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第3話


「あんた、酒豪だね」


 イマミアは感心した様子で言った。弟達は散々お菓子やジュースを食べ散らかしたあと、嵐のように風呂に入り、豪雨のように歯磨きを終わらせて、竜巻のように寝室に向かって眠ってしまった。イマミアとアバドンとガープ、そしてシーレが酒を飲んでいたのだが、初めにガープ、アバドンが潰れ、残ったのは結局、女ふたりだった。


 実のところ、シーレは隠れて魔法をかけ、自分の酒を水に変えていた。法律的にまだ飲酒が許可されていない年齢であるのと、酒を飲むと魔法が暴走するから飲んではいけないと、強く家族に教え込まれていたからだ。


 結果的にイマミアを騙す形になってしまったことに罪悪感を覚える。しかし、当のイマミアも顔色ひとつ変えていない。横で潰れているアバドンと、シーレの隣で突っ伏しているガープを横目で見て、苦笑している。


「ひとつ、約束してほしい。この家で、魔法は使わないでおくれ」

「わかりました」

「男ってのは見栄っ張りでね。自分達の道具よりも魔法が便利だってのはわかってるのに、認めたくないらしいんだよ。だから、魔法を目の当たりにしたら心が折れちまう。特に弟達は兄貴と親父はスゲーって信じてる。それを壊さないで欲しいんだ。わかるかい?」

「わかりました」

「ガープも長男で、色々と気張って道具作りしてきて遊ぶ時間はなかった。女の子どころか、友達もほとんどいないんだ。互いに気に食わないところもあるんだとは思うけど、まあ、末永く楽しくやってくれよ」

「善処します」

「さて。寝るとするか。ふたりの部屋は3階だよ。風呂もトイレも勝手に使っていいからね。よいしょ、と」


 イマミアは立ち上がったかと思うと、むんっ、と気合を入れたあとで、なんとあのアバドンを片手で持ち上げて担いでしまった。

 魔法を疑いたくなる光景に、シーレが目を擦ったほどだ。夢が(うつつ)か、わからないと混乱するシーレをよそに、イマミアは軽々とした足取りで去っていく。


 待ち遠しかった静けさが、急にやってきた。


 なんの音もなく、なんの動きもない。


 久しぶりに会えた静寂は、シーレに疲労を思い出させた。眠りに付きたい。



「……疲れました……」



 声に出しても、疲れは減らない。

 ガープを揺り起こす。


「ガープさん。皆さん、寝室に行ってしまいました。私達も休みましょう。起きてください」


 繰り返し呼ぶも、ガープは瞼を上げる労力を少しもしなかった。

 しかし、家の中で魔法は使ってはいけないと約束をしたから、彼を運ぶ手段は限られてくる。イマミアの腕力もない。

 ならば──。


 シーレはひとりで立ち上がり、廊下を猛ダッシュした。

 振り返ると、やはり『堕天使の救済』のおかげでガープが引き寄せられている。ほとんど宙に浮いているガープが見えた。

 シーレの足が早いか、引力が強いか。


「……馬鹿みたい」


 自分でも滑稽だと思う。不思議と笑ってしまった。しかし、階段を上りかけたところでさすがに追い付かれてしまった。


 バチンッ。


 走っていたぶん、衝撃も強く、シーレは膝を(したた)かに打ち付けた。


「魔法がないって、不便なのですね」


 風の魔法をうまく調節すれば、かなりの重さのものでも宙に浮きあがらせて運べる。そんなものは造作もない魔法で、基礎中の基礎だ。シーレも幼い頃に覚えた初歩的なものなのに、今はそれで苦労している。こんな生活をしているだなんて。



「どうして、私だったのです……?」



 『堕天使の救済』に触れ、問う。

 本来であれば、シーレは教会で魔法を披露する予定だった。調度品の中に、魔力を注ぐと七色に輝き、歌い出すオルゴールがあって、来賓達の前で鳴らしてみせるはずだった。そして国王から勲章を貰い、両親から誇りに思うと褒められ、さらなる魔力の強化に精進しようと決意する日だったのだ。


 そのはずだった。


 なのに、今はどうだ。

 家を失い、家族から棄てられ、常識のまるで異なる騒がしい中で食事をしなければならず、自分の意思などお構いなしに結婚の約束をされ、しまいには魔法を禁じられて膝を打っている。


 地獄に蹴落された気分だった。


 笑ってしまう。不思議と、笑ってしまう。



 なんなんだ、これは。



 どうして自分が選ばれたのだ。他にも馬が合わない人は、あの教会にごまんといたはずなのに。


 もう立つのも面倒になってしまった。


 疲れて、やるせなくて、不甲斐なくて、悔しくて、立てない。


 シーレは階段の上で壁に寄り掛かり、膝を抱いた。ワンピースを捲ると、膝が赤くなっていた。


 すぐ隣でガープが眠っている。

 もうなにも考えたくない。


 シーレは膝に額を乗せ、目を閉じた。

 息を吐くと、体が重くなったように感じられた。


 沈んでいく──……。



◇◆◇◆◇◆



 体の()えを感じて、ガープは目を覚ました。久しぶりに飲んだ酒は、空腹も助けてかなり酔いを回らせた。まだぼんやりとする意識をなんとか保ちつつ、周囲を見渡す。どうやらここは階段の途中らしい。


 なんで、こんなところにいるんだ?


 肘を床について体を起こす。

 すると、シーレが座り込んでいるのを見付けた。


「おま……! なんっ──!」


 なんでこんな場所で寝てやがる!

 そう怒鳴りつけようとして、やめた。


 膝の傷に気が付いたからだった。運動もしたことがなさそうな骨張った細くて白い足は、赤い痣をやけに目立たせる。


 あらかたの経緯を察した。自分が潰れてしまって、寝室に行こうとして、断念した。そんなところだろう。


「魔法とやらを使えばよかったじゃねえか。俺には使う価値もねえってか?」


 本当に気に食わない。

 初めてシーレと会ったのはいつだったか。やはり有識者が招待されるなにかのイベントだったに違いないのだが、出会いの印象が強すぎてなんの行事だったのかを思い出せない。


 目も合わなかった。


 それだけだ。

 物心ついたときから、道具作りの敵はいつだって魔法だった。こっちは毎日毎日苦労して試行錯誤を繰り返してる。切り込みひとつ、ねじの長さひとつ、穴の位置ひとつで歴然と変わる使い心地をより改善しようとしてきた。


 魔法はそれを一瞬で超えていく。


 許せない。自分達は時間も労力もかけて優れたものを作っているのに、才能ひとつで凌駕していく魔法も、魔法を使う人間も、腹が立って気に食わなくて堪らない。


 極めつけは、あの日。

 魔法一家と対面したときだった。自分達がどこか施設に入ろうと歩いていて、一家が施設から出てきたのだ。白の軍団はすぐに魔法を使う人間達であるとわかる。

 ガープは前のめり気味になって大股で歩いた。面と向かって宣戦布告してやろうじゃないか。いつか道具が魔法を超えると、言ってやろうじゃないか。

 ずんずんと歩いて、一家の正面で立ち止まる。


「よく聞け──」


 仁王立ちして、意気揚々と宣言しようとしたとき。



 するりと擦り抜けていった。



 白の軍団が、まるでそこに人なんていないみたいに、ガープに見向きもしないで擦り抜けていった。


 その最後尾にいたのがシーレだった。


 彼女もやはり涼しい無表情で前だけを向いて、凛とした佇まいで脇目も振らずに歩いていた。じっと見つめるガープ。とうとう、一家の背中を見送る形になって気付いた。



 眼中にないのだ。



 あの一家に、道具を作る我々など眼中にない。敵ですらない。道端に転がっている小石と同じで、人とすら認識もされていなかった。


 愕然とした。自分だけが、自分達だけが、意識していた。



「魔法がなんだ……才能がなんだよ……」



 才能がなかったら、辛酸をなめるしかないというのか。

 そんなの間違っている。努力こそ報われるべきだ。掛けた時間に見合った称賛を貰うべきだ。


 誰でも使える道具を世に溢れさせる。


 魔法なんていらないくらいに。


「負けるもんか……! 絶対(ぜってぇ)に、振り向かせてやる……!」


 道具屋のガープ。いつかそう認識させて、挨拶させるのだ。

 幼いガープは、かつて、そう誓った。

 なのに、どうして魔法を使う堅物女と結婚なんて。


 ガープは胡座をかいた。

 シーレをどうしようか。寝室まで運ぶか。それには体に触れなくちゃならないが、それは男と女としてどうなのだろう。せめて、触りますよ、と了承を得るべきものなのではないだろうか。


 11人も子どもがいて全員が男。しかもその長男となると、女性との関わりはなく、どうしていいか困ってしまう。


「あーー。どうしよ。起こすか。いや、むしろここで朝を待つほうが無難か? それとも」

「なにをなさってるんです? 起きたのでしたら声を掛けてください。早く寝室に向かいましょう」


 ふと見ると、シーレが目を開けて、冷ややかな眼差しを向けてきていた。こうなると、寝ていたとばかり思っていたガープは驚いてしまう。


「起きてたのか!?」

「寝ていましたが、うるさくて起きました。さあ行きましょう」


 立ち上がったとき、シーレの膝が気になった。

 けど、ガープは言えなかった。

 どうせ魔法ですぐに治せるんだろうし、プライドの高い堅物女だから気にしてもいないのだろう。そう思ったのだ。


(別に、俺が気にかけてやる必要もねえしな)


 ガープは、ふんっ、と強がって階段を上り始めた。

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