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危ない手紙

中庭は私のお気に入りの場所だ。たとえ人工的に作られた箱庭に過ぎないとしても、土の匂いと植物の輝きがここにはあるのだ。私はベンチに座って風を浴びる。心が浄化されるようだ。意識がまどろんできて、いたちを待っていることすら忘れてしまいそうだ。

「朔良ちゃーん!ごめん!お待たせ!」

私の友人が小走りでやってきた。近頃は、いたちと一緒にいる時間が長くなったような気がする。特別な理由は無いが、きっと心の奥底では不安なんだろう。色んな事件があったし、これからもどうなるかわからない。だから他者を求めるのだ。

「ふふ。また考え事?」

「なんで?」

「別にぃ?朔良ちゃんが小難しそうな顔してるから」

「そりゃそうなるよ。むしろ、普段通りのいたちの方が変なんだよ。あの侵入事件だって、いつ私たちが犯人だってばれるかわからないんだよ?」

「だいじょーぶだいじょーぶ!何とかなるわよ!」

いたちの根拠ゼロの励ましに苦笑いしながらも、私たちは玄関に向かって行く。もしいたちがいなかったら私はどうなっていただろう?この孤独な戦いに、すぐ白旗を上げてしまったかもしれない。いたちは鈍くてふざけた奴だが、それでも勇気づけられることは多い。

「市役所はどう?電話してみた?」

「したよ。全然ダメ。相手にしてくれない」

「じゃあ、色仕掛けでもしてみる?」

「馬鹿。真面目に考えてよ」

「も~!朔良ちゃんを励ますためのジョークなのよぉ!冷たくあしらわないでぇ!」

この期に及んで冗談を言う気力がまだあるとは。いたちの愚鈍さには見習うべきところもあるのかもしれない。私は靴を取り出そうとする。例の如く、ファンレターが滝のように流れ落ちる。

「うふふ。相変わらずモテモテねぇ。王子様は辛いわね」

「フン。もう慣れたよ。やめて欲しいんだけどね。絶対に返事を書かないのに、どうして送ってくるんだろう?」

いたちはその中の一通を拾い上げる。

「『志月朔良さんへ。私は一年生です。かっこいい先輩にいつも憧れています。ちょっとでもいいですから、私とお茶してくれませんか?連絡先は……』ですって♪」

「はぁ。私とお茶なんかしてどうするっての……」

私は床に散乱した手紙を拾い集める。どうせ捨ててしまうんだけど、ここに放置するわけにはいかないし。

「ん?」

私は変な封筒を見つけた。だいたいこういう手紙は安物の茶封筒か手作りの封筒に入っている。子どもの手紙なんてそんなものだ。だけど、一つだけやけに丁寧に設えられていた。白い厚紙で、四方に金箔の線が走っている。糊ではなく蝋で封をしてある。いつの時代の手紙だ?随分と凝った手紙じゃないか。私は嫌な予感がした。でも、封を切った。

「……」

「朔良ちゃん?」

「いたち。はやく靴履いて」

「え?」

「早くしてよ!」

靴を履くと、いたちの袖を引っ張って、誰もいないところまで彼女を連れて行く。他のファンレターは全て投げ捨てた。心臓は痛いほど激しく鼓動している。世界がぐるぐると回っているような感覚になる。学園を離れて裏路地に入る。いたちはきょとんとした表情をしていた。私の息は上がっていて、ひどく興奮していた。

「いたち。いよいよばれた。これを見てよ」

私はいたちに先ほどの手紙を突き付ける。いたちはゆっくりと読み始める。

「『志月朔良。お前らが私の部屋に忍び込み、盗みを働いたことは知っている。忠告する。復讐は無駄だ。これ以上探ればお前は手痛い反撃を食らうことになる。お前は全てを知ることになる』……」

手書きでは無くて、パソコンで作ったものらしい。無機質な文字が紙を埋めていた。

「あら?ばれちゃったの?」

「そんなノンキなこと言ってる場合か!クソッ!やっぱりばれてたんだ!当然だよ!学園長は私の父親のことを知っている!証拠は無くとも、紛失した議事録のことを考えれば犯人は一人しかいない。私しか動機のある奴はいないんだ」

「……『お前ら』って書いてあるわね。私も特定されちゃったのかしら」

「最近、いたちはよく私の傍にいるからね。疑われるのは当然だ。まずいよ。本当にまずいことになった」

いたちは手紙を裏返す。

「裏にも書いてあるわよ?『おとなしく議事録を返却せよ。今日の午後9時に浅生あその廃工場に来い。無視すれば全てばらす』ですって。どうするの?」

私は掴みかかろうとするぐらいの勢いで怒鳴った。

「そんなのできるわけない!あれは、私たちが命を懸けて手に入れた大事な証拠なんだ!たとえ中身が欠けていても、それでも……こんな脅迫に屈するわけにはいかないんだよ!」

「ちょっと落ち着きなさいよ。えっと、渡すにしてもコピーをこっそり取っておくっていうのは?」

「ダメだ。議事録には私たちの指紋がべったりとついている。今度はあいつに弱みを握られることになるんだ。何か変なことをしたら警察に証拠を提出するぞってね。私たちの行動は著しく制限されることになる……」

「もぉ~う!万事休すじゃないの!」

私は必死になって頭を回転させていた。渡してもダメ、渡さなくてもダメ。逃げ道は既に塞がっていた。私は袋小路のネズミのように、追いつめられた哀れな小動物に過ぎないのだろうか?何か突破口は無いだろうか?たとえ根本的な解決にならないとしても、この場だけ凌げるような、そんな時間稼ぎの方法が――。

「どう?何か思いついた?」

「……」

交渉の余地は無いだろうか?学園長を揺さぶれるほどの材料があれば、相手方の脅迫を無効化する取引ができるかもしれない。何か都合のいい道具があるだろうか……?

「……マリー」

「へ?」

「マリーの写真がある。いたち、前に言ったよね?私はマリーの弱みを握ってるって。マリーのね、恥ずかしい写真を私は持ってるんだ。これを材料にして学園長と交渉する。これしかないよ」

苦渋の決断だった。不法侵入に加えて、暴行を働いたことすら学園長に明らかになってしまう。だが、悪を誤魔化すためには悪を重ねるしかない。娘の名誉がどうなってもいいのかと脅してやる。どこかの説教話で聞いたことがあるな。一度悪行を働くと止まらなくなるって。悪が悪を招くって。それがどうした?私はお父様の仇を取るって決めたんだ。覚悟はできている。そのためなら、どんなに手を汚しても構わない。

「それでどうするのよ?その後は?」

「知らない。後で考えるよ」

私は半ば憔悴した状態で、裏路地を出て街に戻った。無機質なコンクリートのビル群が、この時に限ってはゆらゆらと歪んで見えた。

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