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いのがでが

プロローグ


 黒い髪に黒い瞳、黒のブレザーに身を包んだ全身黒の男が草原にただ1人立っていた。

 草原は見晴らしがよく、緑色の大地が広がっていた。それだけに真っ黒の男の存在は目立っていた。そこだけがぽっかり穴が開いているようだった。

見た目からするに高校生のようだった。

雲一つなく晴れ晴れとした空でどこまでも青が広がっている。気分がよいと誰もが思う環境下だというのに、男の顔はなんとも憂鬱そうで溜息を吐き独り言を漏らす。

「草むしりでもすっかな」

 と男はだるそうな顔でガーデニングでもするかのようなことを言い出す。それにしてはだいぶ広範囲だった。どうやら男は暇を持て余しているようだった。

 男は腰に手を掛ける。腰には格好とは不釣り合いな物がぶら下げてあり、男は不釣り合いな物に手を掛けた。

そんな時だった。

「ロード! そちらにシュールベアーが向かいました!」

 と慌ただしい女の声が男の背にぶつかる。

その瞬間、草原の茂みの中から現れたとは思えないほどの生物が現れるのだった。顔はクマなのだが、首から下はだいぶ異なりがあった。ゆるキャラのような丸っこい手足、しかし腹はばっくりと開いていて臓物が露出されていた。

 だがそんな丸っこい手から急に鋭く長いかぎ爪が生まれ、背後から真っ黒な男に襲いかかる。

「ぐぎゃぁぁぁ!」

 と苦痛に歪む声、それと共に真っ青な空に血が舞い上がり腕が宙を舞う。だがその血の色は普通の赤色とは違い、草原と同じ緑色だった。そして宙を舞う腕は太く人間の太さではなかった。

 叫び声とは男のものではなかったのだ。それはクマのもので、緑色の血も、宙を舞う腕もクマのものだったのだ。

 真っ黒な男は鋭く色以上に黒く深い目をクマに向けていた。そして男の手には握られていた。腰に刺さしていた刀が。

 男はクマの半分ほどの大きさだというのに、クマの腕を斬り落としたのだった。それも背後からのほぼ不意打ちと言ってもいい攻撃を。

「流石です、ロード」

 とブロンドの髪の女は男を賞賛するが、男の癇に障ったのか褒め称える女にクマ同様の目を向ける。

「アイリス、テメェ・・・・・・飯獲ってくるんじゃなかったのかよ! なんだよこいつ! こんな内臓地面に引きずってるホルモンを俺に食ってのか! これでエイズになったらどうすんだよ! まだ使ってねぇんだぞ!」

 と男は女を怒鳴りつけるのだった。だいぶ着眼点が独創的だった。

 女は息を呑むと真剣な顔で言うのだった。

「ロード、えいずとはなんでしょうか」

「そんなこともしらねぇのかよ!」

 男は青空に向かって叫ぶのだった。顔を真っ赤にし。そして今ここに完成する、空の青、女の髪の黄色、男の赤い顔、信号機が完成するのだった。

 そんな時、またしてもクマが男に不意打ちで襲いかかるが、急にクマの腕は止まり、その代わりと言わんばかりに身体が俯せに倒れるのだった。その俯せに倒れるクマには唯一クマと認識できる頭が無くなっていた。

 頭は男の刀の上に乗っていて、よだれが垂れ目がグルグルと回っていた。男は刀を上に上げクマの頭を宙に放ると無慈悲にも一刀両断した。

「流石です、ロード」

 ギラギラと光る眼差しを女は男に向けるが、男は嫌そうに手でしっしと払う。

「そんなことより、飯はどうした」

「そ、それはですね・・・・・・・・・ロードも手伝ってくださいよ!」

「逆ギレかよ!」

 モジモジとした状態の女は急に声を張り上げ勢いで誤魔化そうとするが、男も負けじと間髪入れずに突っ込む。

「おまえホントダメダメだな。初めて会った頃は身の回りの事は私にお任せくださいって言ってたよな。そしていつしか交代制になって、終いには担当日じゃねぇのに手伝えだ? ナメてんのか!」

 男は説教を始めだし、女の有無を言わせず地ベタに正座させ茂みに顔まで埋まるのだった。

「おまえは俺に魔王を倒させるためにわざわざこっちの世界に呼んだんだよな。ようは魔王を倒すのが俺の仕事なんだよな。それなのになんでおまえの身の回りの世話を俺がしてんだよ」

「それは私が無能だからです!」

 女は真顔で胸を張る。男はその隠すことも恥じることのない様子に怒る気が削がれるのだった。ダメな所の肯定が清々しすぎだったのだ。

「はぁ、早く元の世界に帰りたい・・・・・・。春から美大生だったのに・・・・・・」

「ロード、いつもおっしゃりますが、何故そんなにビダイセイというのになりたいのですか?」

 その女がその美大生というワードに触れた瞬間、男の顔はにやついた。

「それはだな・・・・・・・・・女の裸が描けるからだ!」

「はだか・・・・・・ですか・・・・・・」

「そうだよ、裸だよ! 美大生は授業で裸を描くんだよ。俺みたいに女にモテなくて、そう言う店に行く勇気のないチキンのムッツリはそうでもしないと生の裸なんて見る機会がないんだよ」

 熱が急上昇していた男だったが話していて次第に落ち込みを身体が表し始め、いつのまにか地面に座り込みいじけたように土いじりし始めるのだった。

「ロ、ロード! そんなに落ち込まないでください! こっちに来てからのロードは女性にモテているではありませんか! 3日前だって女性に話かけられたではありませんか!」

 子供のようにいじける男を必死で元気づける女。

「ただ黒髪が珍しいだけだろ・・・・・・。あっちじゃ、1人を除いて女と喋ることさえなかったのに・・・・・・・・・モテるわけないだろ・・・・・・」

 俺、早乙女柊はこいつアイリスによって、この異世界に召喚された。それがほんの二週間前。俺は高校卒業し、春から美大でムッツリライフが待っているはずだったのに、何故か魔王を倒すために旅をしている。

 この世界は漫画とかゲームみたいに魔法があり、魔王を倒さないと帰れないとかいう、なんともベタな展開に追い込まれている。

 ホントだったら今頃美大で女の裸描いて、超超超超超運良く彼女なんかできて、その娘の裸を描いていたかもしれないのに・・・・・・。それなのに今ときたら・・・・・・、使えない魔法使いと魔王を倒す旅をしている。

 最悪だ・・・・・・・・・。

「はぁ、時間勿体ねぇ。さっさと魔王倒しに行くぞ」

「おお、ロードが元気になった。ああ、そうだロード。えいずとはなんですか?」

 ホントこいつと居ると疲れる。疑問に思うとなんでも解決するまで聞いてきやがる。知識欲やべぇよ。好奇心の猛獣が。

「あれだよ、子作りで親が死ぬかもしれない病気だよ」

「なんと! そちらの世界の子作りは命がけなんですね。通りでロードが強いわけです」

 そんなわけあるか。それに俺はどこにでも居る普通高校生だっての。

まあまた食い付かれても面倒だから言わないけど。

「ああ、早く美大生になりてぇ――――」

 空に手を翳した。薬指には指輪が通してあり、太陽の光が重なり光を拡散させるのだった。そしてその手の甲には刻印が刻まれていた。


1 夢の国は扉でした

 

私達が生まれるずっと前のこと、この世界フラワーガーデンは黒バラという魔王により滅ぼされかけていました。そんな時、偉大な4色の魔法使いが立ち上がりました。

それらには共通するものがありました。それは魔王と同じバラの名を持っていたのです。赤、白、黄、そして青バラの4人の偉大なる魔法使いは、黒バラを封印することに成功したのです。

世界には平和が戻り、誰もが浮かれていました。勿論、偉大な魔法使いも例外ではありません。しかしそんな中1人だけは、青バラだけは違いました。青バラの表情だけは晴れることなかったのです。

そんな青バラに誰もが疑問を抱きました。

そして青バラは言うのでした。これはほんの一時の平和に過ぎない、いずれ魔王が目を覚まし、今以上に世界は荒れると。

4人の中で最も偉大な青バラの言うことは誰もが信じました。それから4人の偉大な魔法使いのもと、その時に備え人材の育成に励みました。しかしそんな中、突如青バラは消えました。

それ以来、青バラのか行方を知る者は居ません。しかし青バラは最後にあることを言い残したそうです。

『黒バラが目覚めた時、1人の魔法使いが異世界から黒い者を召喚し世界を救う』

と青バラはその言葉を残し消息を絶ちました。

 そして悪い予言は的中したのです。それが今から半世紀ほど前ことです。黒バラが復活し、あの時以上に世界は荒れています。

 しかし世界を救う黒い者を呼び出すことのできる魔法使いは未だ現れていないのです。

「はい、よくまとまっていてとても分かりやすかったです。切りもいいですし、今日の授業はここまでとします」

 教壇に立つ、女性はぱたんっと電話帳のような年季の入った本を閉じ、外へ歩き出す。それを皮切りに席に座っている学生達はガヤガヤと話し出すのだった。

「ああ、そうでした。アイリス、あなたはまた成績が悪かったので、今日の放課後も残るようにと学年主任がおっしゃっていましたよ」

 その教師の言葉に周りはクスクスと笑い声を漏らす者や汚い物でも見るかのような者を生み出すのだった。

そのアイリスとう女生徒は窓側の端っこで1人で座っていた。髪の毛が目までかかり、他の生徒達と違い、小汚いローブを着ていた。そして小さく、自信なさげに言うのだった。

「はい・・・・・・」

 と淡泊に伝わる最低限度に。教師はそれを確認すると不憫そうな顔を一瞬すると教室を出るのだった。その途端、

「どんっ」

 と鈍い音がするのだった。

「あら、ごめんなさい、あまりにも汚いものだからてっきりゴミと思ってしまって」

 集団で固まっている1人の女生徒がアイリスの教材を窓から投げ捨てるのだった。集団はその状況にゲラゲラと笑い、その他も笑顔を繕うか知らん振りする者しかこの空間に居なく、アイリスを助けようとする者は居なかった。

 アイリスは微動だにせず、何も言わずに立ち上がると教材を拾いに行こうと歩き出す。しかしその無反応が癇に触ったのか、アイリスは足をかけられ抗うことできず顔から床に向かって倒れるのだった。

「なにこけてんの~」

「どんくさ~」

「てかさ、もう学校くんなよ。テメェー汚ねぇんだよ。成績悪い上に貧乏ときたら、こんなとこ来ても無駄だろ。身体でも売って金でも稼いでる方が賢いんじゃね」

 アイリスへの罵倒は容赦なく鋭く、同じ人間として扱われていなかった。

 だがアイリスは下唇を噛みぐっと耐えた。立ち上がると教材を拾うべく、何も言わずの歩き出すのだった。その後ろ姿にイジメの集団は鋭い目を向けていた。

 教室を出たアイリスの頬を一筋の雫が頬を伝った。そして小さく声を漏らすのだった。

「成績の悪い私が悪いんだ・・・・・・。お父さんとお母さんは悪くない・・・・・・」

 アイリスは強く拳を握り締めていた。

 アイリスが外に着き、自分の教材を拾い集めた時だった。

「ガシャンっ!」

 と大きく鈍い音と共に空から机が降ってくるのだった。それはアイリスの机だった。

 上からは笑い声が聞こえてきていた。そして、

「おしいね、もう少しで当たるとこだったのに」

 とすでにイジメの域を越えている言動だった。それなのにアイリスを見下ろし、人間を的当てかのように遊ぶのだった。当たればただでは済まないというのに。

 これに対しアイリスの中で込み上げてくるモノがあった。それがなんなのかアイリスは考えることをしなかった。どうでも良かったのだ、そんなこと。

ただ、あいつらを殺したい。それだけがアイリスの中にあったのだ。

 そんな時だった、アイリスが抱いたものが具現化される騒動が起きるのだった。

 アイリスの居る校庭に魔方陣が浮かび上がってきたのだ。誰かが描いているわけではなく、校庭が自分の意志を持っているかのように。

 その魔方陣を目にした生徒達は急に悲鳴を上げるのだった。アイリスをイジメ高笑いしていた生徒達も例外なく、顔が青ざめ恐怖に顔が歪み悲鳴を上げるのだった。

 アイリスは魔方陣を見た瞬間腰を抜かし、その場に座り込み身体を震わせているだけで動くことができなかった。

魔方陣はゆっくりと線を増やしていき、最後の線が引かれた途端、黒い霧が漏れ出すのだった。それは本当に真っ黒で、まるで闇が空間を侵蝕していくようだった。

 生徒達の悲鳴に教師達は校庭に出るが、すでに遅かった。すでに奴らはアイリス達の前に姿を現していたのだ。

ライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つキマイラが両手では数えられない数が現れたのだ。

誰もがキマイラに対し悲鳴を上げた。だがそれは逆効果だった。キマイラは声のする方へ向けて炎を吐き出したのだ。一瞬だった。人間が黒いタンパク質の塊となるのは。

校内はすでに焼け野原となり炎を触れた生徒は一瞬で焼け死んだ。それがアイリスをいじめたていた生徒だったことを理解するほどの余裕はアイリスにはなかった。

アイリスの目の前にはキマイラの大群がダラダラとよだれを垂らし、獰猛な野生を剥き出しにした目がアイリスに向けられていたのだから。

アイリスは動くことができなかった。腰が抜けたからとかではなく、本能的に動いた瞬間やられると感じていたからだった。しかしなんにせよ、この状況を打開できる者などいなかった。

教師陣もすでにキマイラの餌食となり、悲鳴や苦痛の声は無く肉をむさぼられる生々しい音だけが流れていた。

鋭い牙からは血を滴らせ、人間の手足が胴体から簡単に引き裂かれるものを目の当たりにし自分の未来を理解する。自分もすぐ肉塊になるのだと。

 アイリスは瞼をぎゅっと強く結び、胸の辺りで手を握った。

 お父さん、お母さんダメな娘でごめんなさい。成績は悪くて、家事も、農業もできず、いいとこのない娘でごめんなさい。そして・・・・・・先に死ぬことをお許しください。

 アイリスが目を開けた時だった。キマイラ大群は一斉にアイリスに飛び掛かってきた。

 アイリスの瞳からはほろり一粒の涙が零れ落ち、地面を打つのだった。

 その瞬間、

「ぐちゃっ」

と鈍い音がした。



黒いブレザーに身を包み左胸にはピンク色のコサージュを付けた男子生徒とセーラー服に身を包み男子同様にコサージュを付けた女生徒が入り混じり、昇降口でわいわいと何やら楽しげに話していた。

 看板には卒業式と書かれていて、この状況は卒業式が終わり、友人同士や恋人同士で想い出を振り返ったり、これから予定を話していた。

 そんな中、端っこで数人の男子が階段に腰を降ろし、地面に手を着き青い空を見上げていた。

「なあ、柊。おまえなんで、美大なんかに進学したんだよ。成績いいのに」

「あ? そんなの決まってんだろ、生の女の裸を見れるからだよ」

 真顔で躊躇う様子はなく言う黒い髪に黒い目の男、早乙女柊。その様子は最早誇りを持っているとさえ思えるほどだった。

「おまえって勉強できんのにバカだな。そんなことで美大行くとか、周りのヤツに殺されんぞ」

 呆れた顔で言う友人に対し、柊は溜息を付くと空へ向いていた顔は俯く。

「確かにそうだけどさ、俺みたいにモテない上に、そういう店に行く勇気もないムッツリはさ、こういう不純な手でも使わないと生で女の裸なんて見ることできねぇんだよ」

 柊の言葉に対し、友人は柊と同じように溜息を付き俯く。

「おまえ鈍いな、無自覚かよ」

「はぁ!? 何言ってんの? 鈍いってなんだよ?」

 柊の声は裏返ると同時に背筋がエビぞりとなる。

「高校生にもなって、女子とまともに話たことないんだぞ・・・・・・。だから俺は美術を猛勉強して、受かった時は胸が躍った。俺の人生はここから始まるんだよ」

 柊の顔は晴れ晴れとしていた。今までとは違う人生が待っていると期待に胸が膨らんでいた。

「柊に女子が話しかけない理由なんでか知らねぇのかよ?」

「はぁ、そんなの俺と関わりたくないからに決まってんだろ」

「だから、なんで関われないかって聞いてんだよ」

「知らないねぇよ。もういいだろ、そんなの。その話してっとモテない自分を実感して死にたくなる」

 友人は急に立ち上がると、数歩歩き振り向く。

「俺そろそろ行くわ」

「えっ、それなら俺も。てか、これからクラス会とか」

 友人は顔の前で手を大きく横に振った。

「クラス会はまた後日ってことになってるから。それと柊には先約があるだろ」

 そう言うと柊を残し足早に人混みに混じるのだった。取り残された柊は俯き溜息を付くと空を見上げ、また溜息を零した。

 とうとう、男からもハブかよ。空は青く、俺の心もブルーだ。ああ、この後どうしようか。帰るか・・・・・・。てか先約ってなんだ・・・・・・・・・。まあいいか、春から美大生だし。

 そんな時、柊を影が覆った。そして影は柊に向けて陽気な声で話し始める。

「柊、何1人で黄昏れてるの? それになんで目細めてんの? 目悪くなるよ」

「やることなく、友人にもハブられて、彼女も居ないモテない男は1人で居るのが当然だろ。それと目は逆光だから」

「ふ~ん、そっか。それなら」

 と言い影は柊の隣に腰を降ろしたのだった。影は女生徒だった。それも一目で分かるほど、容姿が美しく周りの生徒の目を集めるほどだった。

「なんで、そんな笑顔なんだよ」

「べっつに~」

 と言い女生徒は微笑むのだった。その笑顔は普通の男だったら勘違いしてしまうほどなのだが、柊の反応は素っ気なく、

「あっ、そっ」

 と言い空を見上げるのだった。

女生徒は柊の横顔をじっと眺めるのだった。そして若干頬を染めると一度唇を強く結び、二度頷き結びをほどく。

「ねぇ、この後暇なら一緒にどこか行こうよ」

「ん、ああ、いいけどさ。おまえはいいのかよ? 友達とか、おまえに告ろうと思ってる男少なくねぇんじゃねぇの?」

 その言葉は柊なりに気を遣ったつもりだったのだろうが、小さな親切大きなお世話なのだった。しかし女性とあまり話したとこのない柊はそんなこと知るよしもない。

「ううん、友達は今度クラス会とかあるし、告白の方はちょっと・・・・・・・・・苦手だし。だから、柊が一緒なら男近づいてこないでしょ」

「ああ、なるほど、男避けか。了解、ってか俺の役割昔から変わんねぇな」

 柊は溜息を付と立ち上がり伸びをし振り向く。

「それでどこ行くの?」

「いつもの」

「またかよ。まあ、やることもないしいいか。年パスもあるし」

 女生徒は柊に向かって真っ直ぐに手を伸ばす。角張が少なく、丸い女の手を。

「立たせて」

「はいはい」

 柊は女生徒の手を掴むと引き上げた。女生徒は頬を仄かに赤らめる。その顔はどこか幸せそうだった。しかし柊はそんなことに気づくわけもなく無表情だった。

「さてと、行きますか」

「うん」

 2人は横に並び歩き出した。その2人を温かい目で見守る者は少なくなかった。そして周りではこんな会話が進んでいた。

「あの2人上手くいくといいね」

「そうだね、でも柊鈍感だからな。それに俺はモテないとか言い出すし」

「そうなんだ。まあ綺麗な女の子が隣に居たら身退くよ。話しかけづらいって」

 女子は苦笑し、2人を見る。あきらかにお似合いに見える2人に溜息が漏れる。

「家近くて幼馴染みとか、エロゲーかよって感じだな」

「実際エロゲーなんじゃね? 柊マジ鈍感だし」

 それに対し全員が溜息を付き、柊の隣を歩く綺麗で頬を赤くしている女生徒を不憫に思う。

「まあ、がんばれ」

 応援するように全員が女生徒に対し温かい目を送るのだった。

 柊達は横に並び、他愛ない話をしながら歩いていた。

 いつものか、ということは夢の国か、日本を代表するテーマパーク。ネズミとか居る。

ガキの頃から腐るほど行ってんだよな。一時期は俺の横を歩くこいつと、日向向日葵と学校が終わっては毎日行ってたな。

 向日葵とは生まれる前からの付き合いだからな。俺の母親と向日葵の母親が同じ病室で、生まれた日も同じで、物心着く前から今まで一緒なんだよな。俺に唯一話しかけてくれる女なんだよな。ああ、友情ってすばらしい。

「ねぇ、柊、何拳握って涙流してんの?」

「ん、ああ、向日葵はいい奴だと思ってさ」

 それに対し向日葵はそっぽ向くと、

「今頃気づいたのかよ、バカ・・・・・・・・・」

 と恥ずかしそうに言うのだった。

「しかしなんでまた夢の国なんだよ。まあいいけどさ」

「ん、想い出の場所じゃん。子供の頃からよく2人で来たじゃん。こういう記念の日こそ行くべきじゃん」

「そうなのか? まあ確かに想い出はかなりあるよな。小学生の頃、年パス欲しいとせがんで、買って貰ったら毎日行ったけな。その年パス買った初日にテンション上がりすぎて、ネズミの着ぐるみに思いっ切り飛び付いて着ぐるみ取れて、汗だくのおっさんが顔を出したんだったよな」

「あれは柊が悪いんだよ、全面的に。あたしの純粋の子供心は立ち直るのにすごい時間かかったんだから」

 向日葵は頬を膨らませむくれる。その様子は綺麗な向日葵がやるとなんとも可愛らしかった。

「よく言うよ、次の日にはまた行っただろうが」

「あれ? そうだっけ?」

「そうだよ」

 2人は笑った。自然に楽しげで、2人の想い出を振り返り、共に歩んで来た長さを実感する。だが、2人は幼馴染みでしかなく柊もそう思っていた。向日葵を女とし見ては居なかったのだ。

 向日葵は綺麗だし、成績もいい、性格も優しく困ってる人が居たら助ける。こんな完璧過ぎる女が俺みたいな取り柄のない男の隣居るのはミラクルだよな。たぶん生まれた瞬間に運を使い果たしたから、女にモテないんだな。ん? そう言えば、

「なあ、向日葵はなんで美大に進学するんだ? 国立理系とか入れんのに」

 その質問に対し答えを渋り、向日葵は横目でチラリと柊を見て顔は赤さを増していく。

「それは・・・・・・それを言うなら柊もだよ! 成績いいのに、3年になった途端いきなり美大行くとか言って猛勉強し始めるし。柊こそなんで」

「そ、それは・・・・・・」

 言えるわけがない、女の裸が見たいからなんて、同じ美大生に。俺みたいなヤツ美大に居るわけない。美大生は裸なんて物にしか見えないらしい。そう考えるとマズイかもな。いきなり裸を見て俺が耐えられるわけない・・・・・・。やべぇ、マジどうしよう。って論点ずれてるな。

「まあ、なんか、美の世界に目覚めたんだよ」

「嘘ね」

 向日葵は間髪入れずにバッサリと柊の嘘を斬り捨てる。

「柊さ、あたし達どんだけ長い付き合いと思ってるの。嘘なんか一瞬で分かるよ」

「ぐっ、確かに・・・・・・。まあいいじゃん、理由なんて。また春からよろしくな」

「あー、はぐらかしたー」

「別にいいだろ、向日葵だってベクトル変えたんだし」

それに対し向日葵は言葉を詰まらせ、それ以上追求してこないことに柊は胸を撫で下ろした。

俺達はそれから、いつものように年パスで中に入った。受付の人はいつもの人で、最早パスを見せなくても入れるのだが、一応表に出した。そういう決まりなので。

それからはまあ、いつものように乗りたい物のファーストパスをとり、時間まで空いている乗り物に乗ったり、お土産なんかを見たり、お茶したりと、慣れきった夢の国を回る。

まあ、それなり楽しいな。てか、最近まで受験勉強してたから、あんま来てなかったんだよな。美術の勉強は普通の勉強と違って向き不向きあるし。まあ俺は普通だったからよかったよ。

それからは割と時間は早く過ぎた。パレード見て、8時半になり花火が上がった。

「そろそろ帰るか」

「最後にさ、お土産でも買っていこうよ」

「誰に買うんだよ? 歩いて十数分のとこに家あんだぞ、いつでもこれんじゃん」

 向日葵は言葉を詰まらせ、頬を紅く染めるとスカートの裾を掴みモジモジとしだす。柊はその動作の意味が分からず首を傾げるのだった。いつでも来ることができる距離に居るというのにわざわざこんな時間帯に誰に何を買う必要があるのかと。

「買い物したいなら今度でいいじゃん。買い物だけのために来ることもできるんだし」

 そう言うと柊は背を向けて歩き出そうとするが、足が上がることはなかった。その理由は柊の手を向日葵の小さい手が両手で包むように掴んでいたからだった。

 あきらかにいつもと違う様子の向日葵に柊は疑問を抱かずにはいられなかった。疑問を胸に柊は振り返ると、身体を小刻みに震わす向日葵が俯いていた。

 柊はその様子に目を見張った。一瞬そんな向日葵に目を奪われたが、すぐさま我に返り口を開いた。

「まあ、まだ時間もあるし、この後予定もないし、買い物もいいかもな」

 とそっぽを向き言う柊。向日葵は柊の声が聞こえた途端ぴくっと小さく反応を示し、最後まで聞くと顔を上げた。

 向日葵の顔を見た途端、柊は顔を紅くし頬をかくのだった。向日葵の顔には花でも咲いたかのようにぱっと晴れていて、嘘偽りのない欣喜の笑顔が咲き誇っていた。

 そして向日葵は柊の腕に自分の腕を絡めるのだった。

「な、なにしてんだよ!?」

「柊慌てちゃって~、可愛いですね~」

 と先ほどまでのことが嘘のように向日葵は元気で柊のことを茶化し始めるのだった。

「なんだよ、さっきまでの嘘かよ! 優しくして損したよ!」

 柊はいじけたようにそっぽを向く。だが向日葵は柊の腕に頬を擦らせ、小さく言葉を紡ぐ。

「嘘じゃないよ、柊があたしを元気にしてくれたんだよ・・・・・・」

 しおらしい向日葵に柊は溜息を付く。

「それで何買いに行くんだ」

 向日葵は柊の言葉で元気を取り戻すようにニッコリと笑い、腕を組んだまま柊の腕を引く。

「こっちこっち」

 柊は向日葵の元気な様子に唇が緩み温かい目で幼馴染みを見るのだった。

「向日葵はやっぱ元気な方がいいよな」

「ん、何か言った?」

「なんも」

 2人は変わらず腕を組み、向日葵は柊の腕を引くのだった。そんな向日葵を柊はどこか遠い目で見ていた。それは寂しげで、逃げるように空を見上げるのだった。

 空は人工的な灯りにより星は翳み、高層ビルは空を狭め、ただ黒だけの取り立て良い所のない空となっていた。その空に柊は感傷してしまっていた。自分と同じだと。

 これからも向日葵はキラキラと光り続けるだろうな。こんなくすんだ空の中にいても輝きを放つだろう。俺はずっと一緒に居るのにずっと翳みっぱなしだ。大学も一緒だが、向日葵はこれからも俺と一緒に居る気なのかな・・・・・・。

 なんていうか俺達対照的だよな。たまたま近く住んでたってだけでここまで来たけど・・・・・・、大学は違うだろうな。向日葵なら充実したキャンパスライフだろな。友達もいっぱいできて、人気者で、色々な男に声かけられて、そんな中の誰かと付き合って・・・・・・。

 俺の役目は終わりだろうな。こうやってここに来ることも2人で会うこともないだろうな。まあそれが普通なんだよな。たまたま近くに居ただけで、元々いる世界が違うんだよな。

 分かってはいるんだけど、なんか寂しいな。なんでだろう?

 女友達が少ないからか、一番長い友人だからか。

 まあこれまでがおかしかったんだよな、取り立て良い所がない俺が、こんな才能の塊みたいなヤツと、非の打ち所がない完璧と一緒に居たことが・・・・・・。

ああ、女とあんま話できなかったけど、思い返すと割と楽しかったな。これも向日葵のおかげだな。これからは、大学に入ったら頑張ろうかな。

「柊!」

「お、おお!? どうしたんだよ!?」

 柊が自分の世界から現実に戻ってくると鼻同士が触れそうなくらい近くに向日葵の顔があり、柊は顔を紅くし慌てると同時に声が裏返る。柊からしては不意打ちなのだろうが、向日葵は何度も柊のことを呼んでいたのに反応がなく、顔を近づけてようやく気がついた所だったのだ。

「もう! なんかぼうっとしちゃって、もっとさ・・・・・・・・・あたしと居られる時間大切にしてよ」

 向日葵は怒った口調で唇を尖らせていたが、急にスカートの裾を掴み目線を落とすとしおらしく言うのだった。そして、チラリと柊を一瞥するとまた目線を落とすのだった。

 柊は向日葵の最後の言葉に対し胸を痛めた。自分と違うのだとしか柊には聞こえなかった。分かってはいたが直接言われるのは酷く辛かった。

 柊は表情に感情が出ないように奥歯を噛み締め、いつもの自分を全力で繕った

「ごめんごめん、ちょっと、考え事をね」

「何考えてたの?」

「ん、えっと・・・・・・・・・就職先とか・・・・・・美大って就職先少なそうだし」

「ふ~ん、それで見つかったの?」

 向日葵は横目で柊を見る。その目は疑いが込められていたことを柊は一瞬で理解する。

向日葵はいつもと違う柊に気づき、柊は疑う向日葵に気づく。それほどまでに互いの事を理解していた。

 だから柊はその疑りを利用する。

「いや~、それが全然。だからちょっと落ち込んでました」

 と落ち込みを向日葵のことではなく就職のことで偽ったのだった。

「ふ~ん、そっか。あたしは一緒に国立行こうって言ったのに美大を選んだ柊が悪いんだよ」

 どうやら、向日葵は勘違いしてくれたようだ。しかしここで気を抜けばすぐに気づかれることを柊は知っていた。だから、兜の緒を締める。

「そうだな、まあ美大でやりたいこともあるし、自分の選択が間違ってないことを頑張って証明しますよ。それでさ、向日葵は就職とかは考えてんのか?」

 その質問に向日葵のリズミカルな口は静止し顔は急激に紅くなる。

 その反応に柊は二度首を縦に動かすと口を開く。

「そう言えば昔から言ってたっけな。お嫁さんだろ、いいんじゃね。俺は笑わないよ、笑うヤツはただ恥ずかしがりなだけだから、気にしなくていいんじゃね。それに結婚は大事だし」

 柊の言ったことは励ます言葉して十分な物だった。しかし向日葵の悩みはそこではないことを柊は知らなかった。向日葵の悩みとは・・・・・・・・・、

「あたしは・・・・・・」

「それでさ、何が欲しいんだ? ぼーっとしてた変わりにさ、俺がなんでも買ってやるよ。ああでも、俺のお財布考えてくれよ」

 柊は向日葵の言葉を遮るように言葉を重ねた。柊は逃げたのだった。向日葵の先の言葉を聞きたくなかったのだった。今のままで居るための最善のことだと考えていた。進展も後退もしない、今の友人として一緒に居るために。

 向日葵は一瞬寂しそうな顔で、

「あたしは」

 ともう一度言いかけてやめるのだった。そして、頭を横に何度か振った。何かを払いのけるように。そして、

「それじゃ、何買って貰おうかな~」

 といつものように笑う。柊もそれに対しいつものように自然な対応をするのだった。

「あんま高いもんはダメだぞ」

 2人はいつものような関係を繕おうと話を合わせ笑う。しかし互いに理解していた。ぎこちなく、柊は向日葵のことを向日葵は柊のことをいつも通りじゃないと。しかし2人は必死に隙間を埋めようといつも通り振る舞おうとする。

「いいじゃん、卒業記念ってことで奮発してよ」

「まあ、今の財布の限度越えない程度にな」

「りょうか~い」

「それでどこの店・・・・・・ってここか。懐かしいな」

「だよね~、まあ中入ろうよ」

 2人は中に入ると顔を見合わせ、いつものように自然と笑っていた。先ほどまでぎこちなさはなく、いつも通りの2人の形に戻ったのだった。

 中は雑貨屋となっていて、お香が焚かれていて独特な香りが漂っていた。

「ここ、小さい頃よく来たな。初めて来たのは迷子になった時だったな」

「そうだね~。小さかったよね~」

 向日葵はライオンのぬいぐるみを手に取ると、色褪せることない想い出を思い出し優しく微笑んだ。

「あの時、迷子になったとは思えないほど落ち着いてたよな」

「そうだね、1人じゃなかったからだと思うよ。柊が居てくれたからだよ」

 向日葵はぬいぐるみの手を動かし言う言葉は真っ直ぐで柊の平常心が乱れる。

「そ、そうか。それで何が欲しいんだ?」

「そだね、なんだろう」

「決めてないのかよ」

「柊が買ってくれるんだし、想い出になる物が欲しいんだ」

 先ほどと同様、向日葵の言葉に柊は一瞬言葉を詰まらせる。

 なんか、今日の向日葵いつもと違うな。なんか・・・・・・・・・って何考えようとしてんだ、俺! 落ち着け、いつも通りだいつも通り。

 そんな俺の精神が不安定で目が忙しなく動き回った。だがある一点の物を目にした時、自然と目が止まり釘付けになった。そして、瞬きを忘れ見開かれた目でそれに向かってゆっくりと歩くのだった。

この時の俺はただその一転しか見えず、音はミュートされたように外の音をカットしていた。

「これって・・・・・・」

「どうしたの?」

 柊が手に取った物を見た瞬間、向日葵の顔は色っぽく紅くなり唇に手を当て、柊と柊の手の物を何度も目が往復した。

 柊が手にしていた物は小箱に入った2つの指輪、シルバーのペアリングだった。

 なんでこんな物を手に取ったのか分からなかった。こんな物を取ったら誤解されかねない。だからすぐに戻そうと思った。しかし手が動かなかった。まるで指輪が買えとでも言っているようだった。今なら冗談で済む、だから置け、元ある場所に戻せ。

 だが指輪は戻されることはなかった。

 指輪から出る摩訶不思議な力に抗い置こうとした時、止める者があった。

 箱の底を手で支えている手。自然と手を辿る。その先に待つ者は向日葵だった。

 真っ赤に染まった頬。恥ずかしそうにしてるのにどこか嬉しそうで、指を唇に当て横目でチラリと俺を見ている。この時、いつも思わないことを思ってしまった。しかし自分の中でその考えを食い潰した。恐かった、認めたら戻れなくなると思った。

 だって、可愛いとか思っちまった。もし向日葵のこと、好きにでもなったら俺達の関係は終わる。フラれてぎくしゃくして、今までの積み上げてきたものや想い出がゴミになる。だから自分の闇で食い潰す。

「いや~ごめんごめん、ちょっとしたジョークで」

「・・・・・・・・・いい」

「えっ」

 聞き取れなかった。真っ赤な顔で小さな唇はあまり開かず、向日葵は居るだけみたいだった。

その唇を見た瞬間、身体が熱くなりすぐさま顔を逸らすが、その先には指輪が待っていて逃げ場が見失う。いつもみたいに上でも、天井でも見てればいいのに、心にも頭にも余裕が無かった。それだけ切羽詰まっていた。

「柊、これがいい」

「えっ、今なんて」

 聞こえていた。何を言ったかも頭は理解していた。しかし何故だろう、聞き返してしまっていた。もう一度言ってほしかったのか、指輪が欲しいと。

「記念にこれ買って」

 なんの記念だよ、卒業記念だよな。卒業記念にペアリングって、勘違いしちまうぞ、抑えられなくなっちまうぞ。恋愛経験ゼロで、女との関わりがほぼゼロの俺に女の考えることは理解の範疇を超えている。でもこれはきっと深い意味はないんだ。理由は全く想像できんがきっと深い意味はない。だから、落ち着け、焦るな。いつも通りじゃ居られなくなる。

 そして拒め、これだけは買っちゃマズイ品だ。後々引きずる。

「これね、了解」

 って何言ってんの俺! 真逆のこと言っちゃってる! 今ならまだ間に合う、だから、

「会計してくるわ」

 言えなかった。だってあんなの言えるわけない。だって・・・・・・なんであんな嬉しそうなんだよ。断れねぇよ、可憐すぎんだろ。

 ああもうどうでもいいや。考えるのダルい、思考の限界。もういいや。ここは賢者モードだ。

 俺はこの指輪に何故目が止まったのか分からなかった。この時はたまたまだったと思った。しかしこれは必然なのだった。

これが全ての始まりだった。これが俺の世界を、全てを大きく変えることとなる。

この時ならまだ戻ることができた。向日葵の嬉しそうな顔なんか気にせず、自分の考えを通すべきだった。そうすれば、俺は・・・・・・・・・・・・。

だがこの時は満たされてしまった。今の向日葵は今までで見たことないくらい幸せそうだったから、他のことは何も頭には入ってこなかった。

「会計お願いします」

「はい、承ります」

この時の店員さんも今思えばなんか他の人とは違った。真っ白な肌に青い瞳、綺麗な女性なんだが、なんか独特な雰囲気を持っていた。口では説明できないが、なんか普通じゃなかった。

それにこの時不思議なことを言っていた。

「とうとうこれを手にする者が現れましたか」

「えっ」

「ああ、いえ何でもありません。ですがこれだけは、覚えておいてください」

 店員さんは向日葵を見て微笑むと俺に目を移し一瞬儚げな顔をしたのだった。だがすぐさま微笑み口を開くのだった。

「これを自分の大切な人に渡してください。そして絶対に指から外さないようにしてください。そうすればきっとあなた方の心は離れることはありません。どんない遠くに行ってもその人のもとへ帰ってくることができます」

「えっと・・・・・・、それはどういう」

「いえ、店員の戯れ言です。ですが、心の片隅に止めておいてください」

「は、はぁ~」

 この時言ったことを俺は流したが、頭には焼き印されたように刻まれた。

 店に出るなり柊は向日葵に買った品を渡した。

「ほら向日葵。でもこんなんで本当によかったのか? インチとか計ってねぇのに」

 向日葵は大事そうに胸に抱き込む姿に柊の口元は緩んだ。

「そんなに嬉しいのかよ」

「嬉しいよ・・・・・・・・・。柊が買ってくれたんだもん・・・・・・」

「そ、そんなに喜んでるくれるなら、買った甲斐あるな」

 柊は逃げたのだった。踏み込むことができず現状を保つことを考え。

 向日葵はその言葉に対し切なげだった。しかし指輪を薬指に通し笑った。

「ピッタリだよ!」

「そっか、よかったなって何してんの!?」

 柊の慌てる様子に関わらず、向日葵は柊の手を取るともう1つの指輪を柊の薬指に通すのだった。

「ペアリングなんだから、誰かと一緒に付けなきゃ」

「そ、そんなの俺じゃなくて」

「ふふっ、ピッタリだね、柊も。あたしと柊のためにあるみたい」

 向日葵同様に柊の指にもピッタリとはまる指輪。まるで指輪が2人の指に合わせて大きさを変えたかのように。

 柊の頭の中はその不自然な現象よりも向日葵が何故自分に指輪を通したのか疑問だった。

 心拍は加速し、顔はバチバチと痛痒く、呼吸は乱れていた。

 勘違いだ、深い意味なんてない、ただ一緒に付けるヤツが居ないだけだ。誰でもいいんだ。もしくはお礼なのかもしれない。買って貰ったお礼にくれたのかも。

 だから深く考えるな、追求するな、抑えろ。好奇心という魔物を。

「ねぇ、柊、さっき綺麗な店員さんとさ、何話してたの?」

 なんか綺麗を強調してるな。おまえの方が綺麗だとか言った方がいいのか。でもそんな意味ありげなこと言えるわけない。

 この時、こんなこと言うつもりはなかった。店員さんが言ったことをなんて。

 でも何故か口にしていた。何か人間の理解の及ばない力に動かされるように。

「これを自分の大切な人に渡してください。そして絶対に指から外さないようにしてください。そうすればきっとあなた方の心は離れることはありません。どんない遠くに行ってもその人のもとへ帰ってくることができます」

 俺は一字一句違えることなく言っていた。こんなことを言った自分にも驚いたが、それ以上にここまでハッキリ覚えていたことに驚いた。記憶力はいい方だが、たった1回聞いたことを覚えようとして聞いていたわけではないのに。店員が乗り移ったみたいだった。

「そっか大切な人か・・・・・・・・・離れないか・・・・・・」

「向日葵・・・・・・」

 自分の指にはめている指輪を大事そうにさわり顔を上げる。そこには満開の花が咲いていたような感じがした。

「一生大事にするから。何があっても絶対に外さないから。・・・・・・だから柊も」

 ああ、マズイよそれ。嬉しそうなのに不安そうに俺の顔を伺って。魔性だよ、断れねぇよ。

「た、大切にするよ、ひ、向日葵がくれたんだし」

 何言ってんだろ、意味なんてないのに。でも嬉しかったのかな。向日葵と同じ物を持っていることが。こんな指輪、向日葵が結婚したら邪魔でしかないのに。まあ、いいや、今は・・・・・・。

 これがあればこれからも頑張っていける気がする。今までありがとう向日葵。

 そんなことを考えている時だった。俺の頭に引っかかる物があった。それがあの店員だった。どこかで見たことがある。さっきは気づかなかったけど、ずっと昔に1度だけ・・・・・・どこでだ?

 真っ白な肌に青い瞳・・・・・・・・・・・・。

「柊?」

 この時向日葵が俺のことを呼んだようだったが、俺には届いていなかった。外の音が全く入ってこなくなっていた。音に制限をかけているようだった。そんなどうでもいいといつもは流すことに俺は全力で思考を巡らせていた。

 そして記憶の扉に行き着いた。開いた先に待っているものは小さい俺と向日葵、十年以上前だ。今指輪を買った店で、店内の物を見るのに飽きた時だ。急に心細くなって、向日葵が泣きそうになった時だ。そんな時、あの人は現れた。

 今と全く変わらない姿だった。真っ白な肌に青い瞳、大人で綺麗で、俺達に声を掛けてきた。

 すぐに俺達の分かる所まで連れてってくれた。そして最後に俺に言った言葉・・・・・・。

『早く大人になってね、全てを守れるように。あなたに救いを求めている人が沢山居るから・・・・・・・・・。世界を救って』

 なんで忘れていたんだ、こんなこと簡単に忘れられることじゃない。それにどういう意味なんだ。普通なら流す、何言ってんだって、ばかばかしく思う。なのになんでこんなに・・・・・・。

「柊!」

「お、おお、どうした!?」

「どうしたじゃないよ! なんか思い詰めた顔してたよ! それに話しかけても全然反応ないし、なんか・・・・・・・・・柊らしくないよ」

 心配されてる。顔に出てる、全く隠せてない。こんな向日葵を見るのはすごく久しぶりだ。

 俺はこんな向日葵を見たくなかった。向日葵にはいつも笑っていてほしかった。こんなの向日葵には似合わない。

 なんでだろう、手が伸びる。こうした方がいいと思ったのかな。気づいた時、向日葵の頭を撫でていた。

「ごめんな、ちょっとさ、昔のことを・・・・・・ここに初めて来て、その後のことを思い出してたんだ。あの時助けてくれた人がさっきの店員さんに似てるなって思ってさ」

「ホント・・・・・・・・・、なにか悩みとかがあるんじゃなくて・・・・・・」

 弱々しい目。本当に心配してくれてる。いつも通り笑ってほしい。俺のことなんか心配してくれなくていい。向日葵のような女が俺のためにそんなことしなくていい。だから、笑った。

「ホントだよ、ちょっと昔過ぎたから思い出すのに時間がかかっただけ。それに俺が集中すると周りの音が聞こえなくなるの知ってるだろ。・・・・・・ずっと一緒に居るのんだし」

 嘘はついてない。向日葵なら分かるだろ、それだけ同じ時間を過ごしてきたんだから。

「うん・・・・・・・・・でも、あんまり心配させないでよ」

「ごめん」

 まあなんとかなった。さて、それでは店員を・・・・・・・・・、すでに店は閉まっていた。まあいいか、明日にでも来ればいいし、とこの時は割り切った。しかし今後この店には来ることはなかった。

「さて、そろそろ帰ろうか」

「・・・・・・うん」

 夜は深まりそろそろ閉園時間だ。だが俺はここからが始まりだった。

いつものように2人で並んで歩いた。少し伸ばせば互いの手が触れるくらい近く。

 そんな時だった、俺の目に飛び込んできた。あの人が、真っ白な肌の青い瞳の女が。

女との距離は遠いのにハッキリと分かるほどで、目があった。何故だかその瞬間、追わないとっと思った。それはまるで女が俺を誘導しているようだった。

「向日葵、ワリイんだけどさ、俺ちょっと急用できた」

「ちょ、何言ってるの!?」

 走り去ろうとする俺腕を掴む向日葵。弱々しく震えていて簡単に振り払うことができる。でもそんなことしなかった。俺の瞳は互いの薬指で光る指輪に目が止まった。

「大丈夫だよ、俺達は離れることないから。その指輪してる限り大丈夫だから」

「・・・・・・・・・ホント?」

 今にも泣き出しそうだった。たぶんこの時、向日葵は自然と予期してたのかもしれない。俺が居なくなると。

「ああ、ホントだよ。これにはそういう力があるらしいし。それに今までだってずっと一緒居ることができたんだ、これからだってそれは変わらないさ」

 向日葵は手を離し、弱々しく簡単に壊れてしまいそうな顔で笑った。

「うん、分かった。でも次会ったらあたしから柊に言いたいことあるから」

「ああ、分かったよ。ちゃんと聞くから。それじゃ、またな」

 向日葵は笑顔で送ってくれた。これがこの世界で見た向日葵の最後だった。俺はこの世界から存在が消えてしまうことを薄々感じていたのかもしれない。

 全力で走った、だが全く距離が縮まらない。そして女は曲がり角に入り、俺は数秒のタイムラグで角に入った。その瞬間、青い光に包まれた。

 自然と瞼は光りを遮ろうと下がる。そんな中光の先にあの女が居た。そして何か言っているのか、俺を見て口を動かしていた。そして何故か申し訳なさそうな顔をしていた。

 そこで俺は青い光と共に身体が霧にでもなるかのように分解され始め、消えた。

「頑張って、あなたならきっと世界を変えることができる・・・・・・・・・」

 女は手を合わせ、目を瞑ったのだった。



「助けて! 誰でもいいから助けてください!」

 アイリスは叫んだ、死にたくなかった。一粒の雫が、地面を打つ。その瞬間、

「ぐちゃっ」

 と鈍い音がした。しかしアイリスには音だけで衝撃はなく、恐る恐る目を開けると、そこには黒い服に身を包み、黒い瞳に黒い髪の男がキマイラの上に立っていた。それも踏み抜いたかのようにキマイラは地面にめり込みぐちゃぐちゃに潰れ、生命活動は停止していた。

「あれ、ここってどこだ? 新しいアトラクションか? てか、なんで太陽出てんの? 夜じゃなかったけ・・・・・・」

 男は首を傾げると、周りを見渡し、キマイラを無視してアイリスに目を止める。そしてアイリスに向かって、真っ直ぐに手を伸ばすのだった。アイリスは身体を小刻みに震わせ恐さから目を閉じてしまう。

「おい、早く俺の手掴めよ、女の子がスカートで地ベタに座ってっとパンツ汚くなんぞ」

 その言葉はアイリスが想像もしない、こんな状況だというのに平和ボケでもしたような言葉だった。

 アイリスが瞼を上げるとそこには微笑む男の顔があった。優しく笑う同年代の男、アイリスは同年代の人間から優しくされたことがなく、自然と手を取っていた。

 アイリスは体重がないかのように男に引き上げられた。

「まあ、色々聞きたい言葉あんだけどさ、あの生き物何?」

「きき、キマイラです」

 アイリスは男に抱かれ顔を真っ赤にし答える。

「ふ~ん、そっか。世界を救ってか・・・・・・・・・、二度目だな。まあ、意味は分からんがこの状況をなんとかしないとな。おい、おまえ名前は」

「あ、アイリスです」

「アイリス、いい名前じゃん。信じる者の幸福、あなたを大切にします・・・・・・。名付け親に感謝しろよ」

 男はアイリスを背に置くと鋭い目で群れている数体のキマイラを睨みつけた。

「さて、どうしたもんかね、ファンタジーってあんま知らないんだよね。でも見えるんだよね、未来がさ」

 男は圧倒的に不利な状況で口元が緩むのだった。そして意味深な言葉を零すのだった。

「あ、あの! 私も」

「いい、俺一人で十分だ、アイリスはそこに居ろ」

「ひゃいっ」

 アイリスは自分の名前を同年代の人間に言われ声が裏返る。今まで名前すら呼ばれたことなかったのだ。

 アイリスは見知らぬ男の背に何故か安心感を覚えた。自然と強張った顔は緩み、無駄に力が入っていた身体は力が抜け自然体となる。そして声も。

「あ、あの、あなた名前は」

 男は振り向くとニッコリ笑った。

「柊、早乙女柊」

「柊・・・・・・」

 柊はキマイラの群れに飛び込んでいくのだった。

 そんな柊の左手の甲には刻印が刻まれていた。

それと全く同じ物がもう一つあった。それは、アイリスが零した涙だった。

涙は弾け、魔方陣を形成していた。それが意図的なのかどうかは知る者は居なかった。

だがここに伝説が始まるのだった。

『黒バラが目覚めた時、1人の魔法使いが異世界から黒い者を召喚し世界を救う』

 それが柊とアイリスなのか、知る者はいない。


2 人間の価値


 俺が、早乙女柊がこっちに来てから、一週間経った。なんか色々面倒なことが起こった。キマイラとかいうバケモノから守ったってのに独房に閉じ込められた。独房なのにアイリスと一緒にだ。これって独房じゃねぇじゃん。楽園じゃね? 密室で女の子と2人っきりって思春期の男としてはヤバいんだが・・・・・・。

まあでも、なんか知らねぇがアイリスはここ一週間ずっと眠っていて目を覚まさない。だからと言って女の子との寝込みを襲うなんてことはしない。てか、そんな勇気ないし。

 ああ、暇だ、空も見えないし。一日三食の栄養の整った飯を食って、あとはやることない。飯だけが楽しみの寂しい毎日・・・・・・・・・。

 一週間か・・・・・・・・・向日葵とか心配してるかな。クラス会どうなったんだろ。

 こっちに飛ばされてすぐの頃、スマホ見たけど電波なく圏外さえ表示されず、時計さえ横線なっていて、ここがどこなのか全く分からない。

 世界を救えってなんだよ、このままじゃここで、真っ白なおじいちゃんになっちまうぞ。俺がこんな檻で年取ったら世界が救われるのか。俺一人で世界が、まあ安い代償なんじゃねぇの。

 俺としては理不尽だけど。まあ、檻に居るだけで世界が救われるなら、政治家はいらなくなるよな。それは国民の税金がもっと他のことに使われていい世界になるな。

ああ、でも、政治家居ないとそういう指示出すヤツ居なくなるな。政治家って、ただの高学歴で、表だけ国の未来のためとか言って、裏で何やってるか分からない連中だけど、まあちょっとは必要だな。

 そんな時だった、

「んんっ、あれ、ここどこですか?」

 とアイリスが目を覚ましたのだった。目は前髪で隠れていて、開いているかどうか確認できないが、身体を起こしたことにより起きたと認識できた。

「おはよ」

 柊が声を掛けた途端、おっとりと寝起きという様子は吹き飛び、アイリスは壁の限界まで勢いよく下がるのだった。

「そんなに離れられると、傷つくな」

 柊は頬をかき苦笑する。

「大丈夫だよ、俺は君になにもしないから。もしするなら寝てる時にするだろ」

 アイリスはその言葉に対し頭を横に振った。その時、長く遮っていた前髪から青い瞳が一瞬覗かせた。

「ち、ちが、違うんです・・・・・・・・・私・・・・・・父以外の男の人と話したことなくて・・・・・・」

「ああ、そういうこと。俺と殆ど一緒じゃん。俺も1人の女以外は話したことなかったな」

「えっ」

「何驚いた顔してんだよ、前髪で目見えないから分かんないけどさ。男と女が話すのが少ないなんて当たり前のことだろ、思春期なら当然だよ」

 柊は微笑むとアイリスに近寄り隣に腰を降ろした。アイリスはぐっと限界まで身体を小さくする様子に柊は自分がダブって見えた。

「自分に自信ないんだろ。俺にもその気持ち分かるよ」

「えっ! そんなの嘘です! だって柊様はキマイラをいとも簡単に倒したじゃありませんか」

「ぷっ、柊様ってなんだよ!? 俺そんな偉くないぞ、ただの学生だし」

 柊は笑みを零した。

「ガクセイ?」

「そう学んで生きるって書くんだ。まあそんなことはいいよ、今は。あのバケモノを倒すと自信がつくのか? 人間の自信ってのは殺した数で決まるのか? もしそうなら悲しいな」

 柊は薬指の指は見た。アイリスはそんな寂しそうな柊の横顔を見て唇が震えた。

「こっちの事情なんて俺は知らないし、てか何も分かってない。ここがどこで、なんであんな生き物が居て、人が木炭みたく黒焦げになっているのか。だからとやかく言う筋合いはない」

 柊は左腕を伸ばすと手を広げた。薬指の指輪はこんな暗い檻の中で光を放っていた。

「だから、俺は独り言を言うよ。俺にはさ、生まれる前からの付き合いの女の子がいたんだ。ただ病室が、家が近いってだけでさ、その娘とはずっと一緒だった。でもその娘は俺なんかとは全く違うんだよ。綺麗で勉強もできて明るくて誰からも人気があって理想を詰め込んだような女だった。片や俺は至って普通で、顔も良くないし勉強はそれなりで、友達はいたけど、女とはその娘以外話したことなかった」

 独り言にアイリスは何か答えようとしたが、柊は独り言を続けた。

「それでいつも思うんだ。俺はこの娘の隣にいつまで居れるんだろうって。俺みたいななんの取り柄もないヤツがいつまで・・・・・・。いずれそいつに男ができたら俺は一緒に居られない・・・・・・、だからと言って俺がそうなりたいとかは考えたことなかった・・・・・・。でも、一緒に居ると楽しくって・・・・・・だから一緒に居たかった。でも自分は普通で差を感じていつも押し潰されそうだった。これを踏まえて俺は自信がない、証明終了」

 柊は傷口を広げるようなことを言ったというのに笑っていた。

「・・・・・・なさ、ごめん・・・・・・なさい・・・ごめんな・・・・・・さい・・・・・・」

 アイリスは弱々しい声で何度も何度も柊に謝るのだった。柊はアイリスの頭を撫でた。

「なに謝ってんの? 独り言なのに」

 と柊はアイリスに非が無いことを表すのだった。

 それからはだいぶ打ち解け、色々なことを聞いた。まずはここについて。

 ここはフラワーガーデンと言う世界らしい。そしてバラの話を聞き、俺が異世界から召喚された魔王とかいう中二全開のヤツを倒さなくてはならないらしい。まあ、あの店員さんの謎が少し解消された。しかしあの店員さんいったい・・・・・・。

 それからはだいぶどうでもいい話をした。こんな話をしていて、俺って意外と女の子と話せるんだと、感動していた。

「アイリスさ、前髪邪魔じゃねぇの?」

「私、ブスですので・・・・・・」

「俺もブスだけど、前髪そんな長くないぞ。大事なのはバランスなんだよ。実はたいして綺麗じゃない女も化粧で変わるんだぞ。まあ化けるって書くくらいだし。だから俺が髪切ってやるよって女の髪を俺みたいなのが切るのはマズイかな」

 柊は苦笑した。だがこれは柊なりに気を遣ったのだ。

「柊様はお優しいのですね。それに柊様はとても綺麗な顔をしていると私は思います」

 アイリスは前髪を片方に流し、顔の全容を露わにすると柊に初めて顔全体から生み出される笑顔を見せるのだった。

 柊はアイリスに見入っていた。そして無意識に口にしていた。

「かわいい・・・・・・」

「えっ」

 アイリスの疑問の声に柊は我に返り、口元に手を当て頬を染める。

「柊様・・・・・・」

 柊を覗き込む青い瞳は深い海のようで柊の黒い瞳は吸い込まれていく。

「アイリスさ、滅茶苦茶可愛いよ。テレビとかに出れるよ」

 柊はまたして気づいた時に思っていたことを口にしてしまっていた。自分らしくないと思いながらも、もういいやなどと投げやりになっていた。

 しかしこんなことをいきなり言われ男に免疫の無いアイリスが、柊同様に割り切れるのかが問題だった。

「あの・・・・・・柊様・・・・・・・・・てれびとはなんですか?」

 と変な所に食い付くアイリス。柊はその質問に頭がくらってとするが、ここが地球じゃないことを思い出し踏みとどまるのだった。

「こっちにはテレビ無いのか・・・・・・。なんて言うんだろ・・・・・・こんくらいの箱の中でボタンを押すと色々な物が映りだされて見ることができるんだよ。まあ娯楽だな」

 柊は手振り身振りで説明し思う。自分達が当たり前のように使っている物の説明は難しいと。

「なるほど、そんなものが・・・・・・・・・・・・・・・それで私がでれるとは・・・・・・・・・」

 流されたと思ったものが急に浮上してきて、柊はむせる。答えを適当に濁そうかと思ったがアイリスに目を向けたとき、真っ赤に恥じらう様子のアイリスが柊の胸を撃ち抜いた。

「い、いい意味だよ、さっき言ったように・・・・・・・・・可愛いから・・・・・・。ああ恥ずかしい! こんなこと向日葵にもあんま言ったことないのに!!! 顔から火が出る!!!!!」

「柊様は顔から火が出るのですか!!!」

「出ねぇよ! 例えだよ!」

 話は毎回断線していた。その原因が2つの世界の差にあった。アイリスは疑問に思うとそっちのけで、柊の恥ずかしさを耐えて言ったのをむげにするのだった。

 そんな時だった、足音が2人に近づいて来た。

「出ろ、これからおまえらには王にあってもらう」

 と下っ端の兵隊のお出迎えで俺達は一週間ぶりに外に出た。手には手錠をし紐で俺とアイリスをつなぎ下っ端に引っ張られ歩く。まるで罪人のような扱いだ。しかしなんで王様に会うんだ。まあ、いいや。殺されそうになったらあの時みたいに力使えば。

「アイリス、黙って聞け」

 と小声で前を歩くアイリスに声かける。こういう時普通何人かで俺達を移動させるはずだというのに今は、この前しか見てない下っ端だけ、バレるわけがない。

「もし殺されそうになったら俺にしがみつけ。腕を首に通せ、そしたら俺が助けてやる」

 言い終え離れるとアイリスは振り向いた。紅く染まった頬、今にも零れ落ちそうな潤んだ瞳、そんな中からでも嬉しそうにしている顔。俺の目がおかしいのか? なんでこんな顔するんだ。

 それから俺達はずっと登り続けた。どうやら地下に幽閉されていたらしい。そして急に豪華な内装に。どうやら王に会う、ここはどうやら王宮のようだ。

 危ないと思ってるなら、王宮の地下に俺達を幽閉しないと思うんだが・・・・・・。脱獄されたら王様の命危なくね・・・・・・。さてと、ここの親玉はバカの無能か、それとも頭のキレる曲者か。

 まあどちらにせよ、俺達の命を脅かすなら、ただじゃ済まさないけど。

 柊の口元は緩み、不気味に笑うのだった。

 兵隊は大きな扉の前で足を止める。扉の前には綺麗な服に着飾った髪の薄い老人と化粧の濃い中年の女が立っていた。兵隊は敬礼しはきはきとした声で、柊とアイリスを受け渡すと足早に去って行った。

 柊達を受け取った2人は上から下まで、流し見ると鼻で笑い、口元に手を当てた。

アイリスは顔を真っ赤にし震えていた。その様子に柊は奥歯を噛むと笑みを浮かべた。

「あの俺達、王様に呼ばれるんですよ。あなた達王様じゃないですよ、全くオーラ無いんで。だから、さっさとしてくれませんか。三下が王様を待たせるのはマズイんじゃないですか」

「さ、三下だと!」

 顔を真っ赤にし、声を張り上げる。柊はあくまで営業でもするかのように愛想よく笑っていた。しかしそんな顔から飛び出すのは毒だった。

「三下じゃないんですか? 王様の時間を奪い、命令に背けるほどのあなた方は偉いんですか? それにしては品が無いですよね、鼻で笑うなんて。高貴方ならぐっと我慢するものですよ」

 柊の言葉にぐうの音も出ない2人。倍以上も生きていると思われる大人が子供に言いくるめられ、立場を及ぼされたことに腹を立てるどころか生気を失っていた。

「はぁ、何突っ立てるんですか、邪魔ですよ。時間は貴重なんですから、あなた方もこんなとこで突っ立ってるなら、魔王でも倒す努力でもしたらいいんじゃないですか」

 柊はそう言うなり、がくっと膝を床に付けている2人の横を素通りして、大きな扉を重さでも無いかのようにいとも簡単に足で蹴り開けるのだった。

「柊様・・・・・・」

「俺達をバカにするヤツは、自分達もバカにされる覚悟があるから気にしなくていい」

 柊の目は先を見て歩き出す、アイリスはモジモジとしながら頼りになる背中に言うのだった。

「いえ、その・・・・・・・・・・・・ありがとうございます」

 柊の口元は緩むと振り返りもせず言うのだった。

「友人を助けるのに理由はいらないよ」

「友人・・・・・・」

 アイリスはうっとりと柊の背中を見つめると紐が引っ張られ、我に返り遅れて柊についていく。この時、アイリス初めて友ができた瞬間だった。決して忘れることない、記念すべき日となった。

 ふ~ん、レッドカーペットか、意味は色々だが歓迎を表すことが多いよな、基本的に。まあ俺の居た世界での話だが。

 レッドカーペットの周りを取り囲む、着飾り肥えた人間皮を被った豚。格差酷い世界だな。アイリスみたいなのもいんのに。それに戦争中じゃねぇのかよ。まあ俺には、

「なにあれ、あんな汚い娘が召喚したの?」

 関係あるな。さてどうしようか、はったりでいいか。俺のこと知ってるヤツ居ないし。

「おい、今バカにしたヤツ出てこい」

 低い柊の声が空間を凍りつける。誰もが動きを止め黒い男に視線が注がれる。

 柊は鋭い目付きで続ける。アイリスの心を守るために。

「早く出てこいよ、出てないと俺がここに居る全員を殺す。ここには一国一城の王様も居るんだよな、王も殺す。俺1人じゃ無理とか思ってるか?」

 急に柊は高笑いし出す。

「俺は伝説の魔王を殺すために呼ばれた黒い者だぜ、この程度楽勝だ。現にこの前証明したしな。あのバケモノを俺が1人で殺したんだぜ」

 柊は深く息を吸うとゆっくりと吐き顔を上げる。その瞬間緊張の線が目一杯まで張られる。それはアイリスにも適用される。

「自分が可愛いなら出てこなくてもいい、だがその代償はここに居る奴全員で担ってもらう。今か5つ数える、それまで出てこい、1つ、2つ、3つ、4つ、い」

「わ、私が・・・・・・私が言いました」

 と真っ青な顔色で表情は絶望を表し恐々と現れる綺麗に着飾った女。身体は震え、目は上に上げられず柊を見ることはできない。だが柊は近づき顔を覗き込む。その瞬間びくっと身体が飛び上がるが、全く動くことができなくなっていた。

「そうですか、あなたが俺の友人をバカにしたんですか」

「は、はい、も、もうしわけ」

「誰に謝ってんの? 相手が違うんじゃないの?」

「は、はい」

 声は震えていた、そして身体も。女はアイリスのもとへ歩み寄ると深々と頭を下げた。

「も、申し訳ありません、私のような者が伝説に名を刻む魔術師様をバカにしたこと深くお詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした」

 女は言い終えた後も顔を上げず下げ続けた。柊はそんな女に近づいてく、誰もがその場を見ていることしかできなかった。手を出した瞬間、やられると、自分が可愛かったのだ。もしくは、全員殺されかねないと考えているのか。

 だが柊は女の横を素通りし、アイリスに微笑んだ。

「アイリス、許すかどうかはおまえが決めろ。許さないなら俺が相応のことをする」

 優しく笑う柊の言動は伴っていなかった。誰もが柊を狂っていると思い、恐怖を感じていた。しかしアイリスは嬉しかった。友人と言われ、自分のためにここまでしてくれる柊が。だから、

「許します」

 と短く言う。その顔はこの殺伐とした中で唯一嬉しそうだった。

「そうか、それならいいか。お姉さんも以後気を付けてね。大人なら思ったことすぐに口にしないでね。言ったことは取り消させないんだから・・・・・・」

 柊は遠い目で言うと真っ直ぐに伸びる赤い絨毯を歩き出す。アイリスも女の横を素通りし真っ直ぐ歩き出す。女は未だに顔を下げ続けていた。上げることができなかったのだ。それだけ重圧がかかっていたのだった。

 2人は赤い絨毯の端まで着くと、赤いバラのレリーフの扉が待っていた。

「ここに居るのか・・・・・・。ボスが」

 柊は不敵に笑った。その顔が扉の前に立つ従者に不安感を抱かせ、扉の前へ立ちはだかる。しかし、何があったのか急に扉からさっと退く。

「念話・・・・・・」

 とアイリスは言葉を零す。

「ふ~ん、なるほど。まあいいけど。行くぞ、アイリス」

 従者に寄って開かれた扉に2人は呑み込まれ、ゆっくりと扉は閉まり密室の空間を作り出すのだった。

 中はなんて言うか綺麗だ。バラの香りが充満していて、植物園のようだった。まあ赤バラ限定だけど。

 そしてその先に椅子に腰をかけ、優雅にカップに口を付ける赤い髪の綺麗な女。あれがここの主、この国の王か。

「お待ちしておりました」

「俺も待ってましたよ、一週間の地下の生活なので、カビ生えるかと思いました」

 と皮肉っぽく言う柊に対し、赤い髪の女は笑みを零す。

「あらあら、それは申し訳ありません。頭の固い禿げたおじさまや厚化粧な豚さんにみたいなおばさま達がなかなかあなた方を開放しようとしてくれないもので」

 笑顔でさらっと毒を散らす。それに対して柊は声を抑えることなく笑った。しかしアイリスは青ざめた顔で小刻みに震えていた。

「いや~、お姉さん気が合いそうですね。って別に口説いてるとかじゃないですよ」

「あらあら、柊様になら口説かれるのも吝かではありませんよ」

 2人は不敵に笑った。この2人は同類ということを感じ取った瞬間だった。

その様子を目の当たりにしているアイリスは小刻みに震え、会話に入れないで居た。

「ふふっ、取り敢えず、おかけください。なにかお茶でも煎れますから」

 柊は言われるがまま腰を降ろすが、アイリスはその場に突っ立っていた。

「アイリス、どうした?」

「わ、私のような者が同席などできません」

「はぁ、何言ってんの? このお姉さんが座れって言ってんだぞ。年長者の言うことは聞いた方がいいぞ。まあ、自分に害が無いこと限定だけど」

 アイリスの動こうとせずおずおずとした様子に次第に苛立ちを覚える柊。

「はぁ~、女はよく分からん」

「そういうときは、男性がリードするのが基本ですよ」

「そうですね、それでは少しご無礼をお許しください」

 その瞬間、柊は息を吐く音だけが空間を揺らすが、急にミシミシという音がしたと思えば、

「バキっ」

 という鈍い音がすると何も無かったかのように柊はアイリスに微笑み手を伸ばす。その腕には自由を縛るはずの手錠がついている。しかし手錠はすでに効力を失っていた。

 柊は手錠を腕の力だけで引きちぎったのだった。

 赤い髪の女は口元に手を当てあらあらと笑っていた。

「お手をどうぞ、お嬢様」

 柊の手はアイリスだけのために手を伸ばす。それは柊達のもとへ来るための入り口であり、踏み出すための手助けだった。

 アイリスは躊躇いがちに柊の手を取ろうと手を伸ばす、しかしあと一歩という所でどうしても止まってしまう。だが柊は躊躇う手を掴みぐっと引っ張り、膝の上に座らせる。

 アイリスは柊の膝に座ると始めは飲み込めないのか、惚けていたが次第に顔を紅くしバタバタともがき始める。

「あらあら、柊様は大胆なんですね。女性を膝の上に座らせるとは。それに慣れているようですね」

「まあ、昔は妹みたいな女の子が居ましたから」

 柊は遠い目でアイリスの頭を撫でるのだった。アイリスはそんな柊を横目で見ると急に暴れるのをやめ、しゅんっとなったように小さな身体はいっそう小さくなり柊の胸に納まる。

「落ち着いたようなので、話を始めましょうか。まず、謝罪を。このたびは一週間も地下に閉じ込めるようになり申し訳ありません。先ほど申した方達がお二人のことを真偽していまして」

「そうですか、まああんまよくないんですけど今はいいです。取り敢えずは自己紹介から大事だと思うんですが」

「ああ、そうですね。私は39代赤バラ、メリナと申します」

「ああ、これはどうも、早乙女柊です」

 と柊はなんの疑問も無く挨拶を返す。しかしメリナの名を聞き膝の上のアイリスは小刻みに震えだした。

「アイリス、どうした? 寒いのか?」

 しかしアイリスの反応は無かった。柊は溜息を付くとアイリスの頬を引っ張る。

「相手が自己紹介したら、自分も名乗れ。友人に質問されて差し支えないなら答えろ。常識であり礼儀だぞ」

 柊はアイリスの頬から手を離す。しかし、アイリスは俯いたままぼそぼそっと虫の息ほどの声を出すだけだった。

「はぁ、何躊躇ってんだよ。そういうのは相手に失礼だろ・・・・・・。この娘はアイリスって言います。それ以外は何も知らないけど、こっちに来てできた友人一号です」

 名前以外何も分かっていないアイリスを友と言う柊。メリナはそんな柊に笑みを向ける。

「あらあら、もうそんなに仲のいいのですか。でしたら私も柊様の友人二号と言うことでいいかしら」

「そうですね、俺としては大歓迎ですよ。女の友人は全く居ないので。それにこんな綺麗なお姉さんが友人になってくれるのを断る理由がありませんね」

「あらあら、口がお上手なんですね」

 アイリスを取り残し2人は楽しげに笑っていた。アイリスはただ俯き聞いていることしかできなかった。自分と彼らは違う存在だと線をひいていたのだ。そんな時だった。

「アイリスも私と友人になってくれますか?」

 と蚊帳の外に居ると思っていたアイリスに蚊帳を突き破る言葉が飛んできたのだった。

アイリスはその言葉に慌てた。

「わわわ、私なんかが恐れ多いです」

「そのようなことはありません。これでも私はあなたと同じ年頃の女なんですよ。私も友人がほしいのですが、出会いが無くてですね」

「メリナさん、その言い方だと結婚したいけどできない女みたいですよ」

「あらあら、そうですね。しかし私もそろそろ伴侶を見つけなくてはいけない歳ですね」

 メリナは柊と然程変わらないというに結婚すると言いだし、柊は吹き出す。

「何言ってるんですか!? 十分若いですよ」

「あらあら、柊様の居た世界では私のようなものでも結婚しないのですか?」

「そうですね、あと十年は余裕ですね。と言うかメリナさんだったら、男寄ってくるんじゃないですか? 悩む必要ないですよ」

 2つの世界の大きな差がここにもあったらしい。メリナの見た目は二十前後、それで結婚相手を見つけなくてはならない。柊の居た世界とは大きく異なりがあった。

 そんな違いに敏感な者がこのことに反応しないわけが無く、今までの黙り決め込んでいたのが嘘のように爆発するのだった。

「柊様の世界では何歳で結婚なさるんですか? 柊様には奥様は居るのですか? 柊様奥様はどのような方なのですか? 柊様の」

「あー! 一気に質問すんな!」

「しかし、気になります、こちらとは全く違う文化に私は非常に気になるのです」

 アイリスは真っ直ぐに柊を見て言う。その目は新しい玩具を手に入れた子供のようにギラギラと光っていた。

「さっきまでが嘘のようだな」

 その言葉にアイリスは我に返り、ブリキの玩具のようにゆっくりと首は動き出しメリナに顔が向く。メリナは温かい目でアイリスを見て微笑んでいた。ここでアイリスとメリナの2人の目が初めて合うのだった。だがその温かい目に反してアイリスの取った行動は、

「申し訳ありません申し訳ありません、王の前でなんと失礼なことを」

 謝罪だった。慌て謝っているもののいまいち謝っているという感じにならない。その理由として挙げられるのが、柊の膝の上に居るということが大きく影響していた。

「いいのですよ、気になさらなくて。好奇心というのはいい魔術師を育てるために必要な物ですから」

「しかし、私は王のまで」

「気にしすぎなんじゃね。王様ってそんな偉いの?」

「えっ」

 柊の言った言葉に全てが凍り付く。メリナは寂しそうな顔でカップのお茶を口に含んだ。

「王様って言っても、俺等と同じ紅い血流れてる人間なんでしょ。物食わないと腹減るし、水飲まないと一週間と命保たないんでしょ。そんな距離取んなくていいじゃね?」

 アイリスは柊の膝から立ち上がると顔を真っ赤にし声を張り上げた。

「なななな、なにを言っているんですか!! メリナ様は赤バラの直系のお方で、この国を治められているんですよ!」

 アイリスは王の前だというのに声を抑えること無く、自分の中にある感情が爆発した。

「ふ~ん、そうなんだ。でもさ、国を治めるのは王の義務じゃね。それにさ、直系って関係あんの? ここに居るのはただの女じゃないの?」

「なにを言っているんですか! 柊様といえどそれ以上私達の王をバカにすることは許しません!」

 柊は溜息を付くとメリナを一瞥しアイリスに目を移した。

「おまえみたいなのが、王を苦しめるんだぞ」

「えっ」

「こんな若い女に王とか背負わせてさ、未来を奪うんだ。他にもっとやりたいことがあっても、王を全うしなくてはならい。逃げることができない。ここはいわば檻なんだよ。裕福に生活できても、自由は無い。友人を作ることさえできず、孤独に生涯を終える。歴史に名を刻み永遠に語り継がれようと、そんなものにどのくらいの価値があるんだ? 生きていた間、人間として自由を奪われ、ただ国民のために捧げた人生。まあ王だから仕方ないって言われたら終わりだけどさ、アイリスはそんな十字架を背負った1人の女のささやかな願いをむげにした」

 柊の言葉はアイリスの胸に突き刺さる。自分の無知さを思い知らされ、そして、

「アイリスにはその気持ち分かるんじゃないのか? 友人が居なく、周りから1人浮いて孤独で居る気持ち」

 アイリスは自分とメリナが重なったように感じていた。身分は全く違う、しかし自分と同じ孤独で、生きながら死んでいると。

「柊様、私は大丈夫ですから。アイリスを責めないであげてください」

「王がそう言うなら、まあいいですけど」

 2人はカップを手に取ると口を付けた。平静とした顔で何も無かったかのように振る舞うメリナ。それが偽り、王としての振る舞いなのか。だがその様子はアイリスの胸を貫いた。

「・・・・・・・・・ないです」

「えっ」

 反射的に反応し視線を送るメリナ。そこにはボロボロと涙を零すアイリスが真っ直ぐにメリナを見て立っていた。柊はアイリスを見る事なくお茶を飲むと口元が緩む。

「よく・・・・・・ないです・・・。私、酷いことしました。友達が居なくて辛い気持ちは分かっているのに・・・・・・王だからとか、自分とは違うとか、思って勝手に・・・・・・」

 メリナは立ち上がるとアイリスに歩み寄り真っ直ぐに手を伸ばす。メリナの真っ直ぐに伸びていく手はアイリスの頬を撫で涙を手で取り去る。アイリスは抵抗する様子はなかった。

「気にしなくていいのですよ。これが私の使命なのですから。ですが、もしよければ、私の友人になってくれると嬉しいです。私には女性の友人が居ないので」

 アイリスに向かって微笑むメリナの顔は優しく、アイリスの作った氷の壁を溶かすようだった。そしてアイリスの涙でぐしゃぐしゃの顔で言うのだった。

「わだじでよけでば」

 と涙の混じり声は正常な形を形成できず、言葉はだいぶ歪んでしまった。しかし伝えるには十分過ぎるほどだった。

 柊はお茶を飲み一息付くと、上を見上げ、思うのだった。

 階級社会ってめんどくせぇな。

 それから、アイリスの落ち着くのを待ち、やっと本題に入った。

「あなた達を呼んだのは、魔王を倒してもらうためです」

 やっぱりそうなんだ、俺って本当にその伝説のヤツなの? この前まで女と話したことない高校生だったのに。なんかの間違いじゃないの・・・・・・って前までだったら思っただろう。だけど今は違う。

初めて俺がこっちに来た時のことだ。

 キマイラだっけ、数は・・・11か。こんな生物初めて見た。獰猛だな、よだれダラダラ垂らしてきたねぇな。鋭い牙、蛇の尾、炎吐く。危険だよな・・・・・・。でも何故だろう、全然恐くないんだよな、それになんか遅く見えるな。

 まあ、一番は・・・・・・・・・・・・・・・未来が見えることだよな。

 なんでか、分からない。でもバケモノ共がどう動くか分かった。

群れの中に飛び込んだ俺にまず右端のヤツが飛び掛かってくる。それをあっさりと躱す、飛び掛かってきたキマイラは止まることができず、同類と衝突。その間に下から腕を突き上げれば、腹に穴が開く。

 俺の目にはそんなものが見えた。それが本当に未来なのか確証は無かった。しかし何故だろうか、自信が満ちてくる。やれる以外の感情しかない。

 身体が勝手に動く、もの凄く軽い。さっき見た物が、そのまま具現化された。キマイラの腹は簡単に突き破ることができた。そして何故か分からないが、心臓の場所が一発で分かり、いとも簡単に引きちぎることができた。

 血は噴き出し、抜き取った心臓は生暖かく、まだ動いている。

 こんなに血が出てるのを初めて見た、生き物の心臓を初めて触った、虫以外の生き物を初めて殺した。それなのに、なんでだろう・・・・・・。

 俺は普通の人間だから、こういう時手が震えたり、躊躇ったり、恐怖に駆られなにもできないと思っていた。それなのになんでだろう、今の俺・・・・・・・・・すごい生き生きしてる・・・・・・。俺は・・・・・・自由だ。

 それからは俺の独壇場だった。バケモノ共の動きが分かった、とういか未来が見えた。

 だがそれだけじゃ倒せるわけ無い。その未来が見えるのも驚いたが、それに加えて人間離れした身体能力。頭で思った通りに動く身体。

 終わるまで然程時間はかからなかった。終わった時の俺は返り血で真っ赤になっていた。この鉄錆の生臭い臭い、吐き気するかと思った。でも今の俺、全然平気だ。

なんでだろう・・・・・・・・・、ああそうだ、懐かしいんだ。向日葵が・・・・・・。

俺の意識はここで途絶えた。気がついた時には地下の牢屋にいて今に至る。

「無理を承知でお願いします。どうか、この世界を救ってください」

 随分と壮大なことを俺に託そうとしてんな。普通の高校生だったのに。断ってもいいかな。

「あの~俺には荷が重いんですけど。魔法も使えないし、戦闘訓練も積んでないし、この間まで俺って普通の学生だったんですけど」

「しかし、柊様は力を証明してくれました。あのキマイラを素手だけで、全滅させたと」

「たまたまですよ」

 俺は言葉を選び間違えた。この言葉を言った途端、メリナさんの口元が緩んだ。

「たまたまで殺せるほど安い生き物ではありませんよ、それにあなたはすでに魔法が使えています。あなたの左手の甲の刻印がその印です」

 この人、やっぱり、

「それに柊様契約してしまったので、条件を満たさないと帰ることができません」

「はぁ? 契約? 条件?」

「はい、そうです。柊様はアイリスと契約したのです」

 はぁアイリスとって、アイリスも全然理解してない顔してんだけど。どこまでホントなんだ。確かに帰り方分かんないけどさ。

「あらあら、アイリスも気づいていないようですね。それでは僭越ながら私が説明いたしましょう」

 メリナは徐に電話辞典のような古い本取り出した。

「ここに記されています。柊様はこちら側に召喚される際、こちらに形として保っているためには契約が必要なのです。それも誰とでもできる契約ではありません。選ばれた者同士ができるものなのです。空間を越えるのですから、当然ですが」

「そ、そんなのおかしいです! 私は勉学もよくないですし、魔法も・・・・・・」

 いち早く反応したのは、アイリスだった。ダメな自分が特別なわけがないと反論する。

「そのようなことはありません。柊様をこちらに召喚したのはあなたなんですよ」

「そんなの何かの間違いですよ! 私はダメダメなんですよ、今までだってこれと言った取り柄もないですし」

 この発言に柊は自分とアイリスが似ていると感じた。自分に自信がなく、自分の取り柄を見いだすことができない。そしていつも押し潰させそうになる。

 だからこれは俺にもアイリスにもチャンスなんだ、色々なものが変わる分岐点となる。

「アイリス、落ち着いてください、そして服を脱いでください」

「はい、すみません。取り乱しました、それで服を・・・・・・服? 服を脱ぐ?」

 アイリスはガチガチとしたぎこちない動きでメリナを見る。視点が合っていないような目で。

「はい、服を脱いでください」

 と真顔で言うメリナ、先ほど織り交ぜられた言葉が聞き間違いでないことを証拠付ける。流石の柊もそれには声を荒げた。

「メリナさん何言ってるんですか!?」

「柊様これは必要なことなのです。アイリスが服を脱ぐことで証明できるんです。アイリスが特別だということが」

 メリナの顔は真剣だった。しかし彼女の意図を分かる者はこの場には居なく、柊とアイリスは顔を紅くし横目で互いを見て、ぶつかっては逸らし、ただ気まずさだけが2人の間には生まれていた。

「あ、あの、そういう事なら、男の俺は外しますから」

「いえ、柊様も見てもらわなくてはなりません」

 なんのなのこの真剣な顔・・・・・・。せっかく気を利かせたのに、アイリスだって男の俺がいない方がいいだろ。必要な事ってなんだよ、俺が裸見ればなんか変わるのかよ。

てか無理だよ、女の裸なんか今まで一度も見たことないのに・・・・・・。俺よくこんなんであんなこと言ってたな・・・・・・・・・・・・・・・。これってチャンスなんじゃね、向こうに帰っていきなりよりかはここで慣れておいた方がいいんじゃね。

そうだよ、きっと。さっきまでのは逃げなんだよ、男ならここは、

「分かりました、いつでもいいですよ」

 なんて言ったが、俺何言ってんだろなんて後に思い返しのたうち回ったのだった。

 しかしいつぶりだろうか、女の裸を見るなんて・・・・・・・・・・・・小さい頃に向日葵と一緒に風呂入った以来か・・・・・・。ああ、やべぇこれ思い出すとマズイ、なんか他のことを・・・・・・。

 俺がこんなことを考えている間に話は進んでいた。この際俺の意識は現実には無かった。

「あの・・・・・・・・・本当に必要なことなのですか?」

「はい、証明できるんです。・・・・・・・・・アイリスが特別だと、選ばれた魔術師だと」

 その言葉はアイリスを突き動かすには十分だった。アイリスは今まで自分は取り柄のない人間だと思ってきた。それが、赤バラの直系である王に言われたことはアイリスにとって甘美な響きだった。

「わ、分かりました、私なんかで良ければ」

 と言い、アイリスは服に手を掛けた。隣でそんな大胆なことが行われ始め、柊は現実に意識が戻され今までに無いくらい心臓が大きく脈を打った。

 アイリスの顔は真っ赤だがそれ以上に柊の顔は赤くトマトを彷彿とさせた。

 アウターゆっくりと脱ぐとYシャツのボタンを一つ一つ外していく、柊はその動作を凝視してしまっていた。そしてYシャツのボタン解き終えるとゆっくりと脱ぎ始める。そんな半脱ぎになった時だった。

「ストップ! そこまでで十分です」

 メリナの声が全ての動きを封じた。まるで魔法でも掛けられているかのように動きに制限がかかった。柊も例外では無かった。そして唯一動けたのはメリナだけで、メリナはアイリスに歩み寄るとアイリスの後ろから左胸を指さすのだった。

「柊様どう思われますか?」

「え!? 俺!? えっと、そうですね・・・・・・将来に期待ですかね」

 柊は苦笑し答え、アイリスはその発言にしゅんとなる。

「柊様、今は胸の話をしているのではありません、ちゃんと私のさした所見てください」

「そんなこと言われても、女の胸を凝視するとか変態としか・・・・・・・・・あれ? それって」

 変態になりきれない柊はちらりと見た後、目を自分の左手の甲に移す。

「俺と・・・・・・同じ?」

「そうです、これが柊様とアイリスの契約の証です。あなた方は確かに契約されたのです。その内容までは分かりませんが。だから、互いに契約を成すまでは離れることができません。いかなることがあっても・・・・・・、柊様がもとの世界に帰りたくとも」

「そんな・・・・・・・・・・・・帰れない・・・・・・」

 柊の顔は青ざめていった。肘をテーブルに着き頭を抱えた。

 嘘だろ・・・・・・帰れないってなんだよ・・・・・・契約ってなんだよ・・・・・・。俺いつ印鑑押したんだよ。クーリングオフねぇのかよ・・・・・・。

俺がこいつの願いを叶える? なにを求めてる? 人間にできることなんかたかがしれてる。もしそれが人間業じゃ不可能だとしたら・・・・・・帰れない・・・・・・・・・。俺の美大生活はどうなるんだ、あんなに勉強したんだぞ、国立とか、推薦蹴ってまで選んだ道なんだぞ。

「ひ、柊様・・・・・・・・・」

 もしこっちで一生を終えたら・・・・・・・・・・・・向日葵・・・・・・。

「・・・・・・柊様」

 この時の俺は理性を失っていた。心配して伸ばしてくれていたアイリスの手を掴み、怒りと剣幕に任せアイリスに怒鳴っていた。

「おまえの願いはなんだ! 俺になにをしてほしいんだ! おまえは俺になにを求めてんだ!」

「いたっ」

 アイリスの手を握り潰すのではと思えるくらい強く握っていた。だが今の俺には心の余裕なんてあるわけもなかった。

 そんな時だった、テーブルのカップが重力に逆らうことなく落ちていき、抗うことなく粉々に砕け散るのだった。

 俺は自然と音のする方へ目が向いた。そして次第に手の力が抜けていき、アイリスの手がこぼれ落ちていった。

 メリナがカップをわざわざ落とし注意を集めたのだった。

「落ち着きましたか。柊様の気持ちを私などが理解できるわけもありません。しかし落ち着いてください。熱くなっては、自分を見失っては、上手くいくものも失敗します。まずは落ち着き整理することが大切です」

 柊は深呼吸すると弱々しく壊れてしまいそうな顔と心を偽り平静を繕った。

「すみません・・・・・・・・・・・・熱くなりました・・・・・・」

「お察しいたします。それでは整理しましょうか」

 それから、3人で話した。しかしアイリスは後ろめたいのかあまり口数がなかった。

 まとまったことはアイリスの思ったことが助けてほしいということ、そしてこの世界は現在戦争中でどこにでも危険があるということ。まあ要するにだ、

「この世界を平和にすればいいんですよね。俺が魔王を倒せば、いいんですよね」

「たぶん、そうだと思いますが・・・・・・」

 メリナはアイリスを見るが、アイリスは俯いていた。

「柊様はなにを願ったんでしょうか?」

「俺ですか・・・・・・・・・そう言えばなんだろうな。・・・・・・・・・まあ、いいですよ、そんなこと。取り敢えず今はいち早く、魔王を倒しに行きたいんで場所教えて貰っていいですか」

 俺は他のことなんかどうでも良かった。俺に残された時間はあまりない。美大の入学式は卒業式から一ヶ月半。それまでに帰りたかった。半世紀も戦争してんのにこんな短い期間で終わらそうと馬鹿げたことを言っているのは分かってる。でもこんなとこでお茶飲んでる時間が勿体なかった。

 だが、俺の頭は冷静だった。だからこんな長い戦争が終わったら大変ことになるのも分かっていた。だから、

「と言いたいのですが、メリナさんと2人だけで話をさせてほしいんですが」

「分かりました、場所を変えましょう。アイリスは少し待っていてください」

「えっ、それって」

 メリナはパチンっと指を鳴らした。その途端、柊とメリナは色鮮やかな植物園から薄暗く本が大量にあり、壁には大きな地図が貼り付けてある部屋に移っていた。地図には色々な印がされていた。

「へ~、瞬間移動なんて便利」

「距離が制限されますので、それほど便利というわけではありません。それで話とは」

 苦笑するメリナは真剣な顔をすると早速本題に入った。柊の時間を考慮してのことだろう。

「まず、俺の見立てでは、メリナさんは相当曲者ですね。だから、メリナさんが気づいてないわけないと踏んでいます。もしこの長い戦争が終わったら、沢山の人が死ぬと」

 メリナは地図に手を触れ何度か撫でる。

「そうですね、戦争が終わったら沢山死ぬでしょうね。人は食べなくては死ぬ。戦争している間はお金や物資が途切れることなく流通し、力にものをいわせる者や軍事に力をいれている者は職を失うことはない。ですが、終われば」

「そういった奴らは職を失う。路頭に迷う。人を殺し奪い合うようになるかもしれない。結局の所、今は共通の敵が居て一丸となってはいるが、人間とは一つ一つ違う個体で、誰しも自分が可愛い。だから、今以上に荒れる・・・・・・・・・かもしれない」

「私もそう考えます。問題は食糧自給率と人間のその後。戦争が終わっても彼らの人生は終わらない」

「結局の所、戦争が終われば、明るい未来が待ってるなんて夢物語。頭ん中お花畑の人が考える稚拙な発想に過ぎない。その後が大変だというのに」

 メリナは振り返り、柊を見ると不敵に笑った。その顔に柊の背筋は震え上がった。

 ああ、この人やっぱやばいわ。きっとこの人が、

「メリナさん、俺、アイリスに聞いたんです」

「なにをですか?」

 白々しいな、分かってるんだろ。

「王の意味ですよ。王はその国から出ることができない。その理由は、国全体に結界を貼り外部からの侵入を防ぐ。しかしアイリスの学校にキマイラが現れた。それも魔方陣から召喚されたそうです」

「ふ~ん、そうなんですか。それはおかしいですね」

 不気味に笑ってそんな事言う姿は悪役にしか見えない。この人にとっての人間の価値は、

「ここからは俺の推測です。なので癇に障るかもしれません、ですが軽い気持ちで聞いてください・・・・・・。メリナさんはアイリスに目を付けた。俺を召喚させるための媒体として。しかし一向に召喚しないものだからしびれを切らした。だからわざわざアイリスを追い込まれるような状況を造り出した。キマイラを呼び込んだのは、あなたですね。39代赤バラ、メリナ」

 メリナは声を出し笑い始めた。その姿は吐き気がするほど気持ち悪かった。こいつは人間の皮を被ったバケモノだ。こいつにとって人間の価値は、

「あなた中では、人間の価値など無い。ゴミのように見ている」

「それは少し違うかな、私はそんな風には思ったことないよ。ただ、分けてるのさ、価値のある人間とない人間。そして君達2人は価値のある人間だ。だから、君たちを呼び出すために彼らは犠牲になった。安い犠牲さ、世界を救うのに比べたら、学校の1つくらい」

 気品なんか見る影もない。さっきまでのが偽りで、これがこの人の顔か。人間に優劣を付け、必要なもののためにはなんだろうと簡単に斬り捨てる。この人にとって人間とは生き物ではなく物、1つの駒でしかないのか。そして俺も、その駒の1つってわけか。

 ホント政治家向きだよ、国のトップに立つにはピッタリだよ。

「それで、聞きたかったのはそれだけかな」

「いえ、あなたの本性とかどうでもいいんです。ただ、さっきの契約を成立させないと帰れないのかってことだけ聞ければいいです。こっちの世界がどうなろうと俺には関係ないので」

「ふ~ん、君も意外とエゴイストなんだね」

「別に。俺は自分の身の丈を知ってますから。俺ができるのは、助けられるのは、自分の手の届く範囲だけです。だから、俺の大切なモノは手元に置きます。もし脅かすヤツが居たら誰だろうと関係無く殺します。それがメリナさんでも」

「ふ~ん、恐いね~。それでさっきの話だっけ、あれはホントだよ。君はあの娘の願いを叶えるまで帰れない」

「それだけ聞ければいいです、安心しました」

 人間なんて所詮こんなもんだよな、見た目に騙されるな、外面に騙されるな、心を許すな、疑え、見極めろ。そいつが自分と共に歩むことができる人間なのか。

 この人はそれに値しない。

 俺達は先ほどのようにメリナの魔法で戻った。戻ると青ざめた顔でアイリスが椅子に座り震えていた。いったいなにを考えていたのだろうか。まあこいつは愚直だからな、簡単に聞き出せる。だけど今は、取り敢えず、

「それじゃ、俺等、そろそろ魔王を倒しに行くんで失礼します」

「あらあら、もう行ってしまわれるのですか? もっとゆっくりして」

「いえ、時間が無いので」

 テメェといたくねぇんだよ。分かってて言ってんだろ、どこまで性格わる、いや違うか、社交辞令か。ホント政治家向きだな。それに政治家モードに戻ってるし。

「そうですか。それでしたら、何人かお付きの者を付けましょう。長い旅になるでしょうし、その間にバケモノと戦闘になるでしょうし」

「いえ、数が多いと逆目立ちますし。それに、逆に足手まといです。俺の実力についてこれる人間は多くないでしょう。この国も守らなくてはいけませんし」

 信用できねぇんだよ。テメェの手下なんかな。監視か、それとも俺が魔王を倒した途端殺し手柄の横取りか。なんにせよテメェは信用に値しない。バケモノが。

「あらそうですか。まあ、いいでしょう。しかし、これだけはお持ちください」

 メリナが俺に渡したのは、円い筒とバッグだった。

「そちらの筒には、地図が入っています。×が魔王の居場所、そしてバッグにはお金が入っています」

「それは助かります。それでは失礼します。アイリス行くぞ」

 アイリスの腕を掴み引っ張る。最後は繕わない。露骨にここに居たくないと行動に出ていた。

はぁ、やっと離れ、

 俺がそんなことを思った時だった。頭の中にダイレクトに話しかけてくれものがあった。

『地図には○が書いている場所があります。そこには必ず寄ってください。私のことを信じられなくても』

 俺はこの時、ドキっとした。決してときめいたとかではなく、焦りだ。心臓を掴まれた感じだ・・・・・・・・・。繕え。

考えたことが全て聞かれるかもしれないと思い背を向けたまま手をパタパタと振った。

 恐いヤツは沢山居る。その内の1人がこの人だ。できることならもう関わりたくはない。

 俺達は何も話さず来た道を戻り、扉を開けると外には誰も居なかった。まあこの方がいい、少し休みたい。俺はその場に座り込むと壁にもたれ掛かった。

 疲れた、気はりすぎたな・・・・・・・・・。瞬間移動と念話も体験できたな。

「・・・・・・・・・あの・・・・・・柊様」

 アイリスは柊の顔を申し訳なさそうに覗き込む。その理由に気づかない柊ではない。

「さっきはごめんな、取り乱しちまって。別にアイリスが悪いってわけじゃねぇのに」

 柊は疲弊した顔で微笑むとアイリスの頭を撫でた。しかし、アイリスはその手を弾く。柊は驚くがアイリスの顔を見て言葉を失う。

アイリスはボロボロと涙を零していた。

「なんでですか・・・・・・私が柊様をこちらに呼んだから・・・・・・私が柊様を縛り付けてるから・・・・・・柊様は帰ることができないですよ! それなのに何故そんなに優しいのですか!? なんで怒りを露わにしないのですか! なんで・・・・・・私を責めてくれないのですか・・・・・・」

 身体を震わせ、涙を零す、弱々しい小さな少女。そんな姿に柊はだるそうに溜息を付くと、壁に手を掛け重たい身体を立たせた。

「俺もおまえもただ自然災害に巻き込まれただけだ。それは人間ごときが干渉できるものではない・・・・・・。それに言ってたじゃん、自分で、俺を呼ぶほど力が無いって。それにさ、アイリスを責めた所で、もとの世界に帰れるわけでもないし。・・・・・・女とあんま話したことない俺にはそんなことできましぇーん」

 柊は冗談を言いながら先ほどのことが嘘かのように笑った。まるで自分の置かれている状況を嘲笑うように。

最初はMかよとか突っ込むつもりだったがやめた。それは流石に空気読めなすぎ。それに・・・・・・・・・まだ時間あるし。観光に来たと思えば幾分か気持ちも楽だ。

「さて俺行くわ。アイリスは元の場所に帰れよ、俺は世界を救いに行くからさ。それじゃあな」

 まず、なにするか。取り敢えず交通手段の確保かな。車とかあんのかな、こういう世界って科学進歩してないのがお決まりだよな。てことは、馬か。乗馬経験ないんだよな・・・・・・。

まあ、まず街に出て、情報収集だな。

 俺は一歩踏み出す、新たな世界に向かって。そしてもと居た場所に帰るために。しかし二歩目が出ることはなかった。それを阻害するものがあった。

「アイリス・・・・・・」

 俺の背から腕を回しアイリスが抱きついていた。

 女の免疫のない俺が女にいきなり抱きつかれたのに慌てたりしなかった。いつも通り、いや違うな。温かいな、アイリスの温もりが伝わってくる。そうか、この温かさが落ち着くのか。

 懐かしいのか、昔向日葵が・・・・・・・・・ってなんか冷たくなってきたんだけど・・・・・・。ああ、そうか泣いてるからか・・・・・・締まらねぇな。漫画とかだといい絵面なのに実はそんな良い物ではないのかもしれないな。経験しないと分からないものだな。まあこんな経験俺みたいなヤツはなかなかできるもんじゃないし、貴重な経験させていただきました。

 しかし、この状況なんだ。告白とでありそうだよな・・・・・・あなたのことが好きです、行かないでくださいとかか。まあ、なんでもいいんだけどさ、なんか言ってくれないかな。俺こんな経験無いから何か言ってくれないと対応できないんだけど・・・・・・・・・。

「責任・・・・・・・・・・・・責任とらせてください・・・・・・」

 せせせせせせせ、責任とらせてくださいだと!!!!!! 女の子が責任・・・・・・それってけけけけけけ、結婚・・・・・・。でも、ありかもな。もとの世界に帰っても結婚の望み薄いし。魔王を倒してヒロインと結婚、ベタだけどありだな。

「私も・・・・・・・・・・・・柊様と一緒に行きます・・・・・・」

「ああ、そのことか」

 まあ、そうだよな・・・・・・。俺なんか・・・・・・・・・。

「私・・・・・・勉強も魔法もダメですけど・・・・・・・・・役に立てるように頑張りますから・・・・・・だから、私も・・・・・・連れて行ってください・・・・・・」

 正直、1人の方が楽なんだよ色々。でもここで斬り捨てるとアイリスが罪悪感とかで潰されそうだよな。こいつ愚直だから、自殺とかしないか心配だな・・・・・・。

プラスを考えてみるか。アイリスはこっちの住人だから色々知っている。俺はこっちに関した情報はほぼ皆無。色々と役に立つかもな。それに1人くらいなら、足手まといでもさばけるだろう。

「いいよ、一緒に行こうか」

「ホントですか・・・・・・・・・私なんかでいいんですか?」

「自分で言っといて今更だな。いいよ、でもアイリスは、いいのか? 家族とか居るんだろ」

「いいんです。親は私にいつも言うんです、自分にできることをしろって。人ができることなんかたかがしれているけど、もし自分にしかできないことがあるならそれを精一杯しろって。私は柊様に迷惑をかけてしまいました。だから私にできることは柊様のお手伝いをすることなんです」

 これからするのはゲームじゃない。心臓を貫かれれば死ぬし、情報収集しても先に進めないかもしれない。野宿もあるだろうし、その間襲われるかもしれない。気の休まる暇はないだろう。人間は簡単に死ぬ、セーブして死んだ所からやり直しなんてこともない。ただ辛いだけの旅になると思う。

 それなのに恐怖はなかった。身体に入っていた力は抜け自然体となった。たぶん安心したんだと思う。いきなり誰も知らない世界に来て、魔法だのバケモノだのという非科学的なファンタジーに触れ、知らず知らずに精神に付加がかかっていた。それが、1人じゃないと思った途端これだ。

 安心した。この世界に呼び込んだ少女が一緒に居てくれることに。

 俺は誰かと、気が置けない仲間がほしかったんだ。安心させてくれる仲間が。

「十分役に立ってるよ」

「えっ」

「なんも。取り敢えず行くぞ。ここで抱きあってんの見られたら、誤解されちまう」

 アイリスは真っ赤な顔で勢いよく離れる。その勢いは、強く尻餅をついてしまう。柊は振り返ると微笑み、アイリスに手を伸ばす。

「これからよろしくな、アイリス」

 アイリスは恥ずかしそうな顔で手を取ると、柊のように上手くはないが笑った。

「よろしくお願いします。柊様」

 俺はフラワーガーデンに来て初めて仲間で来た。それは女の子で、向日葵に以外に初めてできた友であり仲間だった。

 アイリスはブロンドの髪に青い瞳を隠し、ボロボロな服を着ていて、小さくて弱々しくて、なんというか幸薄そうな女の子だ。でも何故か、THE女の子って感じです。

 さて、俺が女の子と2人で旅して大丈夫でしょうか。正直そっちが心配です。まあチキンでムッツリな俺ならきっと大丈夫ですよね・・・・・・。それはそれで哀しいな・・・・・・。

 向日葵はどうしているだろうか。まあ俺が居なくても変わらないよな。あいつは俺1人で変わるようなヤツじゃないよな。すぐ変わり見つかるよな。

 そして輝き続けてるよな。



 真っ暗な一室。そんな中で胎児のように身体を丸める向日葵。

あれから一週間。柊があたしの前から居なくなって、行方不明になって一週間が経つ。

私の中で時間という概念が消えていた。今が朝なのか昼なのか夜なのかさえ分からない。空腹も喉の渇きも睡眠さも失った。ただ死んだように呼吸だけ忘れることなく生きている。

あの時、もっとしっかり止めとけばよかった。あの時、あたしは柊が居なくなると感じた。私の手の届かない遠くに行ってしまうと感じた。それはあくまで直感でしかなく、確証なんかなかった。だからあの時、また会えるなんて油断があった。平和になれすぎていた。

一緒に居て、また会える、こんなことを当たり前に想っていた。そんな確証無いのに。いきなり事故で亡くなって昨日まで一緒だったのに会えなくなる、終の別れなんてそこら中に沢山あるのに。あたしはそんなものから目を背けていた。

柊はずっとあたしと居てくれると想ってた。そんな確証無いのに。

誰しも居なくなることなど考えない。だから辛いんだ。本当に大切な人が目の前から消えて。

大好きだった。愛していた。昔からずっと柊のことだけを想い続けてきた。

柊は気づいてなかったみたいだけど。本当はあの日言うつもりだった。

でも柊が指輪を手に取った時・・・・・・期待した。柊もまさかなんて想って欲が出た。柊から言ってくれることを。

だから後悔した。こんなことになるなんて思ってなかったから。

あの時伝えておけばよかった、引き止めればよかった、夢の国なんて行かなければよかった。

そんな闇に落ちそうな時、いつも柊が買ってくれた指輪が闇を打ち消してくれる。

柊もまだ指輪を付けてるならきっと会うことができる。あなた方の心は離れることはありません。どんない遠くに行ってもその人のもとへ帰ってくることができます。

あたしはこの言葉を信じる。

 そんな時だった、柊の言ったことが引っかかった。『あの時助けてくれた人がさっきの店員さんに似てるなって思ってさ』

 なんでだろう、あたしはあの店員さんが何か握っているなんて直感で思った。確証はない。

だけどあの時と同じ、柊が居なくなった日と同じ感覚だった。

あたしの重い身体は軽くなり、起き上がると頭より先に身体が動き始めていた。

そして頭は勝手にあの店員を見つけろと言っていた。

今会いに行くから、あたしが迎えに行くから。

柊はあたしの生きる意味だから。


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