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第5話


「はい、これ書いといたから提出しておきな。シーレちゃんは自分のところ、しっかり書くんだよ」

「わかりました」


 食事のあと、イマミアがシーレに手渡したのは婚姻届だった。この国では、婚姻届は当事者ふたりの署名と見届人と呼ばれるさらにふたりの署名を要する。既に夫の欄にはガープの氏名が、見届人欄にはイマミアとアバドンの名前が書かれていた。

 受け取るや、シーレがなんの躊躇もなく名前を書いていくのでガープのほうが慌てた。


「いやいやおいおい! そんな簡単なことじゃねえだろ!?」

「書き終わりました」

「よし。潔いね。好きだよ、そういうの。学校行く前に役所寄ってから行くんだよ。提出したら婚姻届受理証明書ってのを貰えるから、それを学校の先生に渡すこと。──いいね?」


 いいね?

 は脅迫を込めたガープへの威圧だった。


「……わかったよ」


 イマミアの恐ろしさを知っているガープとしては、逆らえるはずもない。


 学校へはバイクで1時間程かかる。もっと近い学校もいくつかあるのだけど、私立で学費が高かったり、普通科しかなかったりする。ガープが通うのは機械科のある工業高校だ。その学校に通うには通学時間を妥協するしかなかった。

 ヘルメットをシーレに手渡す。

 しかしシーレは、じっとヘルメットを見つめて固まっている。


「なにしてんだよ」

「……これはなんです?」

「……は?」

「これを、どうしろと?」

「頭に被るんだよ。早くしろよ遅刻するだろうが」

「被りました」

「それだけじゃなくて顎紐をしっかり──ああ、もう貸せ!!」


 見ていると苛々する。フルフェイスの顎紐を留めてやり、自分もヘルメットを被ったあとでガープが先にバイクに跨った。けれど、またシーレはそんなガープを見ているだけで動こうとしない。だからまたガープは苛立って、声を張り上げた。


「早くしろよ! 遅刻したら反省文書かされんだから!」

「これに私も乗るのです?」

「そうだよ! 乗らなきゃ地面に引きずられるだろうが! 離れられねえんだから!」

「はあ……私はどこに、どうやって乗るのです?」

「……お前さぁ、車とか船とかバイクとか乗ったことねえの?」

「ありません」

「見たことは?」

「ありません」

「どうやって移動してんの?」

「……? 魔法ですが。行き先を書いた紙を燃やしながら指を鳴らせば着きます」


 聞くと、予想はついていたもののどっと疲れた気分になる。あーそうですか。魔法が使えれば一瞬で移動できますよね。庶民と違って時間と労力を掛けて移動したりしないですよね、はいはい。馬鹿なことを聞いてどうも悪うございました。


「俺のすぐ後ろに跨って乗って、俺にしっかり捕まってろ」


 ぎこちなく乗る姿に苛々する。本当なら、もうとっくに走り出しているころだ。


「乗ったか?」

「……乗りはしたのですが、果たしてこれが正解なのかどうか──」

「ごちゃごちゃうっせえなッ!! 捕まってろよ!!」


 ぐんっとアクセルを絞る。

 わっ。と背後で小さく悲鳴が聞こえ、おそらく反射なのだろうけれどガープの腰にぎゅっとシーレの腕が回った。


 ぎゅう。

 ぎゅう。


 締め付けられるたびに、ガープの体が不思議と熱くなる。


 あの、もう少し、力を緩めてほしい、なんて。


 絶対に言わないけど。



◇◆◇◆◇◆



「……結婚? どなたが?」


 婚姻届などの提出関係は、役所は24時間の窓口を設けていつでも受理してくれる。もちろん就業の9時より前はとても少ない人数で回しているため、待たされることもある。今日は月曜日の朝だったが、待たされることなく婚姻届を提出できた。ほとんどガープはヤケクソだった。

 けど、窓口の中年男が婚姻届を見て訝しげにふたりを見比べたのである。こちらは登校時間が迫っているのに、だ。


「見てわかんだろ! 俺だよ!」

「お相手は……?」

「私です。なにか書類に不備でもございましたか? 不慣れなもので書き損じには留意したのですが」


 丁寧な受け答えのシーレに調子を崩されたのか、男はぽりぽりとこめかみ当たりを書きながら狼狽えた。


「18歳の高校生と、16歳の無職……生計は成り立ちますか?」

「俺は機械工のアバドン・アスタロトの息子だ! 一家で稼いでんだよ!」

「なるほど……。では、受理します。受理証明書はこちらです。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「ほら行くぞ。マジで遅刻する──」

「母子手帳は就業時間内でないと受け取れませんので、ご了承ください」


「母子手帳……?」


 さっさとバイクへ戻ろうとするガープと裏腹に、窓口の男はシーレを引き留めた。

 ガープはカッとなった。母子手帳なんていらない。そんなこと、していない。


「そんなもん、いらねえよッ!!」


 そして強引にシーレの腕を引いて、バイクに跨った。


「母子手帳とはなんでしょう?」


 シーレはヘルメットを被りながら問うてくる。顎紐に苦戦していて、また早くして欲しいガープが代わりに留めてやった。シーレが乗ったのを確認し、バイクを走らせる。


「母子手帳って必要なものですか?」

「いらねえよ!」

「では、なぜ言われたのでしょう?」

「婚姻届出したからに決まってんだろ!」

「それだけで、なぜ?」


 ふと疑問に思って、ぎゅんっとバイクを留めて訊ねた。腰だけを捻ると、シーレが目をぱちくりとしている。


「お前さあ、子どもがどうやってできるか知らねえの?」

「子ども……確かに。魔法で作り出すものとばかり思っていました。結婚すると出来るものなのですか?」


 ガープはそこに魔法の不便さを見た気がした。


 そして、どうしてシーレが男のガープと眠ったり入浴したりすることに抵抗しなかったのかも、わかった。


 世の中に男と女がいる理由を理解していない。


 魔法でなんでもできるから、魔法がすべてを産み出せると思い込んでいる。

 命の成り立ちさえ、教えてもらえない。


 便利なのも、考えものだな。


 ガープは魔法というか、シーレの育ってきた環境というか、そういうものに首を振ってアクセルを絞った。

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