退屈な授業
私は板書をノートに写しながら物思いに耽っていた。この学園の近くにある小さな公園のことを考えていた。私がまだ中学生だった頃、お父様と一緒に手を繋いで散歩したものだった。そうだ。確かこんな秋の日だった。公園の辺り一帯が落ち葉の赤と黄色の波に飲み込まれて、その景観は圧巻ながらも、若干のわびしさを孕んでいたように思う。でも、落ち葉の山からどんぐりや松ぼっくりといった可愛らしい掘り出し物を見つけると、小躍りして喜んでお父様に抱き着いたものだった。あの頃は楽しかった。毎日が至福と穏やかさに包まれていた。善の法則が支配しているようだった。天使が私たちの生活を守ってくれていた……あの日が来るまでは。
『……すまない。どうやら私は敗れたようだ。選挙で負けたんだよ』
うなだれるお父様……一人で暗い部屋に座り込んでいた。お父様はこのローリエ学園の学園長を選ぶ選挙で過半数を得ることができなかった。でも、明らかに不正だった。だって人格的にも能力的にもお父様は尊敬されていた。あの……今の学園長なんてみんなから嫌われていた。でも、お父様は完敗した。絶対に不正があったに決まっている。お父様もそれをわかっていて、だからこそ社会に絶望したのだ。あの日からお父様は笑わなくなった。そして、再起不能になった。動こうにもエネルギーが尽き果てているのだ。まるで電池切れのロボットみたいに、死んだ目をして一日中ソファに腰かけて外の景色を眺めている。完全なる廃人になったわけじゃない。その気になればちょっとだけ歩くことだってできる。でも……立ち上がれない。
『……お父様にこんなことをするなんて、許せない!』
私は復讐を誓った。学園長とその娘に。光樹親子には辛酸を味わってもらわなければならない。だから、このローリエ学園に入学したのだ。全ては復讐のためなのだ。まだ計画も何もないけど、いずれはあの卑怯者どもに正義の鉄槌を下すのだ。
「志月朔良さん。ここ、わかるかしら」
「はい。答えは……」
簡単な問題だった。授業は聞いてなかったが、別に回答するのに困るほどの難易度じゃない。
「はい。流石ですね、志月さん。いいですか、次は……」
怠惰に流れていく時間。私は復讐の機会をじっと待ち望みながら、ただぼんやりと瞳を窓の外に向ける。あれはトンビだろうか?それともワシか?識別できない鳥が力強く遥かな空へ羽ばたいていった。思わず、私はため息をついてしまう。秋は時間の流れが遅い。持て余した時間に押しつぶされそうになって、眠気を感じ始める。頭の中に靄がかかってしまったかのように、意識がまどろんでいく。垂れ下がろうとする瞼を何とか持ち上げて、この地獄のように続く退屈な時間を凌いでいく。さっきの中野さんは既に眠りの神に誘われたようで、机に突っ伏して安らかな寝顔を見せている。……私はもう一度ため息をつく。