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卒業アルバム

私は新校舎の二階の渡り廊下から中庭を見下ろしていた。私がいつも読書しているベンチ、その背後に立っている大きな樹、抜け殻のように干からびた葉っぱの山……秋ももうすぐ過ぎようとしている。厳しい冬がやってくる。あの中庭も雪に覆われて静かに沈黙することになるだろう。私は図書館に向かうことにする。過去の卒業アルバムを見るためだ。私は今、高良という人物に狙いを定めている。現学園長の補佐をしていた人間だ。アルバムの中に彼に関する情報があるかもしれない。ついでに、お父様のことも。


図書館は閑散としていた。私もあんまり使ったことないけど、ここまでとは。もの悲しい静けさが室内に満ちている。それに、明かりも半分ほど消えている。電力節約のために切っているらしい。どうせ人も来ないし……ということか。アルバムを見つけるために棚という棚を探す。読書スペースに面した棚にアルバムはあった。だが、手の届きにくい最上段だ。私は梯子を持ってきて、対象年度の卒業アルバムを取り出す。事件があったのは10年前だ。これかな……。

「よっと」

さっそく椅子に腰を降ろして本を開く。最初にあるのは、修学旅行とか様々なイベントの写真だ。当時の生徒たちが色んな行事を楽しんでいる姿。だけど、ここは生徒たちがメインで、先生はあんまり写っていない。私が見たいのは集合写真だ。私はページをめくる手を早める。あった。前後三列に並んだクラスごとの集合写真である。高良は……。

「B組……。この人が高良要介」

この人物は3年B組の担任だったようだ。中心からは外れて、端の方にぽつんと立っている。痩せ型で長身、黒髪のショートカット、何より印象的なのは狐のような糸目だった。瞳の色は心の色と言うが、これではわからないだろう。文集に移る前にお父様と光樹怜奈の写真も確認する。お父様はA組で学園長はD組。高良とは違って、お父様は生徒たちの真ん中で大股を開いて偉そうに座っている。今と比べて肌つやが良く、白髪もずっと少ない。鷹のような鋭い目は私の古い記憶にあるお父様そのものだ。懐かしさと寂しさで胸が締め付けられるような思いがする。もしお父様が今も健在だったら、こんな風に威厳ある雰囲気を維持していたのだろうか。次にマリーの母親だ。お父様と同じように生徒たちに囲まれているが、やや窮屈そうで、緊張した表情をしている。ケバい化粧は当時はしていなかったようだ。初々しい控えめな化粧である。こっちの方が似合ってると思うが……。まあ、そんなことはどうでもいい。

「文集はこっちかな?」

文集では、個人個人がそれぞれの夢や目標、学園の思い出を語っている。高良のクラスは担任に言及するコメントが皆無だった。なんのヒントにもならない。私は興味本位でお父様の方を見てみる。すると少数だが、担任にお礼の言葉を送っている者があった。

『志月先生。私の背中を押してくれてありがとうございました。これで夢に向かって進んでいけます』

『志月先生!卒業後もまた会いたいです!一緒に飲みに行きましょう!』

『先生とは何度も喧嘩したけど、でもやっぱり教えてもらうことも多かったです。ありがとうございました』

私はこれらの文章を見て微笑む。私の父は尊敬される人物だったようだ。10年前はまだ小さな子供で、いまいち教師という職を理解していなかったけど、今ならわかる。紆余曲折しながら色んなことを教えて、お互いに切磋琢磨する。喧嘩することもあるが、それは愛情の発露でもある。先生ってやっぱり偉大だ。こんなに他人から尊敬される仕事もそうそうないだろう。そして、私はお父様が暴力事件を起こしていないという確信を更に強める。だって、こんなに信頼されている先生がカッとなるだろうか?そんなわけない。やっぱり何か陰謀があったのだ。深層には何かがある……みんなに知られていない何かが。

「……ん?」

私は二つの違和感を覚える。お父様に限らず、他のクラスでも最低でも一人は担任にお礼を書き残している。だが、高良だけ全く無いのだ。人望が無かったのだろうか?もう一つの点は、高良の転勤のことだ。卒業文集には先生の軌跡も載っていて、転勤になる場合には『○○先生 この度、××校へと転勤』と最後のページに書いてある。逆に言えば、転勤しないとすれば、来年以降のアルバムに顔を見せることになるわけだ。だけど、お父様と高良の転勤の記録がない。お父様は例の事件で教師職を辞めてしまったのだから当然だ。でも、高良もこの年のアルバムからすっかり痕跡が絶たれているのはどうしてだろう?この人も途中で教師を辞めてしまったのだろうか?何か変だ。私の中で、ますます高良という人間の存在が怪しく見えてくる。ただの疑いが確信に変わってくる。やはり高良という人物は過去に何かあったのだ。10年前の事件に関与している……そうに違いない。


私は卒業アルバムをもとあった場所に戻した。これ以上の情報は、また別の媒体に頼らなければならない。高良要介への疑いは一段と強まった。この人物をもっと調査する必要がある。私は図書館を出た。ふと前方を見ると、学園長が廊下の曲がり角を歩いている。そう言えば、いっそのこと学園長にダイレクトに聞いてしまえばいいんじゃないだろうか。この人は高良の補助を受けて選挙戦を戦ったのだ。彼について何か知っているに違いない。だが、同時にいたちの警告を思い出す。やはり学園長が首謀者で高良は何も関係ないかもしれない。思い切った質問は墓穴を掘るかもしれいない。どうする?

「……」

「……」

私たち二人の距離は縮まる。そして、すれ違う。

「あの……」

「え?」

私は口から言葉が漏れる。決心したわけではないのに話しかけてしまった。真実を知りたいという欲求が、自制心を越え出てしまった。

「えっと……」

「志月さん」

学園長は私に近づいて来る。迂闊だった。学園長は部屋に忍び込んだ犯人について120%わかっている。私以外に誰がする?それに、あの廃工場での脅迫を忘れたわけじゃない。窃盗と不法侵入の罪で、私を学園から葬り去るなんて容易なことなのだ。

「もしかして……生徒会長選挙のこと、考え直してくれたの?」

「は?」

全く予想してなかった答えに、目が点になる。ああ。そう言えばそんな話もあった。

「いや、そのことではないんですが」

「あらそう。残念ね。じゃあ、何かしら?」

私は口の中の苦い汁を飲み込む。ごくりと喉が鳴る。

「お父様のことなんですけど……何か覚えていますか?」

「……」

焦っていたのか、ひどく曖昧な質問をしてしまった。だけど、『選挙の時に何があったんですか?暴力事件って本当なんですか?高良って誰ですか?あなたは何を知ってるんですか』……確信を突いたクエスチョンをする勇気は、今の私にはない。

「……ごめんなさい。よく覚えていないわ」

「そうですか。10年以上も前のことですもんね……」

「ええ。それじゃあ」

彼女はあっさりと会話を打ち切り、やや大股でその場を立ち去って行った。私の背後で、学園長のヒールが床を叩く音が響く。コツ、コツ、コツ……。

「ふぅ」

ほっと胸をなでおろす。今はこれでいい。学園長がシロだろうがクロだろうが、変に地雷を踏む危険は冒さない方がいい。私は再び歩き始める。情報の源はあれしかない。議事録から切り取られていたあの第二討論だ。それ以外に思いつかない。しかし、無傷の議事録は難攻不落の市庁舎にある。何度も閲覧の依頼をしたが、断られていた。だが、退くものか。私は決心していた――直接、市庁舎に乗り込んでやる。真正面から、正々堂々と。

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