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バレーの時間

体育の時間に、隣のクラスと合同でバレーボールをやることになっていた。体育館は校舎から離れたところにあるので、一度靴を履いてからまた運動シューズに履き替えなければならない。体育館の中はひんやりしていて、靴と床が擦れる音が空間に響く。キュッキュッという小気味いい音。コートは四つあって、勝てば勝つほど奥側のコートに移動する。逆に敗者は入り口側に移る。強いものは強いものと、弱いものは弱いものと試合をすることになる、というルールだ。私はいたちと同じチームになる。女子の体育の授業は格差が激しく、スポーツのできる子とできない子の差は永遠に埋まらない。体育が苦手な子はコートの上をふらふらと彷徨うだけである。よって、自然と勝ち組と負け組が形成されてくる。私のチームにはバレー部の子が二人いるけど、残りは文化系の運動音痴なので、勝ったり負けたりを繰り返したりする。私自身は……スポーツは得意だ。活躍して目立ちたくないけど。

――パァンッ!

高く飛び上がり一気にボールをはたき落とす。レーザーのように一直線に飛び、地面に叩きつけられてバウンドする。これがスパイク。ビリビリと痺れるような感覚がする。爽快だ。

「さすが王子様」

「凄いわね」

「かっこいい」

黄色い歓声が背後から湧いてくる。うるさいなぁ。もう慣れたけれども。

「王子様だって。朔良ちゃん」

いたちがしたり顔で肘で小突いてくる。私が苛立っているのをわかっているのだ。こいつ、蹴り飛ばしてやりたい。

「よし!みんな試合終わったわね!交代!」

交代を告げるホイッスルの音。私たちは壁側に寄って次の試合まで休憩することになる。私はタオルで頭を覆いながら、熱い体をクールダウンさせる。隣に座ったいたちはじっと試合を眺めている。私たちは勝ったので上位のコートに移動できる。今度は一番奥側の勝ち組コートである。まあ、だからなんだという話なんだが。先ほどまで使っていたコート、つまり二番目のコートでキャンキャン子犬が鳴くような声がする。光樹眞理衣だ。あの子は隣のクラスなのである。

「ちょっと審判!よく見てなかったの?アウトよ!」

「え?マリー様、今のはどう見てもラインインだと……」

マリーは白線をダンダン踏みながら審判を睨みつけ、耳障りな甲高い声を張り上げて抗議の度合いを強める。ああ、気の毒な審判……。

「お馬鹿!このマリー様がアウトって言ったらアウトなの!あなたより私の方が近くで見てたのよ?わからないの?」

「あう……ごめんなさい」

こんなの無茶苦茶だ。一選手のくだらない反対でいちいち判定が覆っているようでは、まともな試合なんてできない。マリーの奴、どんだけ我儘なんだ。試合を壊している。

「ひどいわよね。マリー様ったら」

いたちがぽつりと毒づく。

「学園の華なんでしょ。しょうがないよ」

「でも、あんまりじゃない?怪我してしおらしくなったと思ったのに……残念ね」

懲りるはずがない。あいつは人を蹴落とすことに何にも罪悪感を感じない。自分が世界の中心だと己惚れているのだ。ほら、またあんなこと言ってる。

「あ痛!ちょっと!今、ボールがマリー様のつま先に当たったじゃないの!」

「ごめんなさい!」

相手はネットをくぐって謝罪しに行く。

「審判!これは重大な反則よ!退場!レッドカードね!」

「マ、マリー様。サッカーじゃあるまいし、そんな……」

「バレーとかサッカーとかどうでもいいのよ!いい?このマリー様の足に傷をつけたの!誰がどう考えたって退場よ!審判、退場にしなさい!命令よ!」

マリーは腕をぶんぶん振り回しながら、痛みを過大にアピールしていた。まるで腹を空かせたチンパンジーだ。猿並みの知性に幼稚な精神だよ、まったく。

「あーあ。あれじゃ、マリー様のチームは無敵ね。負けるわけがないもの」

いたちはため息交じりに言い捨てる。そうだろうか?今の試合で、もしマリーのチームが勝ったら一番上のコートで――つまり私たちのチームとやることになる。私はあのガキに容赦しない。弱みを握っているのだから。あいつに一泡吹かせてやる。

「ゲームセット!」

案の定、マリーのチームは一点も取られることなくこの茶番劇に勝利した。私はいたちの方を振り向いて、不敵な笑みを浮かべる。

「いたち。次の試合、勝とうよ」

「ええ?無理じゃない?どうせ全部マリー様の思いのままよ」

「わかんないよ?勝負ってものはやってみなきゃね」

私は立ち上がる。そして指の関節をパキパキ鳴らす。

「朔良ちゃん……珍しく燃えてるじゃないの」


さあ、次の試合だ。両チームは向かい合う。そして握手を交わす。フェアプレイの精神に免じて、ここは礼儀正しく振舞っておこう。笑顔で握手してやる。

「よろしく、光樹さん」

「え、あ、うん……」

私に手を握られた時のマリーの態度と言ったら、噴飯ものだった。顔は青ざめて、目も泳いでいた。私のニコニコした笑顔は彼女にとって不気味なものに感じられたらしい。まあ実際は脅しだけれども。

――ピィッ!

ゲーム開始の合図が鳴る。私はトスを受けて、相手コートのギリギリのラインにスパイクを撃ち込む。最初のご挨拶ってことだ。

「あの、マリー様?今のはインでいいんですか?」

確かに際どいところだけれども、ラインインなのは明白だ。でも、審判はさっきのことがあるから、ご主人様の機嫌を損ねない様に、お尋ね申し上げているというわけだ。選手に判定を尋ねるレフェリー?滑稽だよ。

「え?まあ今のはセーフね。うん、インよ」

マリーの意外な答えに頭を捻る審判の生徒。当然だろう。さっきまでのマリーなら絶対にアウトにさせただろうに。ダブルスタンダートもいい加減にしろ。そんな悪い子には私が天罰を与えてやる。例えば、こんな風に!

――ドンッ!

「うひゃうっ!?」

私がスパイクしたボールはマリーの目と鼻の先をかすめた。思わず、彼女は情けない声を上げて尻もちをつく。マリーの信者たちが心配そうに集まって来て、彼女を中心に輪が出来上がる。主人を慮る従者のようだ。

「マリー様!?大丈夫ですか?」

「お怪我は?」

「あの、イエローカード出しますか?」

マリーは顔を真っ赤にさせながらも頭を横に振り、外見だけでも気丈に振る舞って見せる。

「別に大したことないわよ!当たったわけでもあるまいし。あなたたち、マリー様はね、こんな衝撃でビビるような性格じゃないの。マリー様は偉大で勇敢なんだから。心配し過ぎよ」

馬鹿馬鹿しい。声が震えているよ。真の審判様にぜひご退場の命令をしてもらいたいものだ。できるものならね。

「朔良ちゃん。マリー様の様子、変じゃない?さっきよりもおどおどしてるっていうか、なんか怖がっているっていうか」

「さあね。緊張してるんじゃないかな」

適当にいたちの言葉を受け流し、次はどうするか考える。そうか、かすっただけでは”偉大で勇敢な”マリー様はノーダメージらしい。今度はちゃんと当ててあげるよ。

「いたち!トスしろ!」

「うえ?は、はいっ!」

いたちはボールをネットすれすれのところで高く宙に打ち上げる。私はそれに合わせて一気に飛び上がる。一瞬で最高打点に到達。背中を反らせて態勢を整える。ボールの中心点に意識を集中させる。そして――打ち抜く!

――パァンッ!

ボールは綺麗な弾道を描き――マリー様の顔面に衝突する。

「んぎゃあっ!?」

痛ましい悲鳴が上がり、ボールと共に彼女も1メートルくらい後ろに吹っ飛んだ。周囲はシーンと静まり返る。時が止まったみたいだ。学園の高嶺の華である、マリー様の顔面が傷つけられたのだ。彼女の顔は大きくて真っ赤なスタンプを押されたかのようだ。私は心の中でケラケラ笑っていたが、周りの生徒たちは唖然としていた。まあ、学園史上初めてのことだろう。

「マ、マ、マリーさまぁっ!?」

「ひぃいいい!大丈夫ですか!お怪我は?救急車呼びますか?」

「あの、これはもうレッドカードですか?」

私はネットをくぐって傷ついたマリー様のもとに近寄る。彼女はツンと痛む鼻を抑えて、目には涙を浮かべていたけれども、突然の事故に対してなるべく平常に振舞おうとしていた。きっと自身の威厳を守るために。マリーは私の姿を認めると、縮こまって目を点にした。

「光樹さん、ごめん。大丈夫?わざとじゃないんだ」

誠意なんてこれっぽっちも込められていない謝罪だった。彼女は怯えて、半ばパニックになった。

「あ、あはは。いいの、いいのよ。そうよね。事故も偶にはあるわよね。全然痛くないわよ?マリー様は丈夫なんだから。ほら、全然平気でしょ……」

「きゃあっ!?マリー様、鼻から赤い汁がっ……!」

マリーは鼻血を流していた。ポタポタと雫になって、体操服を赤く染めている。周りの信者たちは、まるでスプラッター映画の残酷なシーンを見てしまったかのように、顔面蒼白で絶句している。

「あ、あはは。大丈夫。冷やせばすぐ止まるから。先生、保健室に行ってくるわ」

「私もお供します!」

「マリー様!ぜひ、私も!」

負傷した主君を支えるために、何人もの従者が後をついていく。マリーと一緒に他の選手も行ってしまった。私たちの不戦勝だ。だって、相手側が試合放棄したんだから。

「ね?いたち。勝ったでしょ?」

「す、凄いわね。朔良ちゃんったら、あのマリー様の顔面に全力スパイクをぶつけるなんて……度胸があるとかそういうレベルじゃないわよ」

「別に。あれはただの事故だよ。それに本人も言ってたじゃない?『全然痛くない』ってさ」

私は得意げにそう言うと、額の汗を手で拭った。ああ、なんて気持ちいいんだろう。やっぱりスポーツは大好きだ。私はご機嫌になって、体育の時間を終えられたのであった。

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