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バカップル

まず最初にお化け屋敷に入ることに決めた。廃病院をテーマにしたアトラクションで、手術室やら遺体安置所やら、定番をしっかり抑えた構造になっている。里田くんではなくて私が希望した。ホラー的なものって、結構好きだ。

「あ、あ、あの」

「ん?どうしたの?」

里田くんは顔を青くして挙動不審である。目も泳いでいるし。もしかして心霊系が苦手なのだろうか?

「大丈夫だよ。所詮は作りものなんだから。怖さを楽しむくらいの心意気じゃなきゃダメだよ」

「うぅ、はい……」

「それではペアのお客様。どうぞお入りくださーい」

案内員の声に従って、重い扉をゆっくりと開ける。廊下は一直線に伸びていて、足元を緑色のライトが照らしている。壁には手すりが付いている。

「へぇ。本格的だね」

「あ、あ、ひぃ」

私はぐいぐいと前に進む。足音が一つしか聞こえない。振り返ると、彼は5mほど後ろにいて、手すりにしがみついていた。

「どうしたの?調子でも崩した?」

「いや、その。もっとゆっくり行きませんか?」

「はぁ?なんで?まだ全然怖くないよ。そんな遅いペースだと、日が暮れてもゴールできないんだから。ほら、行くよ」

私は彼の腕を引っ張って連れて行こうとするが、全然動かない。まるでタコみたいに腕を手すりに絡ませる。……この意気地なし。

――ドンッ!

壁を叩く音。里田くんはびっくりして空中に飛び上がった。打ち上げられたマグロみたいに、口と目をパクパクさせている。

「……早く行かないからだよ。ほら、立って」

私は彼の手汗まみれの手を取って立ち上がらせる。ああ、最悪。

「し、志月さん!早いですよ!」

「君が遅いの!ほら!どんどん行くよ!」

廊下をズカズカと歩く私たち。ああ、もう。最近の男っていうのは、どうしてこんなにナヨナヨしてるんだろう?情けないったらありゃしない。

「病室に着いたみたいだね。確か案内員の説明によると……部屋ごとにカルテを集めるんだよね」

カルテは全部で三枚。全てコンプリートするとゴールってわけだ。暗い病室をあれこれ見ていたが、カルテはベッドの上にあった。だが、ベッドはこんもりと人型に盛り上がっており、明らかに誰か居ますって感じだ。

「わかりやすいね。どうせ、ガバッて起き上がったりするんでしょ……」

私がカルテに手をかけようとした瞬間――。

「くけけけけけけけけっ!!!」

上から骸骨が降ってきて、不気味な声を上げて笑っている。上から来るとは意外だった。なかなかやるじゃないか。

「里田くん?」

一瞬、彼を見失ったが、端っこの方に背中を丸めてガクブルしていた。こんな子供だましのどこが怖いと言うのだろう?心底呆れてしまう。


次は手術室。なかなか舞台デザインが秀逸だ。真っ赤な血のペイントが、床や壁に飛び散っている。ここで残酷なオペが行われたのだろうと想像してしまうほどだ。カルテはどこだ?

「君も探してよ」

「ひ、ひぃ。な、何にも見えないよ……」

彼は両手で顔を覆っている。バカ。見えないに決まってるだろ。怖すぎて見たくも無いってか?

「怪しいのは手術台……でも、何にもない。棚も痕跡無し。どこだ?この部屋じゃないのかな?」

その時、手術台に備え付けてあったライトがピカッと光った。強烈な光に目が閉じてしまう。徐々に光に慣れてきて、ゆっくりと瞼を開けると、そこには一人のナースが立っていた。服は血だらけで、顔面は包帯に覆われている。

「ううう……」

不気味なうめき声をあげて、両手を前方に突き出す。彼女の手にはカルテが握られている。もしクリアしたければ、彼女に近づいてカルテを取らないといけない。そこがまた怖いというわけだ。私は平気だが。

「……よくできてるね。はい、カルテ頂くよ?」

「ガァアアウウッ!!!」

「はいはい。わかったわかった」

私はさらりと目標物を取った。凄惨な舞台や突然のライト点灯、そして不気味なナースが立っているという全体的な流れはいいと思う。だけど、やっぱり最後のパンチが弱い。奇声を上げるだけじゃ怖くないよ。おっと、ついつい論評してしまった。次に行こう。


いよいよ最後のステージに来た。ここは遺体安置所。壁一面に銀色の抽斗が埋め込まれている。カルテを獲得するためには一つ一つ確認しないとダメというわけだ。私は一番左を開ける。中には骸骨が入っているだけ。次、ここは生首ね。次は?はいはい、今更蛇とか怖くないから。次、次、次……。

「ぐがぁあああ!」

ばっちりとメイクを整えている幽霊もいて、開けた瞬間にびっくりさせようとする。まあね。確かに遺体が突然起き上がったら怖いと思うけど、そんくらいだよね。私はシラけながら抽斗を戻した。

「……お。あったあった」

カルテは真ん中の抽斗にあった。これで全てのカルテが揃った。後は出口から脱出するだけ。里田くんったら、さっきからずっと後ろの方で傍観しているだけだ。私だけ楽しんじゃってなんか悪いなぁ。私は出口と思われるドアを開けようとする。でも、びくともない。出口の鍵も必要なようだ。

「こりゃ、時間がかかるね。里田くん。君もそこで立ってないで一緒に探して――」

――ドンドンッ!!

入り口のドアを何者かが叩く音がする。激しい音が鳴り響く。ああ、なるほど。最後は焦らせてくるのか。

「うわあああああっ!し、志月さん!どうしよう!お化けがぁ!ゾンビがぁ!」

「いちいちわめくなって!里田くんはそっち!私はこっちを探すから!」

抽斗を片っ端から開けていく。でも、鍵は見当たらない。もしかしたらここにはないのか?前の部屋で見落としたのかも。それならば、ゲームオーバーだ。

「ああ!志月さん!あ、ありました!」

里田くんが鍵を見つけた。さっそく鍵を錠前に通すと、ガチャリと鳴った。だが、同時にタイムアップを迎えた。入り口のドアは蹴破られて、血まみれのドクターやナースが集団で襲い掛かって来た。

「うぎゃああああ!死ぬ!死んじゃううう!!」

彼は腰を抜かした。ミミズみたいに床の上を這いまわっている。

「ああもう!本当に手間のかかる奴だなぁ!」

私は彼をおんぶして、そのまま出口に駆け込んだ。脱出完了。時間は40分。後で案内員に聞いたところによると、普通の人よりも15分ほど遅いらしい。……全部里田くんのせいだ。


広場のベンチで休憩する。里田くんは項垂れて、沈痛な表情を浮かべていた。彼の頭上に負のオーラが漂っているのが見える。だいぶ辛かったようだ。

「なんかごめん。私だけ楽しんじゃって」

「……志月さんは怖くなかったんですか?」

「怖いっていうか楽しい、かな。ほら、ああいうのって雰囲気を楽しむものでしょ?」

「うう、強いですね、志月さんは。はぁ。僕ったら情けない。ずっと叫んでるばっかりで……」

どうやら女の子の前でビビりまくったのを気にしているようだ。男のプライドという奴だろうか。まあ、女である私には理解できない感情だが。

「ちょっと休んでてよ。ジュース買ってきてあげるから」

「すみません……」

私は彼をベンチに残して自動販売機を探しに行く。遊園地にはどんどん人が増えてきた。親子連れやカップルが多い。高校生の一団も見える。着ぐるみを着たキャラクターが風船を配っている。私はふとこんな想像をしたくなる。もしお父様が昔のように元気だったら、私をこういう場所に連れて行ってくれたに違いない。私の性格もこんなにクールではなかっただろう。もっと年頃の女の子らしい、もう少し明るくて素直に物事を楽しめる――そんな普通の性格になっていたはずだった。でも、あの事件がすべてを壊してしまった。お父様が壊されてから、私の人生は一変した。悲しみと怨念の中で、薄暗い生を送っている。私だけがみんなと違うのだ。私の全ては復讐のために、そのために私の人生があるのだ。

「”強い”か……」

里田くんの一言が私の胸に突き刺さっていた。私は全然強くない。ただ感情を殺しているだけだ。復讐を遂げるためには、喜怒哀楽なんてただ邪魔になるだけ。だから私は冷酷に振舞って、精神力を高い状態に維持しようとする。甘ったれた感情に動揺されないようにする。あはは。そりゃあ、クールでかっこいい王子様なんて周りから言われるわけだ。私は自嘲した。

「……ママ!パパ!」

私が自動販売機の前で立ち止まる。身体が氷のように凍てついたのがわかった。なぜなら……声の主はあの光樹眞理衣だったから。

「っ!?」

私は振り向いた。彼女はいた。花壇を越えた向こう側にいた。ニコニコしながら両親と手を繋いでいる。左にはマリーの母親、つまり学園長が、右には背の高い金髪の外国人男性がいた。学園長室に忍び込んだ時に見た、あの写真に写っていた夫婦と子供の姿である。私はこっそりと尾行した。何か目的があるわけではなかった。でも、そうせざるを得なかった。薄暗い衝動が私を突き動かしていた。

「マリー。何に乗りたいの?」

「えへへ!あれがいい!」

「ジェットコースター?大丈夫なの?怖いんじゃないの?」

「全然怖くなんかないよ!だってマリーは大人だもん!」

「あなた、どうしよう?ああいうの苦手なのよね」

「じゃあ、パパと乗ろうか?」

「うんうん!パパがいい!」

マリーの父親は彼女を肩車した。

「ひゃあ!もぉ!パパったら!マリーはもう子供じゃないのよ?立派なレディなんだから」

「そうかい?でも、パパにとっては小さい頃のマリーと同じかなぁ」

「そんなことないもん!どっからどう見たって大人でしょ!」

「はいはい。わかったわよ」

家族は楽しげに談笑している。あの家族と私の間には透明で分厚い壁があった。決して手の届かない別世界が壁の向こう側にあった。私は吐き気を覚えて、すぐさま近くの女子トイレに駆け込んだ。そして、手洗い場の蛇口から水を掬って、何度も何度も顔を洗った。どうしてだろう?どうして?どうして私はこんなに……泣いてるんだろう?

「……うぅ」

顔は水道の水でびしょびしょだった。でも、私の目からは小さな雫が何粒も落ちていた。私は喉奥に苦しい異物感を得た。そして、嘔吐した。

「……うげぇっ!がはぁっ!ぺっぺっ!」

酸っぱい不愉快な味が口内に広がった。濁った液体が手洗い場を汚していた。背筋が凄まじく凍えていた。痙攣が私を襲い、目を開けていられないほどである。私は恐怖を感じていた。

「ずるい……」

ようやく出た言葉がこれだった。私は鏡の前の女の子――死人のように青ざめて、水とゲロで汚れた顔をした、哀れな人間に向かって言った。

「ずるいよ……マリー……。自分だけ……。ずるい、ずるい、ずるい……ずるいよぉ……」

私は口元が震えているのがわかった。号泣する予兆だった。私は今にも膝を折ってむせび泣きたくなった。私は……哀れな女だ。この世界に独りぼっちで、幸せな家族を持っている同級生を傷つけて楽しんでいる。視聴覚室で血だらけになったマリーを思い出した。

『ぎゃああああっ!マリー死んじゃう!死んじゃう!』

血を見て狼狽えるマリー。私に得も言われぬ快感を覚えさせた、傷だらけの少女の姿。でも、あの子にも家族がいる。休日になれば、お父さんとお母さんと手を取り合って一緒に楽しく遊園地を周る。幸せで心温まって、自然と笑顔になれる――家族の絆。マリーは持っている……私が決して持つのことのできないものを確かに持っている。それに比べれば私なんて……ただの悲惨だ。

「……ギィッ!!!」

私は下唇を思いっきり噛んだ。刺すような鋭い痛みが走った。一筋の血が鏡に飛んだ。だけど、この痛みでなんとか正気を取り戻した。震えは止まり、涙は奥に引っ込んでしまった。ああ、そうだ。戻らないと。里田くんが待っている。ジュースを買ってあげないとね。そうだよ。デートの最中だったんだ。トイレを出る時、私が呪っている例のあだ名を思い出した。

――王子様。

そう。私は王子様。孤独で泣いている……可哀そうな王子様。


「里田くん。お待たせ」

私は彼にペットボトルを投げ渡した。彼の気分はだいぶ回復したようだ。顔には赤みが戻ってきているし、ジュースも元気よく飲んでいる。

「あの、志月さん?」

「何?」

「唇。切れてますよ」

私は親指で自分の唇をぬぐった。指にべったりと血がついている。強く噛み過ぎたようだ。

「別に。こんなの唾つけとけば治るから」

「ああ、でも。ほら、垂れちゃいますよ」

里田くんはポケットからハンカチを取り出して、私の口元を拭いた。想定外の彼の行動に少し驚いた。今の彼は、お化け屋敷で見たような頼りない男の子とは違った様子だった。

「僕、お父さんが医者なんです。止血する時はぎゅって圧迫するとすぐ止まるんですよ」

「あむっ……」

里田くんは自分のハンカチを押し当てて、そのまま一分ほど維持した。

「完全には止まってないけど……だいぶ良くなりました」

「……ハンカチ。ごめん、汚しちゃったね」

彼のハンカチは私の血で赤く染まっていた。

「別にいいですよ。血が止まったならそれで」

「……そう」

作り物の血糊にはあれほど怖がっていたくせに、リアルの血は全然平気なようだ。なんだか納得できないけど、医者の卵ならそういうこともあり得るのかもしれない。

「もういい時間だね。あと一つくらいは乗れるかな?」

私は時計を見る。集合時間まで一時間残されている。お化け屋敷でかなり時間を消費したようだ。ベンチで休んだ時間も長かったし。これからアトラクションを幾つも周るのは不可能だ。

「観覧車なんてどう?里田くんは高いところ平気?」

「はい。大丈夫です」

「悲鳴上げない?」

「幽霊が出なければ……大丈夫です」

「ふふ。そう」

私たちは最後に観覧車を選んだ。ここでは、ジェットコースターに並ぶ人気アトラクションらしい。ラッキーなことに空いていたので、ほとんど待ち時間無しで乗車することができた。小さな部屋に向き合って座る。ガタンという大きな音と共に、周りの景色が変わって来る。

「……見て。ローリエ学園。あっちの方」

はるか遠くに小さな点になった学園が見えた。まるでミニチュアのように可愛らしい姿だ。

「へぇ。あれが志月さんの。あ、僕の高校もありました。あっちですよ」

その西側に里田くんの学校があった。現代的なビルで、校庭やテニスコートが無ければ普通のビジネスビルだと思ってしまいそうだ。ローリエ学園と違って、比較的新しい建築物のようだ。他にも、デパートや大通りなどが見えた。俯瞰視点では全てが作り物のように見える。視線を上に移してみれば、水色の空が果てしなく広がっていた。観覧車はもうすぐ一番高いところ――頂点に達しようとしていた。

「志月さん。あの……」

彼は何か言いたそうだった。でも、途切れてしまった。私は催促せずに、彼の次の言葉を待った。

「……福岡くんってすごいモテる人なんですよ」

「だろうね」

髪を染めたちゃらい感じの男の子。今頃、間宮さんと楽しくデート中だろう。

「僕……全然モテなくて。志月さんに聞くのも変なのかもしれないですけど……どうしたら女性に気に入ってもらえるんでしょうか」

「私に聞いたってわからないよ」

「で、でも!志月さんは女性じゃないですか。だから、その、失礼かもしれませんけど、女性から見たらどういう男性がかっこいいのかなって」

彼の顔は滑稽なほど真剣で、私のアドバイスが喉から手が出るほど欲しいらしい。

「……さぁね。私、恋愛とか興味無いから」

私は男性とのお付き合いに興味がない、真面目に考えたことすらない。それに加えて、ローリエ学園は女学校。男性の関わる機会はなおさらない。間宮さんみたいなミーハーな子もいるだろうけれど、私はそういうタイプじゃない。かといって、安っぽい常識論的な助言もしたくなかった。

「すみません。変なこと聞いちゃって」

「変わらなくてもいいんじゃない?」

「へ?」

「里田くんは……里田くんのままでいいじゃない?素直な自分でさ」

「でも、僕、すごい情けない奴なんですよ?体力無いし、お化け苦手だし」

「それが君の全てなんでしょ?だったら、胸張ればいいじゃん。何より……素の自分でいるのって、わりかし才能だと思うけどね」

自戒の念を込めて、私は言った。それっきり、私たちは黙りこくってしまった。他に話すことも無かった。外の景色をぼーっと眺めている間に、観覧車は再び地に足をついていた。私たちのデートは終わった。広場に戻ろう。


私たちは中央広場に戻った。間宮さんと福岡くんはまだ戻ってきていない。10分、20分、30分……。いつまで待たせるつもりだ。もう既に約束の時間を過ぎているんだぞ。

「里田くん。福岡くんの連絡先知ってる?」

「さっきから電話鳴らしてるんですけど……出ないんですよ」

私は間宮さんの連絡先を知らない。連絡手段はないわけだ。

「……探そう。すれ違いになっちゃうかもしれなけど」

「そうですね」

私と里田くんは広場を離れていろいろなところを探し回った。でも、どこにもいない。まだアトラクションの中にいるのだろうか。それともトイレだろうか。まさか先に帰っちゃうなんてことはあり得ないだろう。この遊園地はそこまで広大ではないから、これだけ目を光らして探せば見つかるはずなのだが……。

「あ。志月さん、あそこ」

里田くんが指さした方向を見る。福岡くんと間宮さんは端っこの木の陰にいた。あんなところで何をしているのだろう。気分でも悪いのだろうか。

「……はぁ。おい。間宮さん」

私たちが近寄って声をかけようとしたその時だった。二人は……キスした。間宮さんが木の幹に寄り掛かり、それに福岡くんが覆い被さるようにして接吻したのだった。なるほど、間宮さんは”ターゲット”をモノにしたわけか。

「あほらしい。里田くん。広場に戻るよ」

「は、はい」

そう言うと、私は里田くんの手を引っ張って(ちょっと痛いくらいに)、広場に戻っていった。恋愛は興味ないけど、目の前であんなにイチャコラされたら腹が立つ。


それから更に10分ほどして、間宮さんたちは戻って来た。彼女は頬を桃のようにピンク色にして、福岡くんの腕に纏わりついていた。

「ごめんごめん!麗奈の奴が気分悪いって」

――麗奈。間宮さんの下の名前だ。へぇ、そこまで進展してるんだ。名前で呼び合うほどにねぇ?

「大丈夫?間宮さん」

「え?あっと、そのぉ、うふふ♪平気だよ~?ね、亮二く~ん?」

媚び媚びの照れ顔を福岡くんに向ける。バカップル誕生の瞬間だ。虫唾が走る。

「……帰りたいんだけど」

「そ、そうだな。あはは。俺も疲れちゃったよ」

「え~!もっと亮二くんと一緒にいたいんだけどなぁ~?」

ああ、このクソ女。マリーよりも嫌いだ。いや、落ち着け。

「……じゃ、お二人で仲良くね。私、用事あるから」

「あ、あはは!そうだよな!時間は守らないと!待たせてごめん!麗奈も帰ろうぜ?また今度来ようよ!」

「む~!わかった……」

それ以降は流れ作業みたいなものだった。肉体的にも精神的も疲れていたし、帰りの電車の中でうつろうつろしてしまって、あっという間に時が過ぎて行った。ただ、目の前の目障りなバカップルが視界に入らないように意識はしていたが。さて、駅まで戻って来たぞ。

「んじゃ、これにて解散だな。麗奈も志月さんも今日はありがと。結局、ほとんど俺たち一緒になれなかったけど、次はちゃんと4人で遊ぼうな!」

「……そうだね」

二度と行くか、バカ……と漏れそうになったが胸の内にしまっておく。

「ほら、里田もなんか言えよ」

福岡くんは気弱そうな彼を肘で小突く。

「えっと、あっと、みんなありがと。特に志月さんは、その、ありがとう……」

「……うん。私も楽しかった」

ひどく怯えていた彼、ハンカチを汚してまで血を拭ってくれた彼……。まあ、きっといいお相手が見つかるさ。臆病だが根は善人のようだし。

「じゃあ!さよなら!」

そう言うと、男の子たちは帰っていった。私と間宮さんは途中まで一緒に歩いて行った。間宮さんはまだ恋の美酒に酔っているようで、時折ぽーっとして空を仰ぎ見ていた。

「……志月さん、どうだった?」

「何が?」

「里田くんだよぉ!ねぇ、シタ?シタの?」

「だから何を?」

「……キッスぅ、よぉ♪んふふ♪ねえ、言っちゃうけどね……私、亮二と……」

「知ってるよ。端っこの木陰でシタんでしょ?」

「ふえっ!?見てたの!?」

「偶然、視界に入っただけさ」

間宮さんは顔を真っ赤にしてオロオロし始めた。おいおい。さっきまでの惚気はどこに行った?

「だってぇ、亮二が素敵過ぎるんだもん。ふぁ~♪やっぱりデートしてよかったぁ♪志月さんもありがとうね。また来る?」

「悪いけど、二度とゴメンだよ。私はただの数合わせに過ぎないんだからさ。今度は別の人を誘って」

「え、えへへ。そう言うと思った」

こんな馬鹿げたことは二度と御免だ。私はやっぱり一人が性に合っている。デートなんてもってのほかなんだよ。

「でも、勿体ないなぁ。志月さんみたいな美少女が恋愛に無関心だなんて。宝の持ち腐れだよぉ?JKはやっぱり恋愛してなんぼでしょ!」

「だから、興味無いんだってば。いい加減にしないと怒るよ?」

「冗談だってば~、もう♪じゃ、私はこっちだから」

「そう。じゃあね」

こうして私たちは解散し、志月朔良という人間はまた孤独になる。私は大きく背伸びして、欠伸をした。爽やかな秋の空気を吸い込んで、心が洗われるようだった。綿をちぎったような雲が空中に漂っている。冷たい風が、独りぼっちの私の背中を叩いた。

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