第四話-同郷の士-
製鉄所は改築され、機材も新しくなったようだ。中の様子が外からでもわかる作りになっている。それと対象であるかのように、隣にこじんまりとした店があった。簡素な看板に『武具』とだけ書いてある。ともかく、店に入ることにした。
「こんにちは~」
扉を開けて中に入ると、両側に棚がひとつずつあり、その棚と壁に様々な武具が飾ってある。正面奥に店長らしき人が座っていた。
「はい、いらっしゃ…」
皆がその武具に目を奪われている中、俺と店長はお互いの姿を見て驚いていた。そして、店長が
「Вы японец?」|《お前、日本人か?》
と叫んだ。思わず出たのだろう元の世界の言葉。かろうじて知っていたその言語。店長は薄めの黒髪を短く刈り、白い肌にガッチリした体つき。
「Да! Bы русский?」|《そうです!あなたはロシア人ですか?》
と、俺もなんとか知っていた言葉で応えた。こちらへ来て20年近く、おそらく初めて会っただろう同郷の、同じ境遇の人間。感動と喜びで今にも泣き出しそうな顔だ。他の人間そっちのけで、しばらく俺たちは向こうでのことや今までのことを語り合った。
気付けば、日は落ちて辺りはすっかり暗くなっていた。皆は呆れてこちらを見ていた。
「「ほんとうに申し訳ありませんでした!」」
俺と店長が皆に謝罪する。並んで礼は90度。しっかりと謝罪する。そして事情を説明すると、ソーマが自分は王や村長に聞いていて、店長の素性は知っていたこと、だからこそ俺を存在も受け入れられたこと、そして俺たちが話し込んでいる間に、それらを皆に伝えて昼食は済ませてあることを話してくれた。それを聞いて、途端に腹が鳴る。店長のアルチョムさんが、夕食は俺がご馳走するぜと言ってくれたので、ご馳走になることにした。カウンター裏の扉から奥の自宅へと移動する。この店と自宅と製鉄所は繋がっているらしい。店長は製鉄所の責任者も兼任していて、行き来しやすいようにしてあるそうだ。
「俺のことはチョーマって呼んでくれ。仲間はそう愛称で呼んでた」
と言った。奥さんがブロンドの長髪を耳にかきあげながら、珍しいといった様子で見て笑っている。
彼がこちらへ来たのは25年前。数年は周りと馴染めず、元の世界へ戻ることばかり考えて生きていた。軍の技師だった彼は、母国へ速く帰還し仲間や上官に謝罪したかったそうだ。だが、当然帰る術は見つからず、時間が経てば経つほど(帰還出来たとしても国家反逆罪で問答無用で処刑かもしれない。国家への忠誠心を示すこともなく。だとして戻る意味はあるのか?いや、戻ること自体こそが…)そんな不安が募り自問自答していた。早くに親を亡くしていたので、あちらに家族はいない。親族も親しい人はいなかった。そう思い始めた時に、今まで世話をしてくれた人、現在の奥さんを素敵さがなんとかかんとか…
皆に説明していたはずが、さっき俺に話していた時と同様に惚気になる。10才下の少女と交流しているうちに10年が経ち、いつの間にかの相思相愛ということらしい。(光源氏計画かよ)15才になる息子さんが、積極的にケイトと話していたが、チョーマさんに「お前もちゃんと聞け!」と怒鳴られ「聞き飽きた!」と怒鳴り返される。奥さんが笑っているのを見ると、これがいつもの家族の様子らしい。俺にもこんな「今」があったのかもしれない…
俺は考えるのをやめてグラスの酒を一気に飲み干した。




