺盛な年頃。外の世界への興味はいっぱいであり、二人は毎日暇を見つけては語り合った。暇を作るために青年も積極的に仕事を手伝った。偏見というものを持たない村人たちは、二人の仲睦まじい様子を笑顔で見守っていた。ロブ爺さんも。
しかし、別れは突然に訪れる。青年は魔界のとある国の王族だったらしく、捜索にやって来た部下たちに無理矢理に連れて行かれる。必ず迎えに来るという言葉を信じて待つ娘だったが、その時はまだ自分が身籠っていたことに気づいていなかった。
赤ん坊でありながら高い魔力を持って生まれた孫娘のニア。出産の影響で衰弱した娘は、そのまま息絶えた。始めは元気に過ごしていたニアだったが、後にその事実を知ってしまい自閉気味になり、母の死の原因にもなった角も過剰に隠すようになった。
この爺さんも、誰かに話したかったんだろう。許しか罰が欲しかったのだろう。優しいながらも何処か険しさを感じた顔も、少し和らいだように見える。
「ニアは臆病だが、ああ見えて父親を探したがっているはずじゃ。会いたいかは別として、じゃがな」
それは当然の感情だろう。なんなら、迎えに来ると言って音沙汰無い父親に、魔法のひとつでもぶっぱなしてやりたい気持ちもあるかもしれない。
「もし、よければニアを連れて行ってはくれまいか?」
突然の申し出に驚きを隠せない。てっきり父親の情報をなんたらな話と思った。極度の引込み思案の年頃の娘を、初対面の男と二人旅ですよ? そもそも、どこの国かもわからないし、そこに辿り着く保証もない。
「ニアは、今でこそあんな感じだが、元々はやんちゃが過ぎる程の娘だった。今のあいつは、母の死の原因は自分だと思い込んで、無理矢理自分を押し込めているように見えるんじゃよ。それに、お前さんは相手の同意も得ずに襲いかかる輩ではないじゃろ。まぁ仮に襲っても、捻り殺されるがな」
そう言って笑う。どうやらとんでもない魔法をぶっぱなせるようだ。彼女よりも自分を心配した方がよさそうだ。それに、最終的に決めるのは俺ではなく彼女だ。今の彼女の状態が罪悪感からくるものだとして、それに打ち勝つ程の意気込みや熱意みたいなものがあるのかどうか…
しばらくして戻って来たニア。落ち着いたようだが、こちらを気にしつつ夕食の準備をする。そして、ロブ爺さんとテーブルを挟んで食事をする。俺もそこに同席させてもらい食事を頂く。そして、食事も終わりかけた頃に爺さんが話を切り出す。
最初は驚いてばかりで、たまに捨てられる子犬のように泣きそうになっていた。しかし、話を進めるうちに落ち着きを取り戻し、漆黒の瞳には涙ではなく決意の炎が揺らめいていた。父親への想いは強いようだ。それが『会いたい』という純粋な想いなのか『恨み』という負の感情なのかはわからないが。




