第二話-騎士団大隊長レオン-
「今日はどんな御用で王都へ?」
レオンがにこやかに優しい口調で問いかける。ソラは、その一挙手一投足にイラついているようだ。俺は、もう心がそこまで動かない。昔からそうだ。
「そんなに怒っても結果は変わらないよ。その力、次に向けなきゃもったいないよ!」
友人のこの言葉に諭され、そうあろうと生きてきた。怒りは我慢し、隠し、努力の原動力にしてきた。そしていつからか、そのこと自体には怒りを向けることが出来なくなっていた。(素直に感情をぶつけられるソラがうらやましい)とさえ思っている。
「どうせ村長から手紙でも行ってんだろ? 知ってての待ち伏せだよな? さっさとどけ。暇か?」
カルムが悪態をつく。レオンはやれやれといった様子で続ける。
「確かに来るのは知ってたよ。連絡があった。でもな、すぐそこでバトってたのも上から見てた。問題があるなら…」
「相変わらず見てるだけか? 見てるだけならガキでも出来るだろ」
話の途中でカルムが食って掛かる。レオンもイラついてくる。二人が胸ぐらを掴み合ったら俺が間に入って終了、それがいつもの流れである。しかし、今日はいつもと違う。アリシアとケイトが二人の様子を見てハラハラしている。
(やれやれ、早めに止めてやるか)
二人ともそろそろ… と声をかけようとした時、レオンが言った。
「お前らが戦ってたやつな、街に進入した可能性があるぞ。とりあえず事情を聞いたいんだが?」
腕を組み、こちらをしっかりと見据える。脅すでも蔑みでもないその目に、さすがにカルムも(うぐっ)と苦い顔をして止まってしまった。女子二人も(あぁ…)と俯いている。覚悟を決めただろう敵が王都に入ってしまった。いったいどんな手でくるのか、今のこの様子は見られているのか、今までは正面から来たが次はなりふり構わず襲ってくるかもしれない。いろいろなことが頭の中を駆け巡る。そして、最悪の状況にあることを告げられる。
「あとな、明後日は恒例の武術大会だ。王への面会は大会終わって、最短で五日後になるぞ」
想定外だった。アリシアは知るはずもない。ケイトも興味がなかったのだろう初耳の様子だ。俺たち二人も、いや親父たちですら度忘れしてしまっていた。
近隣諸国の要人も招待して行われる、二年に一度の武術大会。参加資格は強いこと。ここで勝ち上がり認められれば騎士団入団もある。他国要人の目に留まればそちらからも声がかかる。犯罪歴も不問になるという噂も出て、中層最大の催し物となっているのだ。
「そうだよ、今年だったよ」
「そんなの聞いてないぞ。なんとかならないのか?」
「彼女のこともある。一度出直すという手も…」
「それ、なんか恥ずかしいです。それに教会の皆が心配ですよ~」
「くそっ。考えがまとまらねぇ」
「お前たちがしっかりしてくれないと~私は何もわからんぞ~」
「親父から新たに書状を… いや、時間的にもむずかしいか、だが特例が認められる可能性も…」
全員想定外の自体に混乱している。兵士たちもわけがわからず黙ってこちらを見ているだけになっている。(いったいどうすれば…)
「追っ手とやらは一人なんだよな? 今は街は人も多いし、合わせて警備も厳重で、裏町ですら問題はほとんど起きない。二年で一番安全な一週間だ。とりあえずそっちは問題ないんじゃないか?」
レオンが現状を冷静に把握しアドバイスしてくれる。物事を客観的に見て、瞬時に最善を思い付く。
(やっぱり俺はまだまだだな…)
本物を前にすると、自分への普段の誉め言葉は只の御世辞にすぎないとさえ思えてしまう。努力はしている。一日とて怠ったことはない。しかし、それゆえに天才という存在の大きさを身をもって知ってしまう。
(卑屈になるな。追い付けない差じゃない!)
今回も、そう自分を鼓舞した。
「そうだね。面会はどうあっても無理だろう。一日でも早く、なところだけど、さすがに厳しいからね」
アリシアは、わかってはいるけど納得いかないといった様子で落ち着きがない。みんなも不安なようだ。
(何か落ち着かせる術はないか… そうだ!)
「彼女、ルティナは俺たちが街の何処にいるか、たぶん知らない。彼女の性格上、また正面からくる可能性が高い。なら、この状況を逆に利用させてもらおう!」
皆、まだよくわからないという顔だ。俺は皆の不安を払拭するように、出来るだけのしたり顔で言う。
「武術大会に参加しよう。こちらの居場所を知らせ、こちらも彼女の居場所を知れる可能性がある。それに警備は厳重で襲われる心配もない!」
皆がなるほどといった顔をする。なんとかなるかもしれない。アリシアだけが、それでも「こんな時に催し物に興じるなど」とごねたが、ケイトがなだめてしぶしぶ納得させた。
「んで、俺たちにも説明お願い出来るかな?」
散々待たされているレオンが、うんざりとした顔で溜め息混じりに言った。俺たちは全員苦笑いで謝罪するのだった。




