最終話
「ごめんなさい」
それは1週間後のことだった。
火事の日、授業は中止となり、全生徒が帰宅を指示され、ガープも漏れなくシーレを連れて帰った。医者を呼んで診てもらったあと、すっかり眠りこけたシーレの隣でガープも暇をしつつ、翌日にはいつも通り登校した。
火事は漏電により高圧電流装置が着火したことで引き起こされたらしいと説明があった。
そんな1週間後、帰宅するやガープを責めた彼が家の前で待っていたのだ。頭を下げる彼を見て、ガープが困ったように頭を掻き毟った。
「俺は別に慣れてるからいいけど、こいつが、多分傷付いたから、謝るならシーレに言ってくれ。俺はいいから」
「ごめんね、シーレちゃん」
「えっ! そ、そんな、大丈夫です。私、その、なんというか、無事であればいいと思って!」
「違う。助けて迷惑をかけたことに謝ってるんじゃなくて、魔法のせいだって疑ったことに謝ってんだよ」
「ああ……! そ、その! えっと! ガープさんが大丈夫なら大丈夫です!」
「ん。じゃあお終い。早く帰れよ、まだ通院中だろ?」
去り際に見た彼はどこか悔しそうだった。それは多分ガープの寛大さを見せ付けられて、自分が矮小に感じられたからなのだろうと思う。なんて自分は駄目なんだとか、そんなふうに思ったのだろう。
シーレは耐えられなかった。
彼もきっと努力をした。時間を掛けて疲れて起き上がれなくなるくらいに頑張った日を何度も繰り返してきて1位を取れなかった。その気持ちはよくわかる。シーレもシャックスを超えることはできない。
「あ、あの!」
だからシーレはその場に踏み留まって、彼の手を両手で握った。
「ガープさんの隣で見ていたから道具を作るというのがどれほど大変なのか、少しはわかったつもりです。だから、あなたが駄目なのだとか、努力が足りないのだとか、そういうことじゃなくて、だから、その、えーと、つまり、
あなたも頑張って格好いいです!」
言うと、彼の目がきょとんと見開かれた。
(おや?)
反応が薄い。伝わらなかっただろうか。ああ、そうか、慰めたり、褒めるときにはあれだ。
シーレは彼の頭を撫でた。
「頑張っていて、格好いいです……?」
それとも言うことが間違っていたのだろうか。
どうにも彼が反応してくれないので、シーレはいつまでも彼の手を握っていたし、頭を撫でていたままだった。
(こ、これは失礼でしたでしょうか)
失態を自覚し始めたとき、背後からガープがシーレを引き剥がした。
「お前は無自覚か?」
「いえ、自覚していました……なんと失礼なことを……」
「そうじゃねえ!! とにかく、おしまい! じゃあな!」
「あ、さ、さよなら!」
そして結局、強引に家の中に引きずり込まれてしまう。
◇◆◇◆◇◆
「怒らせてしまったんでしょうか」
「はあ? なにが?」
「18歳ともなると、頭を撫でるのはあまりにも失礼でしたでしょうか」
「お前はあいつの顔を見てねえのかよ」
「見ていましたが……謝ったら許してくださったかもしれないのに、ガープさんときたら、どうしてあんなに強引に連れ戻したりしたのです?」
部屋に戻るや、ガープは学生服を着替え始め、シーレは怒っていた。ガープは顔を歪めて「はあ?」とシーレを睨む。
「そりゃあんなの駄目だろ!」
「失礼なことをしてしまった自覚はあるとお伝えしたじゃありませんか! 謝りたかったですのに!」
「は、ちがっ、はあ!?!? 俺と結婚してるのにあれは駄目だろって言ってんだよ!」
「は!! まさか、私、アスタロト一家に汚名を……!?」
「違ぇよ! そこまでじゃねえよ! だから、とにかく! お前のためにだな!」
「それにしては手の甲の数字が変わらず2のままですが」
「〜〜〜〜!! お前なんか3じゃねえか! 俺の勝ちぃー! 俺のほうが優しいぃー! いぇーい!!」
むっとした。
「相手を想う行動と優しさは同じではありませんが?」
「やーい! やーい! 冷たい奴ぅー!」
「そんなことありません! 私だって優しいです!」
「へっへーん! 俺の勝ちぃー!」
「じゃあガープさんはなにをして欲しいんですか! 言ってくださればやります!」
「じゃキスしろ」
えっ、と言う声さえ出ないほどに驚いた。
ガープは三白眼そのままに真剣な目で見つめてくるし、着替え途中だから上半身は裸だし、バンダナが取れているから前髪で眼差しが隠れて色香があるし、けれど出来ないとは言いたくないし。
(くっ……)
シーレは一歩歩み寄って、背伸びをした。届かないぶんは、ガープが屈んでくれて、触れるだけのキスをした。
「あ、あれ!? 数字が減らない!?」
「俺のこと想ってちゃんとキスしろよ」
「そ、そんな、え、えぇ……? おかしいな……」
「早く」
「で、でも数字が減らないのに──」
「減らなくてもキスしてぇんだよ、俺は」
そうして噛み付くようなキスをされた。
これが嫉妬からくる嫌がらせであるとガープが自覚したのは散々キスしまくったあとのこと。
ひりひりと唇が腫れるほどの生々しいキスを思い出しては悶絶するという行為を繰り返していると、イマミアに何事かを察せられて、耳打ちされる。
「あんた、シーレちゃんに本気になっただろ」
「は!?!?」
「あのねえ、とっくに知ってたよ、あんたがシーレちゃんに一目惚れしてたことは」
「ひ、ひと──っ!?」
「魔法を使う奴なんか一家に何人もいるのに、なんでシーレちゃんだけあんな敏感に嫌うのさ。あんたも鈍感だねぇ。こりゃシーレちゃんは苦労するこった」
「ち、ちがっ!」
「子作りは部屋に鍵掛けてからにしなよ」
「母ちゃん!!!!!!!!」
「さっきからなんのお話をされてらっしゃるのです?」
「いいから!」
それからふたりは程なくして『堕天使の救済』を外すことに成功した。
それでもふたりが一緒にいない瞬間を見たことがないと、人は言う。
了




