第四話-獅子王-
「いやぁ… 昨夜はすごかったな…」
カルムが朝食を取りながら呟く。
「突然でしたので…」
給仕がそう言い訳しながら夕飯を用意してくれた。言い訳に反して豪華な品揃えで、またもや全員フリーズである。
(突然でなかったらどれほどの…)
特にケイトは救世主という重みを違う意味で感じてしまったのだった。
「さすがに朝食はあっさりしてたね」
「でも、素材は最高級。調理も手が込んでたわね」
「緊張で味がわかりませんでした…」
朝食を済ませて暫しの談笑。まだ知り合って僅かだが、打ち解けてきているのがわかる。今日は先ずは武術大会へのエントリーをして、そのあとは街歩き。親睦を深めるべく祭りを楽しもうということになった。何より、あの宿に一日いたら緊張で心身共にもたない。
巨大な城門をくぐり抜け、誘導にしたがって左へ進むと広場に出る。普段は兵士たちの修練場だが、大会のために闘技場と観客席が設置され、エントリー待ちの人だろうか、十数人が集まっていた。
「おいおい、女子供連れで出るのか? 遊びじゃねーんだぞ?」
と御約束のように、ガラの悪いやつが因縁を吹っ掛けようと近寄ってきたその時
「おお!ソーマ、カルム、久しぶりだな!」
大声で駆け寄ってくる大きな、ほんとに大きな人があった。
「「お久しぶりです。総隊長殿」」
二人とも背筋を伸ばし敬礼する。ウィンダリア王国騎士団総隊長アグラス・バトリオス。通称獅子王その人だ。2mを越えるかという身長。横幅も成人男性二人分はある。鬣を思わせる茶色の髪と髭をなびかせて二人に近づき、肩をバシバシ叩いた。
「ハッハッハ!元気だったか?話は聞いたぞ。」
その力強さに伸ばした背筋も丸く縮こまる。
「ど、どうも… とりあえず、出場登録を…」
このままでは体が小さくなってしまいそうだ。カルムもこの人のことは尊敬しているようで、悪態どころか敬意しか見えない。それが相手の権力や戦闘能力に屈伏しているわけでないのは明らかだった。
(うげっ獅子王と知り合いかよっ!?)
と先ほどの発言がなかったかのようにコソコソ離れていく小者とは違う。
「おい!」
アグラスが先ほどの男を呼び止める。
「な、何か…」
と男はゆっくり振り返り体を震わせている。
「俺のことは獅子"王"とは呼んでくれるな。王はあの方御一人。俺には相応しくない呼び名だ」
アグラスは出来るだけ優しく、しかし目付きは鋭く言った。国民が敬意を持って付けた愛称だが、一家臣が"王"と呼ばれることはあってはならない。この忠誠心の強さも人気の理由なのだ。
ひとまず出場登録を済ませようと受付へ進む。自然と人が離れていく。ちょっと気まずい。登録するのは俺とカルムの二人。アリシアは絶対緊張して恥をかくだけだからと断固拒否。個人的にはアリシアの強さを見たかったから残念だ。受付を終わらせアグラス様のもとへ戻り、周囲を気にしつつ現状を伝えた。笑って頷いたり、難しい顔をして悩んだり、親身になって考えてくれる。
「そういうことならば目一杯祭りを楽しんでこい!」
と笑って送り出してくれた。ドンと押された背中がいつまでも痛かった。




