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思い違い?

次の日、学園は大変な騒ぎになっていた。朝のホームルームで、担任の先生は粛々と何が起きたのか語り始めた。

「えー。昨日のことですが、この学園に泥棒が侵入しました。人数は二人。学園長室に忍び込み、ガラスを割るなど部屋中を荒らしまわったあげく、本を一冊を盗難したとのことです。警備員が来た時には既に犯人の姿はなく、状況を見る限り、窓から外に逃走したと推測されています」

クラスメイトたちは一斉に騒ぎ始める。私は何食わぬ顔で窓の外の景色を見ていた。今日は晴れ。いい天気だ。

「みなさん静かに!大事な話ですからよく聞いてください!」

先生がぴしゃりと一言。一同は静まり返る。

「……犯人はまだ捕まっておりません。この街に潜伏している可能性が高い、とのことです。ですので、登校もしくは下校時には、寄り道せず速やかに帰るようにしてください。しばらく部活動も停止です。また、もし怪しい人が学園の周囲をうろついている場合には、まず担任の先生に報告すること。勝手な行動は慎んでください」

この街に潜伏だって?犯人はこの教室にいるよ。先生の目の前にね。

「それと、この事件のことはあまり近所の人に話さないこと。マスコミが話しかけてきても無視すること。いいですね?事を大きくしてはいけませんよ?」

それはそうだろう。この学園の沽券に関わることだから。

「先生!家の人には話してもいいですか?」

「なるべく話さないでください!親でも兄弟でも誰にだって……なるべく内密にするのですよ?はい、この話はここまで。では日直、朝の号令を」

「はーい。起立、礼……」


あの滅茶苦茶な夜は私にとって忘れられないものになった。飼育小屋からの不法侵入、学園長室荒らし、そして窓からの決死の逃走……。アクション映画みたいだ。現実感が無い。でも、私といたちは目的を達成したのだった。お父様の不正選挙に関する議事録をゲットできた。だが、無事で済んだわけではなかった。私は骨折はしなかったものの、膝の出血、突き指、背中の打撲、頭からも出血……等々、それなりのダメージを負ってしまった。おかげで包帯と絆創膏まみれで登校せねばならず、クラスメイトに怪訝な目で見られてしまった。万が一尋ねられたら、『すっころんだ』って言い訳することに決めているが……騙せるかなぁ。議事録についてはまだページを開いていない。心の準備が出来ていないし、いたちも一緒に見てもらいたいからだ。彼女は私に協力してくれた功労者で、あのおっとりとした性格とねちっこい喋り方は苦手だけど、このことに関しては感謝している。いたちも真実を知る権利があるのだ。

「あの、その、志月さん?」

「ん?何?」

「次、移動教室だから……」

見回すとこの子と私以外はみんな教室から出て行ってしまったようだ。いけない。ボケっとしていた。

「……ごめん。ありがとう」

「あの志月さん。怪我……大丈夫?まだ痛むとか?」

「別に。ちょっとぼーっとしてただけ」

私は立ち上がると早歩きで教室から出て行った。


放課後になった。私は二階の廊下をいたちと並んで歩いていた。廊下には私たちの他には誰もいない。左手には半円形の窓があり、外の樹々が秋風に揺られて、床の上に光の泡を投げていた。樹々のざわめきに合わせて、光と影が踊っていた。

「……私のクラスの子がね、泣き出しちゃったのよ。怖がりの子がいるんだけどね、突然しくしくしだして……驚いたわ」

「へぇ。またどうして?」

「パニックみたいなものじゃない?自分が通っている学校でそんな恐ろしいことが起きた、私の身にも降りかかるかもーって思ったら、ショックを受けたんじゃないかしら?」

「馬鹿らしい。そんなことあるわけないよ、だって犯人は……」

「んふ♪”私たち”だものねぇ?」

私といたちは顔を合わせて笑った。こんな風に笑ったのは何年も無かった。自分でもどうしてこんなにおかしいのかわからなかった。これも……いたちのおかげなのだろうか?

「さぁて。あなたのお父さんの秘密もこれでいよいよ明らかになるわね」

「うん。今日、私の家に来てよ。いたちも一緒に見よう?」

「あら?いいのかしら?私が覗いちゃっても……」

「当然だよ。いたちは命を危険に晒してまでも手伝ってくれたんだから」

「ふふ♪朔良ちゃんったら、優しくなったわね」

「フン。そんなことないよ。私は普段通りの私で――」

その時、背後に良からぬ気配を感じた。私は振り向いた。

「誰だっ!?」

私の予感は正しかった。そこには一人の女子生徒が立っていた。小柄でブロンドのウェーブのかかったヘアスタイル、外国人らしいサファイアのような碧眼――光樹眞理衣が。腰に手を当てて、私の方をきつく睨んでいた。

「やっぱり……やっぱりあんただったのね!志月朔良!」

私はすぐさまマリーに襲い掛かろうとした。だが、ここは人が多すぎる。いつ誰がこちらにやってくるかはわからない。無理やり黙らせるのは不可能だった。状況は間違いなく最悪の方向へ進みつつあった。

「ママの部屋を荒らして、ガラスまで割って……許せない!この泥棒!何が王子様よ!薄汚い盗人じゃないの!あんたの化けの皮も剝がれたわね!」

「くっ!マリー……!」

「あんたらの自白は全部聞かせてもらったわよ!怪しいと思ってずっとつけていたのよ!ふふん!この前のお返しってわけ!禁固何年になるかしらね?不法侵入に破壊行為、何よりも学園の名誉に泥を塗ったのよ!志月朔良!この学園の華、マリー様があんたに地獄を見せてあげるわ!」

「だ、黙れよ!違う!違うんだ!」

「あはは♪今更凄んだってぜんぜーん怖くないわよ?だって、あんたの弱みはもう私のモノなんだからね!あんたが持っている写真みたいに、あたしだってあんたを脅せるってわけ!」

ああっ!バカ!その話をいたちの前でするな!話が余計にややこしいことになる!

「これまでの仕返しをうーーーーんっと、やってやるんだから!よくもマリー様に何度もいじめたわね!?あんたなんか、父親と同じように社会的に抹殺してやるわよ!」

こいつ!調子に乗りやがって!!

「朔良ちゃん?写真って何?マリー様と何かあったの?」

いたちはきょとんとした顔をしていた。ああもう!どうすればいいんだ?

「とりあえず、良くない状況なわけね。ねぇ、マリー様?ちょっといい?」

「へ?何?っていうか、そもそもあなた誰なの?」

いたちは何も恐れることなくマリーの方へ近づいていく。一体どうするつもりだ?

「マリー様。私、木更津いたちっていいます。朔良ちゃんの友達ね」

「はぁ?だからどうだっていうのよ?」

「ふふ♪話したのは初めてだし、一応は自己紹介くらいはさせてくれる?」

あのマイペース人間は一体何を考えているんだろう?今更自己紹介なんかして意味あるのか?そんな場合じゃないだろ。

「それでぇ、マリー様は一体何を聞いたの?」

「あんたらの自白よ!言ってたじゃない!”私たちが犯人”だって!」

「へぇ?何の犯人なのかしら?」

「だからっ!ママの部屋に不法侵入したことのよ!あんたたちがやったんでしょ!」

「ふぇ?そんなこと言ったかしら?」

「はぁあ!?ふざけないでよ!その前後の話だって聞いてたんだから!今朝の担任の話とか、クラスメイトが泣いたとか……」

「うん?それと不法侵入の話がどう繋がるのかしらぁん?」

「だ・か・らぁ~~~!!あーもう!腹が立つ!何度も言わせないでよ!あなたたちは昨晩の不法侵入の話をしていて、その犯人が自分たちだって言ったの!明白な自白をしたの!そんだけ!さっさと認めなさいよぉ~~!!」

マリーは息継ぎせずに一気にまくし立てる。半ば酸欠状態で顔が真っ赤だ。いたちの奴、マリーを翻弄してどうするつもりだ?

「あははっ♪マリー様ったら意外と早とちりさんなのねぇ?」

「ええ?」

「私たちが話していたのは……飼育小屋に出たネズミの話よ?」

「はぁあ!?何ソレ!」

「だからぁ、今朝ねぇ、飼育小屋でネズミが出てウサギが病気になっちゃったのよ。ほら、みんなで可愛がってたウサギだから、死んじゃったら悲しいなぁって。クラスの子もすっごく気に入ってたから思わず泣いちゃったの。担任の先生も深く悲しんでいたわ。ねぇ?朔良ちゃん?」

「え?ああ、うん」

「ウソよ!だって、そんな話はマリー聞いてないもん!」

「そりゃ、マリー様のクラスには関係ないものね?だったら当然でしょ?あー怖い怖い♪ネズミって不潔で恐ろしいわぁ♪」

「じゃ、じゃあ、あんたらが犯人っていうのは……」

「それが……ここだけの話よ?先週の当番って私たちだったんだけどぉ、うっかり掃除をするのを忘れたのよ~。やばいわぁ~。ネズミが出たのは私たちの責任なのよ~!あーん!私たちって捕まっちゃうの?教えてよ、マリー様ぁ?」

「あの、あ、えっと……」

一から十まで嘘だらけだ。よくもこんなにすらすらと虚言を吐けるものだ。

「でもでも!お父さんとか命の危険とか……」

「朔良ちゃんのお父さんってネズミが苦手なんだって。命の危険?そりゃあ、ウサギさんにとってはそうでしょうね。ふふ♪」

なんてこった。嘘で全て覆い隠してしまった。

「マリー様ぁ?これで満足した?学園長室に忍び込むなんて……うふふ♪妄想が過ぎるわよ?私たちができるわけないじゃない?だって、私たちはただの女子高生なんだから……ね?それに、マリー様だって実際にその場にいたわけじゃないんでしょう?証拠があるっていうのかしら?」

「それは、その……」

「……あなたと朔良ちゃんの間に何があったのかは知らないけど、ありもしない疑いをふっかけるのは学園の華に相応しくないんじゃないかしら?」

「ううっ!」

マリーは後ずさった。親の仇を見るような目で睨み、拳を震わせていた。悔しさと不甲斐なさで、今にも爆発してしまいそうだった。

「これでいいかしらぁ?ふふ。朔良ちゃん、行きましょ?」

「うん……」

私はいたちに連れられてその場から立ち去った。振り返ると、うつむいたマリーが一人、ぽつんと佇んでいるのが見えた……。

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