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第2話


「なんでだ!? なんで減ってるんだ!?」

「落ち着いてください。いつから減っていたのか、わかりますか?」

「わかるわけねえだろ!!」

「では行動をおさらいしてみましょう。ひとつ、ひとつ、確認をしていけば、また減るはずです。その行動を繰り返せば10個になって、きっとすぐに外れます」

「お前に指図されなくても、そんなことくらいわかってんだよ!!」


 そうしてふたりは、ピアスを外すために図書館へ来たところから行動を振り返った。隣り合わせに座り、本を広げたり、ピアスを外そうとしてみたり、シーレの耳朶にカッターを挟んで抜いてみたり、思い出せる限りの行動を繰り返したのだが、手の甲の数は減らなかった。

 ふたりは脱力した。


「駄目ですね……いつから減っていたのかがわからないのが致命的です。どこからの行動が要因になったのか、わからないのですから」

「俺のせいだって言いたいのかよ!」

「一言も申しておりません。どういう読解力でそう聞き取れるのか、甚だ疑問としか言いようがないですね。もう少し冷静になったらいかがです? 先から喚いてばかりで、耳が痛いです」

「お前はもっと声を張れよ! ひそひそ、ひそひそ、聞き取りづらくて仕方ねえ!」

「とにかく、私の家に行きましょう。家族なら、なにかいい魔法を知っているかもしれません」

「いや、行くなら俺の家だ! 親父なら絶対(ぜってぇ)に外してくれる!」


 折れたのはシーレだった。

 そもそも静寂を好むシーレにとって、ガープの声は低くて大きくて、頭まで痛くなってくる。論争を繰り広げるよりかは譲ってやって、自宅に向かうのは後でいいと考えたのだ。


 そして到着したガープの自宅。

 油、金属、大きな機械を注ぎ込んだ1階部分はすべて工場になっていて、ひっきりなしに機械音が鳴っている。


「親父ィ! これ外してくんねぇか!」


 大きな声がさらに大きくなって、シーレは耳を塞いだ。


 奥のほうから、頭にタオルを巻いた男が現れる。のそのそと動き、太ってもいるが、肥満だと思わせないのは高い身長と筋肉量のおかげだった。ガープにそっくりの、いや、それ以上の三白眼がタオルに隠されて余計に鋭くなっている。

 ガープの父、アバドンは無言でペンチを取り出し、やはり同じようにピアスを引き抜こうとしたが無理だった。道具を変えて二度目の挑戦では、二の腕に血管まで浮き上がるほどの力を込めてくれてはいたが、結果は変わらず。


「ぅおおおい! 野郎共、集まれぇ!!」


 地響きに近い当主の声が機械音よりも轟いて、いかついツナギ姿の男達がわらわらと集まってきた。


 事情を説明すると、ああでもない、こうでもない、そうでもない、こうしてみようと、あらゆる道具と手段を使ってみたけれど、やはり取れない。


 耳を切ってくれ。


 シーレは再び提案したが、やはり断られた。空気がひんやりとしたのを、シーレは感じた。


「それは出来ねぇな。この手は女を傷付けるためにあるわけじゃァ、ねえんだ。他をあたってくれ」


 そう言って、散り散りになってしまう。

 どうして技術はあるのに、それを使って耳を切ってくれないのか、理解が出来ない。

 再開された機械音は、既に用済みだと言われ続けているみたいで不愉快になる。シーレ達は早々に諦めて、自宅に向かった。


 ところが──。



「野蛮人に敷居を跨がせないでください」



 母親に門前払いを食らう。

 意表を突かれたのはシーレだ。

 このピアスの歴史的価値を守ろうとは思わないのか?


「しかし、このままでは『堕天使の救済』が──」

「わたくしはすべての知識をあなたに与えました。あなたの魔法で取れないというのであれば、取れないのです」

「お母様──」


 縋り付こうとすると、手を(はた)かれた。


(けが)らわしい。そんな野蛮人と行動を共にし、なおかつ(えにし)を深めなければならない()()など、私の娘ではありません」

「そんな」

「二度と我が家を名乗らぬように。その服も、袖を通してはなりません。学校も退学手続を取っておきます。つまり──



 金輪際、関わらないで。


 勘当です」



 母親の目は本気だった。

 せめてもの情けとして、鞄ひとつにまとめられた荷物を胸に向かって放られた。反射的に受け止めたものの、自分の置かれた状況が受け入れられないで立ち尽くしてしまう。

 その間に玄関扉はぴしゃりと閉じられた。


 こんなに、呆気ないものなのか。


 両親はよく言っていた。


 俗物と関わると俗物になる。


 朱が垂れると水も朱で染まるように、腐敗はどんどんと進むもの。家を守るには、腐った朱を入れないことが最良の防衛手段なのだと。



 自分は朱になったのだ。



 ならば、白のこの家には入れまい。

 ならば、白を着る資格はあるまい。


「大変、私、早く着替えないと」


 指をパチンと鳴らすと、白のワンピースは魔法でたちまち黒色へと染まった。髪も解き、シーレの体からこの家のものであるという証はすべて消える。


 よかった。

 これで守れた。


 皮肉にも、白であることを許されなくなった原因のピアスだけが白として残った。

 それでも家と歴史を守れたことにほっとしていると、ガープが信じられないと首を振った。


「お前の家族、異常だよ。こんなに簡単に家族じゃなくなるなんて、どうかしてる」

「家を守るには最良の選択なのです」

「お前も大概だな」

「とにかく、あなたの家に行きましょう」

「なんでだよ!?」


 シーレは、この人は愚かか? と思ったし、それを隠そうともしない目でガープを見た。


「私達は離れられないのです。私は、この通り家を失いました。雨風を凌ぐには家が必要不可欠。ならば、あなたの家で生活をするしかないと結論付けるのが普通かと思いますが、違いますか?」

「俺の家で生活!? 男の俺と、おおおおおおお女の、おおおおおお前が!?」

「離れられないのだから、仕方がないでしょう。だって、ほら──」


 一歩、離れる。

 二歩、離れる。──と、バチンッ。


 半ば抱き合うようにして引き寄せられた。


「んぐっ」


 と、ガープの妙な呻き声。こちらからはなにもしていないのに、降参するみたいに両手を挙げて不自然だ。

 シーレは気にせずに説明した。


「これが現実です。私達が離れられるのは、せいぜい一歩。1メートルもないのですよ。むしろ50センチ以下と言っていいでしょう。ですから、相手を想う行動とやらを発見するまでは、同居以外に選択はありません」

「寝るのも!? ととととととトイレも、ふふふふふふふ風呂も!?」

「他にどうしろと?」



「嘘だぁぁぁあああっ!!」



 ガープは天を仰いで叫んだ。

 なにを隠そう、ガープは根からの初心(うぶ)なのである。



◇◆◇◆◇◆



「──と、いうことでして、大変ご迷惑であるとは承知していますが、なにとぞご理解とご協力を頂きたいと思い、ご挨拶に伺いました」


 戻ったガープの家は、すっかり夕食どきになっていた。

 腕っぷしの強そうなガープの母、イマミアが寸胴の鍋たっぷりに見たことのない料理をぐつぐつと煮ている。


 イマミアは、アバドンに似て少しお腹は気になるものの、身長と逞しい腕と表情がそれをうまく調和していた。頬が赤く、きりっとした眉が印象的で、シーレを一瞥したあとは料理に専念している。肩まで捲くり上げた腕には、なにやらタトゥーが彫られていたけれど、模様まではわからない。


 大きな食卓にぎゅうぎゅうに家族が並んで、テーブルには所狭しに料理が置かれ、そんな状況でアバドンと向かい合ったシーレは、間違いなく浮いていた。ひとりだけ畏まった口調というのも相まって、この家の中では異分子であるとすぐにわかる。


 それまで瞑目し、黙って話に聞き入っていたアバドンが口を開く。


「つまり、あんたは孤児(みなしご)になったつうわけかい」

「はい」

「それで、その耳朶のもんが取れるまで、ガープの部屋で生活するって?」

「はい」

「……親父、やっぱり駄目だよな? な?」


 駄目と言われたらどうするのだと、シーレは非難を込めた目でガープを見た。なにも考えていないのだろう。


 自分がしっかりしないと、とシーレは強く思った。

 ガープは役に立たない、とも。


 案の定、アバドンはガープの期待には沿わない答えを出した。


「まあ、この状況下じゃァ、仕方のねえこったろうな」


 また天を仰ごうとするガープよりも先に、イマミアが突然、割って入ってきた。その迫力たるや、この家での絶対権力を彷彿とさせた。


「父ちゃん、わかってんだろうね」


 お玉を持ったまま腰に手を当てたイマミアに、アバドンは難しそうな顔で腕を組んだ。うむ、と、せめてもの威厳を保ったらしいが「わかってる、今から言うよ」くらいの言い訳が表情の中に見て取れた。

 アバドンは言った。

 周囲は10人の弟達でひっきりなしに騒音が生み出されているから、シーレは集中して聞かなければならなかった。


「だが、(わけ)え男女が同じ部屋で寝泊まりするってえと、嫌な噂もついてまわるもんだ。あれだけ派手に教会でトラブルが起きたんだ。国中が興味津々で、話にも尾ひれ背びれがついて飛び交う。特に女に不利な噂がな。でも安心してくれ。



 しっかりガープに責任は取らせるから」



 うん。それでよし。と、満足げに頷くイマミアはまた料理に意識を戻してしまった。その背中から鼻歌が聞こえるのは気のせいだろうか。

 話がわかっていないのは、当の本人達だ。


「責任と言いますと……」


 シーレが問うと、アバドンはバンッとひとつ拍手をした。弟達の注目がいっきに集まる。

 アバドンは親指でシーレを示した。


「おい、野郎共、ガープの嫁さんだ。しっかり言いつけを守るんだぞ」


 食卓についていたガープの弟達は、食事の取り合いという戦争から一時ぽかんとしたあとで、ぎゃあああっ、と悲鳴を挙げた。挙声はひとつになっていたが、本当はどれもがちゃんとした言葉になっていたらしい。なにも聞き取れない。

 うるさい。


「すげーーー! ガープ(にい)、結婚したの!?」

「めっちゃ美人じゃん!」

「名前は?」

「もうキスした? ヤッた?」

「ぼくと一緒にお風呂入ろー?」


 人の声なのに、耳障りに聞こえてしまって、シーレはショックだった。自分がこんな非道な人間だとは思っていなかった。あまりの勢いに気圧されて、返事もできない。

 今度はガープが人差し指でシーレを示した。

 シーレはびっくりしてしまう。親子揃って、人を指差してはならないというマナーを知らないというのだろうか。


「待てよ親父! なんで俺がこの堅物女と、けっ、けっけけけ結婚なんてしなくちゃなんねえんだよ!?!?」

「てめぇも男なら、腹を括るってことを知らねえといけねえ」

「はあ!?!? ふざけ──」



「ガープ、あんたァ。用済みになったら、女の子をほっぽり出す──とでも言うんかい」



 ドスの利いた声は、イマミアから発せられていた。腰に手を当てながら、寸胴鍋をお玉でぐるぐるかき回すイマミアは一瞥さえくれていない。だが、その背中と声に、リビングの喧騒がぴしゃり、と凍り付いた。


 弟達が、ばっと音を立ててガープを見る。


 心配そうな目、楽しんでる目、怯えている目。一様に視線を注がれたあとでガープが助けを求めたのはアバドンだった。


 アバドンは、また腕を組んで瞑目している。


 ガープからの無言の懇願をしばらく受け、やはり無言で顎をくいっとしただけだった。イマミアに向かって、くいっ。謝れとでも言ってるのだろう。


 ガープはとうとう頭を掻き毟り、たっぷり天を仰いだあとで項垂れた。


「……わかったよ」

「そうと決まれば祝い酒だ!! 男共、倉庫から好きなだけ菓子を持ってきな! 今夜は無礼講だよ!!」

「よっしゃぁぁあああ!」


 そう言って散っていく弟達の素早さよ。残ったのは乳飲み子の末っ子と、シーレ達4人だけだ。


「どうしても娘が欲しかったんだ。可愛い部屋も服もたくさん考えて、髪の結び方までいくつも練習したのさ。それなのに産まれてくるのはどいつもこいつも男ばっかりでね。元気なのはいいこったが、ちょっくら、うるさすぎる。安心しな。最後まで面倒見てやるからね」


 静まり返ったリビングに、イマミアの優しい声音が染み渡る。

 イマミアの微笑みは、もしかすれば産まれてこなかった娘に向けられていたのかもしれない。

 シーレはなんて言おうか迷って、頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 なんだか、とんでもない展開になっているような、とも思わなくもない。

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