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ダブルデート

だが、袋小路に迷い込んでしまったのであった。市庁舎の議事録は未だに閲覧方法がわからない。この前みたいに忍び込む?そんなの不可能だ。より厳重な警備が私たちを待っているだろう。そもそも今現在、何のお咎めなく普通に学生生活を送れているのが奇跡だ。しかも、今度は国の公共施設だ。イタズラで済む話ではない。あまりにもリスクが高すぎるのだ。私がもし捕まったら、お父様の面倒を誰が見るのだろうか?あの薄汚い叔父か?冗談ではない。作戦を練る時間が必要だ。焦った行動をして、全てを水泡に帰するような真似をしてはならない。私は再び出口のない思考作業に没頭することになる。

「志月さん。ここの解を黒板に書いてくださる?」

「はい。わかりました」

授業中でも考え込んでしまうような日がずっと続いている。どうすれば議事録を手に入れられるのか?ちぎられたページには一体何が書いてあるのか?不正選挙の実態はどのだったのか?学園長はいかなる手段で関与したのか?学園長は既に私を疑っているのではないか?マリーはもしかしたら脅迫のことを親に話したのではないか?そもそも、私はどうやって復讐を遂げるのか?もう十年も前のことを今更どうしようと言うのだ?私がやっていることは無意味なことではないのか?復讐なんてくだらない冗談ではないのか?……お前は抽斗ひきだしの中の拳銃を遂に手に取るのか?

「……っ!」

パキッという音を立てて、白いチョークが真っ二つに割れた。床に落ちたチョークを拾って、私は席に戻った。こんな風に頭の中が迷宮のように入り混じり、意味のない反省作業を延々と繰り返して、気が付いたら一日の終わりを迎えている。普段から疎遠だったクラスメイトともっと疎遠になる。私は自分の殻に閉じこもり、周りの音をシャットアウトして、再び迷いの森に彷徨う……。

「しーづきさん♪」

私は顔を上げる。間宮さんだった。もう放課後になっていた。彼女のお気に入りのカエルの髪留めが目に入った。

「ねぇねぇ。お願いが一つあるんだけど」

「何かな?」

「志月さんってさぁ……デートとか興味ある?」

「はぁ?」

間宮さんの発言に思わず呆然としてしまう。デートなんて一度もしたことない。縁の無いものだと思っていた。

「どうしたの急に」

「事情を話すとねぇ……」

彼女は饒舌に事の背景を語り始めた。間宮さんとその友達は近くの男子校の生徒とダブルデートを計画していたのだが、突然の予定が入ったらしく、友達が来られなくなってしまったらしい。その埋め合わせとして、私が選ばれたというわけだ。

「うーん、パス。興味ないね」

「えぇーっ!?なんでよぉ。お願いっ。この通りっ!」

間宮さんは手を合わせて懇願した。嫌なものは嫌だ。常日頃から煩悶としているのだから、デートなんかに集中できるわけがない。

「どうして私なの?他に相応しい人がいるでしょ?」

「だってだってぇ!みんなには断られちゃったんだもん!志月さんしか頼れる人がいないの!お願い!王子様の力を貸して~~~!」

――王子様。いい加減にして欲しい。私はあなたのお助けキャラじゃない。

「間宮さん、申し訳ないけど……」

「志月さん」

間宮さんは私の耳に口を近づけて、ボソボソと呟いた。周りに聞かれたくないらしい。

「……コレ。あげるから」

彼女は私の手の中に何かを握らせた。くしゃくしゃになった一万円札だった。

「随分と太っ腹なんだね。そんなにデートが大事なの?」

「うん。実はね……デートに来る男の子。前から狙ってるんだ」

「狙ってる?」

「そう。向こうはまだそんなに好意を向けてくれてるわけじゃないんだけどね。友達同士のダブルデートを機に……一気に接近しちゃおうかなって。晴れて正式なカップルに……ってな感じで」

事情は察した。間宮さんは前から気になっている男の子がいる。でも、相手の方はそこまで熱を上げていないから、いきなり二人きりのデートは難しい。そこで、友達同士の緩い感じのダブルデートを計画し、きっかけを作るつもりなのだ。

「……はぁ。わかった。どうせ嫌って言っても引き下がらないんでしょ?」

「うっは♪ホント?」

「でも約束して。私はあくまで頭数を揃えるためだけに行く。恋愛とかそういうものを期待されても困るからね」

「もちもち~♪志月さんは一緒にいてくれればそれでいいの!お相手の男の子とはテキトーに流す感じでやってね!それでオッケーだから♪」

その子が可哀そうなんだが……まあいいか。私には関係ないし。

「それと……コレ、返す。<賭博及び買収行為は規則に反する>からね」

私は一万円札を間宮さんに返した。彼女はきょとんとした顔をしている。

「あれ?いいの?」

「いいよ。後味悪いし」

「ふふ。さすが王子様。かっこいいねぇ~♪高潔って感じ」

別に王子様らしい振舞をしたかったわけじゃない。こっちの方が後腐れがなくて良さそうだからだ。後で返せと言われても困るし。

「じゃあ、今週の土曜日午前10時に駅前で集合ね~。アリガト、王子様♪」

間宮さんは軽快なスキップをしつつ、ご機嫌な様子で私の元から去っていった。ダブルデート……引き受けたことをもうすでに後悔している。気晴らしにでもなればと思ったけど……余計な疲労が溜まりそうだ。とにかく気が進まない。


当日は幸いにして晴れだった。秋季の陽光が穏やかに降り注ぐ。風も無い快晴だ。目を瞑れば、今日は春なんじゃないかと思うほどだ。絶好のデート日和と言えるだろう。今日の私の服装はどうなんだろう?というのも、私は友達と滅多に遊ばないし(そもそも友人がいたちしかいないし)、ましてや彼氏なんていたことがないので、恰好が場に合ったものなのか自信がない。急なことだったから買い物に行けなかったし、結局は普段通りの動きやすいスタイルに落ち着いた。デニムのホットパンツにボタン付きのパーカーをさっと着込む――これが私の休日の服装だ。動きやすさ重視で装飾に乏しい。リボンとかひらひらの付いた奴とか絶対に着たくない。あんな媚びた衣装のどこがいいのか?私にはわからんのだ……。そんなことを考えているうちに駅前についた。間宮さんと二人の男の子は先に到着していた。

「こんちわ」

私はけだるそうに挨拶する。間宮さんは私を歓迎する。

「おっすー♪うっわぁ!志月さんってそういう普段着なんだね!むっちゃボーイッシュって感じじゃん!」

間宮さんはフリル付きのカーディガンで、胸元には黄色の大きなリボンをつけていた。まさに、恋する乙女と言った感じである。気合を入れてきたのだろう。

「へぇ。君が志月さん。よろしくね。俺は福岡っていうんだけど」

髪を金髪に染めたちゃらい感じの男の子――福岡くんは軽く会釈した。私よりも10cmほど背が高くて、筋肉質な体をしている。スポーツ経験者のようだ。間宮さんが狙っているのはこの子だろうか。

「あ、あの。どうも。里田って言います」

隣の子がおどおどとした様子でお辞儀した。福岡くんとはまったく真逆な印象を与える子だ。黒髪のぼさぼさしたヘアスタイルに、黒縁メガネが一層地味な雰囲気を形作っている。身長は私と同じくらいかな?

「んじゃあ、さっそく出発しよ?」

「了解っ。いやー。今日は楽しみだなぁ」

前側に間宮さんと福岡くんが、後列に私と里田くんが並んで歩く。なるほど、確信した。間宮さんは福岡くん狙いだ。駅内は閑散としている。後ろ組の私たちは一言も会話しない。前と後ろでものすごい温度差が形成されている。私はただの数合わせに過ぎない。場を盛り上げる役割は承っていない。

「ねー志月さん?」

福岡くんは私の方に振り向いた。

「志月さんは何して遊びたい?」

「遊ぶ?」

「あれ?聞いてなかった?今日は遊園地に行く予定なんだぜ?何に乗ろうかな~って、間宮さんと盛り上がってたんだ」

「そぉ!ジェットコースターとかぁ、お化け屋敷もいいかなぁってね?」

遊園地が目的地だとは知らなかった。まあ、学生4人で遊ぶ場所って言ったらだいたいそこだろうが。そういうアミューズメントパークにはもう何年も行っていない。お父様が健在だった時は何度も遊びに行ったけど、それ以降は……。

「さぁね。私はなんでもいいよ」

「うっひゃぁ!さすが王子様!クールだねぇ!」

福岡くんがしたり顔で言い放つ。は?その呼び名って学園を越えて広がっているのか?極めて不愉快だ。

「おい里田。お前は?」

「僕?僕は……うーん。どうだろ?」

「おいおい!二人揃ってアイディア無しかよ!それでも遊び盛りの現役高校生か~?」

「そうだそうだー!ノリが悪いぞー!」

私は知らん顔してやり過ごす。片思いの人の前だからって、変なテンションになりやがって。その後、福岡くんと間宮さんはまた二人だけで話し始める。電車が来たので乗車する。遊園地は街外れにあるので、到着まで20分ほどかかる。はぁ、早く終わってくれないかな。家に帰りたいよ。


遊園地にやってきた。割と賑わっていて、カップルや親子連れ、私たちと同じぐらいの年代の子たち、いろんな人たちが遊んでいる。

「よっしゃ。どうする?みんなで周るか?」

「いや、ここは二手に分かれない?そっちの方がいろんな場所に行けるでしょ?」

「いいねぇ。じゃあ、間宮さんは俺と一緒ね?そっちはそっちでペアを組んでくれ。四時間くらい遊んだら、いったん中央の広場に集合にするか。んじゃあな!楽しくやれよ!」

福岡くんと間宮さんはすぐに人混みの中に紛れてしまった。楽しそうで何よりである。さて、問題は私たち余り者ペアである。どうするか?かなり気まずい空気が流れているが……。

「里田くん」

「え?ふぁい!」

彼は驚いて、素っ頓狂な声で反応する。この人は一体何に怯えているのだろうか?私の不機嫌なオーラが伝わってしまったのだろうか。

「どうする?何か行きたいところ、決まってるの?」

「いや~。どうでしょう。僕、あんまりこういうところ来たことなくて」

私もそうだ。あぁ、なんて不釣り合いなペアなんだろう。お互いに遊園地初心者だとは。

「……じゃあ、とりあえず何か食べる?ほら、あそこにアイスクリーム屋あるけど」

「そ、そうですね。そうしましょう」

私たちはお店でアイスを買って、近くのベンチに座る。私はチョコを、彼はバニラを買った。何一つ会話をせずに、一心不乱にアイスを舐めている。甘くて美味しいはずのデザートが不味く感じられる。ああ、変な汗が出て来た。何か話さないと……。

「里田くんは……男子校なんだっけ?近くの」

「う、うん」

「へぇ。ローリエ学園のことは知ってるの?」

「う、うん。噂には……」

沈黙――。

「そのアイス美味しい?」

「え?あ、うん。なかなか」

また、沈黙――。

「今日暖かいよね」

「そうですね」

また、また、沈黙――。

なんだ?この人はなんでこんなにも喋らないんだろう?なんだかイライラしてきたぞ。話を振っても『はい』とか『うん』しか言わない。会話が苦手とかそういう問題じゃない。まるでやる気が感じられない。何か違和感がする。こいつ、本当にデートに乗り気だったのか?はぁ。もう演技は止め。私らしく本音で行かせてもらう。

「ねぇ、里田くん?」

「え?あ、し、志月さん?」

私は座り直して、彼との距離を詰める。彼の顔を凝視する。里田くんは決して目を合わせようとしない。

「君……なんでデートに来たの?」

「なんでって……」

「はっきり言うけど、君ってそういう性格じゃないよね?初対面の私が言うのはおかしいかもしれないけどさ。何?別の理由があるの?」

彼はひどく驚いたようだ。私があまりにも詰問調に問いただしたので、面食らったのかもしれない。

「いや、あの……」

「ちゃんと喋ってよ」

彼は焦ったような素振りを見せた。頭を何度も掻いたり、拳を開いたり閉じたりした。

「福岡くんが……その……」

「福岡くん?あの金髪の子?」

「う、うん。人数合わせに来いって……」

私は思わず吹き出しそうになる。何だって?じゃあ、私たちはお互いに補欠要因だったってこと?

「……はぁ。そういうことか。どうも挙動不審だと思った」

「すみません……」

「別に。私も同じだからさ」

里田くんが人数合わせに過ぎないこと――それは私にとって好都合なことだった。最初からまともにデートするつもりはなかったのだが、それでも、相手にはちょっと悪いなと自責していたのだ。少なくとも相手は本気のデートだと思っているわけだし。だが、これで気分も晴れた。彼もデートを望んでいるわけじゃないのだ。なら、別に気を遣う必要はあるまい。

「里田くん。アイス早く食べなよ。溶けてきてる」

「え、ふぁいっ」

彼は大きく口を開けて、白い雪のような塊を頬張った。口の周りがクリームで汚れた。

「じゃあ……どこか遊びに行こうか。デートじゃなくて、ただのお遊びってことでね。だから、もっと気軽に行こう?」

「そ、そうですね」

「緊張解けた?」

「は、はい。ほっとしました。いつ話を切り出そうかと悩んでて……」

里田くんも同じことを考えていたらしい。腹ごしらえを終えると私たちは園内を歩き始めた。遊園地なんて久しぶりだし、せっかくだからいろんなところを巡ってみようかな?

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