静かなる秋を迎えて
残酷な描写・百合描写ありなので、そういうのが苦手な人は要注意です。週一くらいのペースで投稿しようと思っています。
私はお気に入りの場所である中庭のベンチで本を読んでいた。枯草は渇いた葉擦れの音を立ててなびき、落葉は音も無くはらりと舞い落ちる。季節は秋――10月も後半になり涼しい風がアーチ状の門から漂ってくる。お昼休みだからだろうか、普段は閉まっている校舎へ繋がる門が開け放たれている。そろそろカーディガンを出さなければならないだろう……私は微かに身震いする。このローリエ学園にも秋がやってきた。悲しみと憂鬱の季節に私は思いを馳せる。じっと目を細めて中庭から青空に視線を移す。私の瞳には、水色の空の中に、ちぎれ雲が気だるそうに浮かんでいるのが見えた。気持ちがいいはずの晴れ日なのに、不思議と気分が憂愁な感じになってくる。肩に重い物でも乗っているようだ。とても本を読む気になどなれない。私は栞を挟んで本を閉じた。パタンと大型の本は音を立てる。
「……志月さん。隣いいですか」
「中野さん?どうぞ」
話しかけてきたのはクラスメイトの中野さんだった。おさげを結った大人しい子でクラスでも目立たないタイプである。私を慕っているようだが、顔と名前以外には特に何も知らない。
「凄いですね。そんな分厚い本を読んでいるんですか?難しいでしょう?」
中野さんは本の背表紙に手を置いて、その厚みを確認するように手の平で撫でる。意味の無いお世辞だ……本心にも思ってないことを言っている。
「別に。偶々興味が湧いただけだよ。私には何の意味の無い本だね」
私は突っぱねるように言う。中野さんはやや困ったような様子をしていた。
「そ、そうですね。だって志月さんは賢い人なんですもの。この前のテストでも学年トップだったし。こんな代物は不必要ですよね。そうですよね」
「もういいよ。一緒に教室まで行こうか。歴史だっけ?」
「あ、は、はいっ」
さっさと話を切り上げる。中野さんが考えていることは簡単にわかる。要は、私と何らかの接点が欲しいのだ。私と知り合いになれば学園で何かしらの立場向上に繋がると思い込んでる。そういう便利な”バッジ”を求めているのだ。なんて浅ましいんだろう。口には出さずとも、彼女を心底軽蔑した。
向こうの方から声がする。第2校舎の方だ。中庭に向かってくる。私はこの声の主をよく知っている。それはもう憎たらしいほどに知っているのだ。
「あはは!そうなのよ!全く、あいつったらすぐにあたしに謝罪したわ!情けなくね!」
数人の付き人を従えながら、小柄なお嬢様――光樹眞理衣が中央の立ち位置を占めていた。堂々とした態度で、きゃんきゃん甲高い声を上げながら談笑している。光樹さんは学園長の娘だ。立場的にはるかに強い存在であって、学園中の人間から媚びを売られている。生徒も教師も。あの間抜けそうな顔をした、従者気取りの馬鹿どももその仲間だ。
「マリー様の言う通りです!だって、あなたはこの学校の全権を掌握しているのですから」
「マリー様!もっと愉快な話をしてくださいませ!」
「一緒に御茶会しませんか?ぜひとも、ぜひともお願いします!ねえ、マリー様ったら!」
先導する自称”学園の花”は、周りから注がれる好意に横柄に対応し、ゲラゲラ笑いながら大股で中庭を突っ切っていく。一瞬、私とすれ違う。私は光樹さんを見なかった。光樹さんもあたかも私が存在しないかのように過ぎ去っていった。私と彼女は全く別の世界の人間だった。私は彼女のように、学校で威張り散らしたり、弱い者いじめをしたりしない。でも、それらは彼女の上辺の情報に過ぎない。私は光樹さん、いや、光樹親子がどういう人間か嫌と言うほどに知っているんだ。その本当の姿を。完全なる憎しみを持って……復讐のために。