第六話-城下町~カルム-
(壮行会はもったいないが、時間的にほんとに今夜しか無さそうなんだよな。明日明後日は出掛けられる状態かも怪しいし、終わればすぐにでも出発したいだろうし…)
すっかり日が落ちた街の、さらに一段暗い裏道を歩く。この街に来たら、必ず顔を出す店がある。表通りと裏町の間、何度か改築したような古くも新しい店舗。建物に染み付いた料理と酒の匂い。気のいい店長たちとお客たち。以前は頻繁に来ていたが、ここ数年は村の外に出ることも少なくなってしまっていて、すっかりご無沙汰だった。
(久しぶりだなぁ。おっちゃんやおばちゃん、元気かな~ クマやホネはいるかな~)
知人のことを思いながら歩いていると、目的の店の前で揉めている人がいる。
「楽しむよ~ 皿洗いでも何でもするからぁ…」
「いや、ほんとに勘弁しておくれよ。そういうのはダメなんだって」
物乞い?とおばちゃん(店長夫人)が言い合っている。そして、その物乞いと目があった。
「あ…」
ルティナだった。フード付きのポンチョを着ているが間違いなかった。お互い目を反らすことも出来ずに固まってしまう。事情は直ぐに理解出来た。アリシアですら路銀もほとんど持たずに来たくらいだ。準備万端で追い掛けて来たはずもない。3日はまともに食ってないはずだ。ちょっと可哀想になってきた。そんな気持ちが顔に出てしまったのか、ルティナの顔がどんどん赤くなり泣き崩れていく。空腹と恥ずかしさが極まってしまったのか、仕舞いには声を出して泣きじゃくっていた。おばちゃんも困り果てていた。
「あー… とりあえず、中、入ろうか? おばちゃん、こいつ知り合いで、えと… とりあえず入ろうか?」
野次馬も集まりだし、収拾がつかなくなりそうだったので、兎に角、一刻も早く人から見えない場所に移動したかった。
まだ泣き続けているルティナをとりあえず奥の席に座らせて、適当に食べ物を出してやってくれと店員にお願いし、店長夫妻に挨拶に行く。
「お久しぶりです。なんかいきなりすみません…」
「いや~ほんと久しぶりだね~元気そうでなによりさ~」
とおばちゃんが方言混じりに言い
「それにしても、あんなにかわいいお嬢ちゃんを空腹で泣かすなんて、しばらく見ないうちに酷い男になったもんだな」
などと、おっちゃんはからかってくる。周りの馴染み客も合わせて「そうだぞ」とヤジる。
「うるせーよ。知り合いだけど、そんなんじゃねーの。今日もたまたま会ったんだ。むしろ、俺の優しさを称えろよ!」
俺の言葉に笑う人、さらにヤジる人、ほんとに誉める人、みんな相変わらずでひと安心だ。ちょっと様子を見てくると、一度ルティナの方へと戻る。すると、出された定食にがっついていて、ほとんど食べ終わっていた。
「ん~あー!美味しかった~~……」
心の底から出たその言葉には、様々な感情が乗っているように聞こえた。この数日、こいつも相当大変だっただろう。
「いや~ほんとに助かったよ。えと… カルムだっけ? ありがとな」
すっかり笑顔になって話しかけてくる。が「敵だった」と思い出したのか、ハッとして目を反らす。敵であるはずなのに、こうして一緒の席に座ることになるとは、合縁奇縁、縁とは不思議なものだ。
「はいよ、お待ち」
おばちゃんが二人分の酒とツマミを持ってきた。向こうに戻るつもりだったと言うと、女の子を独りにするもんじゃないと叱られてしまった。
(しょうがない。しばらく一緒にいてやるか)
と覚悟を決めた。覚悟を…
(そういやこいつ、かなり切羽詰まってたよな…)
「羽、うまく隠してるんだな」
翼はポンチョの中にうまく収まっていてパッと見、いや、しっかり見てもわからない。
「ん… けっこう小さく畳めるんだ…」
目を合わせないようにしながら答える。へえと感心し、一呼吸おいてまた質問する。
「やっぱり空腹で持たなそうだったからガチで襲ってきたのか?」
なるべく普通に、日常会話のように話す。情報を引き出したいという打算もあったが、それ以上にこいつへの興味が強くなり、どんな人間なのか知りたくなっていた。ルティナはやはり目を背けながら、グラスに口をつけながら呟くように言う。
「うぅ… そうだよ。腹ペコで死にそうだったんだもん。本気モードでいけばワンチャンあるって思ったんだよ」
「ワンチャンて… その後はどうするよ? お前、帰れるのか?」
からかうように、諭すように、友人と話すようにを心掛ける
「親父さんだって、お前の帰りを待ってんだろ?」
「父さんは関係ないっ!」
急に声を荒げる。父親の話はタブーだったか? アリシアはそんなことは言ってなかったけど…
店内がびっくりして一瞬静まり返る。ルティナがすみませんと立ち上がって謝罪した。店内が元の賑やかさを取り戻す。
「私が勝手にやったことだから… むしろ怒っているかもだよ。だから… だからちゃんと成果をあげないと、また迷惑をかけてしまう…」
アリシアの時にも感じた感情。この娘たちは父親のことが大好きなんだな。自分の命をかけてしまうほどに。それは、その感情は家族愛を越えるものではないのか?それは聞くことは出来なかった。
その後はほんとに日常会話だった。酒が進み、いつの間にか常連客たちと合流して、みんなで他愛ない話をして盛り上がった。なんでもないバカ騒ぎ。もう時間など進まなければいいのに。そう思えてしまうほどに。
帰り際に明日は武術大会に出るからと伝えた。打算ではなかった。無駄に体力を使ってほしくないと思ってしまっていたんだ。宿はと聞くと大丈夫と言って深夜の街の中に消えて行った。常連たちがフラれたなとからかい酒を注いでくる。気がついた時には朝日が昇りはじめていた。




