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第4話


「なんでバスタオルで体をぐるぐる巻きに? これでは体を洗えませんが」

「バッッッッカ!! お前!! ふたりで全裸になれるわけねえだろうが!!」

「お風呂とは全裸になるものでは? 我が家では浴槽に湯を張り、浴槽の外で髪と体を洗ってから湯に浸かるというのが入浴でしたが、こちらでは方法が違うのです?」

「この国じゃ風呂は皆それだよ!!」

「では裸にならないと体の汚れを落としきれませんが」

「いいから! 今日はとりあえず、それで入れ!!」

「……わかりました」


 ()せぬと言いたいが、もう夜も遅く、一刻も早く眠りたいのでここは従っておこう。

 風呂とトイレは3階と2階のどちらにもあるらしかった。確かに家族の人数を考えると、複数個あったほうが便利なのだろう。


 服を脱いだあとでバスタオルを体に巻き、風呂場に入る。ガープも腰にタオルを巻いていた。風呂に入るというのに、と嘆息ついてしまう。


 桶で浴槽から湯を取り、体に掛けていく。魔法があれば雨のように湯を降らせて両手で髪や体を洗えるのだが、と思いつつ。


 がっしゃがっしゃと頭を洗うガープから、泡や水が飛んでくる。肩についた泡をピッと指で弾いた。触りたくもない。抗議した。


「隣の人に配慮も必要だとは思いませんか?」

「……あ?」

「私にまで泡が飛んできます。もう少し淑やかに洗っていただかないと──」

「これが俺の洗い方なんだよ!!」


 この人には言っても無駄だな。

 シーレは早々に諦めて素早く洗髪を終わらせ、浴槽を跨いだ。肩まで湯に浸かるも、やはり体が洗い足りない気がして複雑だ。


「……ん?」

「おや」


 ガープとシーレが気付いたのは、引力だ。


 湯船に浸かるシーレと、まだ手を洗っているガープ。ぐぐぐぐっと力を感じたかと思うと、バチンッとガープがシーレに向かって飛び込んできた。シーレがいるのは湯船なので、ガープはバランスを崩して沈んだ。


「ぶっは!! げっほ!! おい、テメェ!! ちょっとは距離を考えろよ! こっちはまだ洗ってんだから!」


 ガープはすぐに勢いよく顔を出した。咳き込んだかと思うと怒鳴りつけてくるのだから、この人も忙しいなとシーレはつくづく思う。


「そう言われましても、バスタオルを巻いたままでは満足に体も洗えません。肌が露出しているところしか洗えないのですから。それとも、裸になってもいいのですか」

「駄目だっつってんだろ!」

「ならば風邪を引けとでも? なにもせずに待っているのは、ここは寒すぎて体が冷えてしまいます。そんなこともわからないのですか? 相手への思いやりがなさすぎます。それに、あなたのほうこそ体を洗うのに時間をかけすぎでは?」

「機械オイルっつうのは普通の石鹸じゃ落ちにくいんだよ! だから専用の液体石鹸が必要で──って、お前こそ思いやりの欠片もねえじゃねえか! 自分のことばっかり!」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

「バカ女!」

「野蛮」


 ふたりは睨み合って、ふんっ、と同時に顔を逸らした。


 しかし結局は離れられないので、沈黙の中で湯に浸かり、身体を拭いて着替え、髪を乾かしたあとで同じベッドで眠る羽目になる。


 シーレは、自分でも信じられないほどすぐに深く眠りについた。



◇◆◇◆◇◆



(眠れませんが!?!?!?)


 すーすーと寝息を立てるシーレの横で、ガープの目はギンギンに冴えていた。

 ガープは遠足の前日は楽しみすぎて眠れなくなるタイプで、今は隣に女がいるというだけで緊張して眠気がまったくない。先までの酔っ払いのままのほうが、幾分かマシだった。


(ええい! 目を閉じてれば寝られるはず! なにも考えるな! 深呼吸!)


 意識して瞑目するも、眠気はおろか、どんどんと覚醒してしまう。

 苦戦して、ついには諦めて体を起こした。


「くっっっっそ!! なんでこの女は簡単に寝てんだよ!? 負けた気がするじゃねえか!!」


 自分ばかり男女を意識している気がする。


 はっとした。

 まただ。

 また、自分だけが敵視していて、この女に相手にされていない。眼中の外に自分はいる。


 あの素通りされた日を思い出した。

 なんて屈辱的なのか。あんな思いは二度とするまいと誓ったのに。


 きっ、とシーレを睨む。月明かりに浮かんだ輪郭は、シーレの体の細さを際立たせていて戦意を喪失させるには充分だった。

 なにを言ってんだ、俺は。

 男の自分を意識させてどうする。なにが勝負だ。こんなことで争ったって意味がない。


「もう少し端で寝よ……」


 触れるか、触れないかの微妙な位置で横たわっているからいけないのだ。せめて拳ふたつぶんくらい離れておけば、自分もこれだけのことがあった日なのだから夢も見ずに寝られるはず。

 ベッドの端に横になる。毛布を口元までたくし上げて、目を閉じた。


 ほら、こうすればシーレの体温も感じないし、寝息も聞こえないし、石鹸の香りもしない。

 最初からこうすればよかった。

 ガープにも睡魔が押し寄せてくる。眠りの深いところへストンと落ちるというとき、寝返りをうった。


 ぐぐぐぐ──。


 しまった、と思うももう遅い。

 ふたりの距離が開きすぎた。『堕天使の救済』の力が発動してしまう。


 バチンッ!


 ガープの背中にシーレがぴったりと引っ付いた。


 どくん、どくん──……。


 これは誰の鼓動なのだ?

 これは、どちらの体温なのだ。


 この柔らかいものは?


 ガープは体を丸くして、ぎゅっと目を閉じる。


(くそ。くそっ! くそッ!!)


「こんなん、寝られるわけねえじゃねえかぁあああ!!」



◇◆◇◆◇◆



 と言いつつ、いつの間にか爆睡していたらしいガープは目覚まし時計で起床した。寝不足の感は否めないが、日課はこなさなければならない。

 ベッドから起き上がろうとすると、当然にくっついてくる睡眠中のシーレの体。


「おい、起きるぞ。仕事があるんだ。起きろ!」


 言うと、シーレはすぐに起きられる体質なのか、寝ぼけ眼で体を起こした。


「今、何時ですか……? お仕事とはなにを……?」

「5時。機械のメンテナンスとか、掃除とか、やることあんだよ。魔法使いのお気楽なお嬢様は、仕事なんかやったことねえかもしんねえけど!」


 シーレはガープの一言多い嫌味にはなにも反応せず、健気にガープにくっついてきて、睡眠時間がおよそ3時間ほどしかなかったというのに顔を洗ったり歯を磨いたり着替えたりして1階の機械室まで文句を言わなかった。

 まずは工場の入口を開ける。これは外に面していて、ほとんど壁一面がぽっかりと口を開ける形になる。そうでないと匂いや音が充満して、仕事にならなくなるのだ。

 冷たい風が吹き込んできた。


「……寒いですね。上着を取りに行ってもよろしいですか」


 ちらりと見ると、シーレは薄手のワンピース1枚を着ただけだった。足は素足だ。一方のガープはツナギに手袋に裏地起毛の温かい上着を着ている。


 正直、あ、上着を着ておけと言うのを忘れたと気が付いた。


 けれど仕事だとは言ったし、上着が必要かもしれないと考えなかったのはシーレだし、こなさなければならない仕事量と時間を考えると、また3階まで上着を取りに行く手間は避けたかった。


「そんなの、上着を持ってこなかった自己責任ってやつだろ! 我慢しろ!」


 シーレはなにも言わなかった。諦めたように目を伏せただけだ。

 どうしても寒ければ魔法でどうにでもするだろう、とも思っていた。

 いつも通り機械に危険物が挟まっていないかをチェック。汚れ拭いたり、適度なオイルを塗ったり、動作確認をする。それぞれの機械に必要な部品を取りやすい位置に置いておく。これでアバドンや、雇っている機械工達が格段に仕事をしやすくなる。


 本当は自分も付きっ切りで道具を作り続けたいのだけれど、高校だけは出ておけとアバドンとイマミアが言うので、卒業まであと半年は通わなければならない。先月は18歳の誕生日だった。奇しくもそれが、結婚できる条件を揃えてしまったことになる。女は14歳、男は18歳がこの国では結婚できる年齢なのだ。酒は18歳から。

 聞いた話によるとシーレは16歳らしい。

 三男のウアロと同い年か。


 ガープが一通りの作業を終える頃、アバドンが降りてきた。すっかりタオルを頭に巻いて仕事モードである。いつもであれば工場を見回して、よし、と頷いて仕事に取り掛かるのだが、今日は一点に目を留めて、気に食わなそう目を細めた。

 ずんずんと大股で歩み寄ってきたかと思うと、いきなりガープの脳天に拳骨を振り下ろした。

 きーん、と意識が揺れる。


「なにすんだよ! いつも通り準備しておいたじゃねえか!!」


 アバドンは無言でガープの上着を剥ぎ取り、なんとまあガラス細工に触れるような繊細な仕草でシーレに羽織らせてやった。


「ありがとうございます、お父様」


 そのシーレの唇は真っ青になっていて、全身がカタカタと震えている。


(あっ──)


 業務にばかり気を取られて、シーレの様子などまったく気にしていなかった。どれほどの時間を作業していたっけ。機械のすべてを拭いたから1時間以上は確実に立っている。いつも通りやったのなら、1時間30分だ。

 上着を取られたガープは、入口から吹き込んでくる風に鳥肌が立った。

 アバドンはガープを心から蔑むように睨みつけてきた。


「バカ息子が」


 捻り出したような低い声は、本気でアバドンが怒っている証拠だ。さすがのガープも罪悪感を覚えつつ、俺のせいじゃないのに、ともぼやきつつ、作業工程を確認し始めたアバドンの背中に言い返すことはできなかった。


「おら、ガープ! シーレちゃんも! (めし)だよ!!」


 荒々しくいつも通り声を掛けにきてくれたイマミアに感謝した。そうでないと、シーレになんて声を掛ければいいのかわからず、ずっと立ち尽くしてしまうところだった。

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