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第12話


 嘆かわしい。

 シャックスは抱き合うふたりを見下ろして、呆然としていた。


 魔法でシーレのところへと願えば、すぐにこうして駆けつけられるのに、自分はどうして彼女が家を追い出されたと聞いた瞬間にそうしなかったのだろうと強く後悔する。


 躊躇(ためら)ったのだ。

 そう。

 自分は、迷った。


 それは一家の一員ではなくなったシーレと結婚すべきなのか。一家に背いてでも結婚すべきなのか、よくわからなかったからだ。だから、まずは様子を見ようと思った。もしかすれば、ハプニングの原因を解消してすぐに戻ってくるかもしれないと期待もした。

 けれど、シーレは戻ってこなかった。

 あろうことか、一家の魔法学校ではなく、名も知らぬ民が集まる学校に通っているという。信じられない。シーレが穢れてしまうと痺れを切らして立ち上がった。それでもまずは学校に様子を見に行くだけとした自分は確かに臆病者だったといえよう。


 ところが、学校に着いた瞬間に濃厚なシーレの魔力を感じた。


 魔力には種類がある。シャックスが氷や水や(いん)を根源とする魔力である一方、シーレは炎、雷といった陽を司る。それでも火炎のように豪奢ではなくて、木漏れ日のような泡沫な光がシーレの魔力の特徴だった。背中をじんわりと温めてくれるような、そんなほのかな光のはずだった。


 けれど、シャックスが感じたのはおどろおどろしくて、禍々しくて、濁った光だった。


 暴発だ──すぐに察した。


 シャックスとシーレは魔力の種類が正反対だから、あれほどの魔力であっても相殺するのは容易だった。


 いつもそうだ。

 幼い頃から、シーレとシャックスは互いの暴走を止める気の合うふたりだった。シーレがいれば大丈夫。シャックスがいれば大丈夫。背を預け、支え合っていける夫婦になるはずだった。


 迷うなんて、どうかしていた。


 そんな愚行のせいで、シーレは魔力の欠片もない男の腕に抱かれている。しかも、安心しきった顔で。


「……そんな顔を見せてくれたこと、なかったね」


 力の抜けたような、ふにゃりとした顔。

 自分が守ってあげるはずだった、その顔。


「離れたまえ」


 魔法を掛けてふたりを引き剥がそうとするも、不思議とふたりは離れなかった。魔法をかけ損なったみたいに、離れてくれない。しかしかけ損なったのではないようだった。男を動かそうとする手応えを感じる。

 夢現(ゆめうつつ)にいた男の意識が明瞭とした。

 シャックスを見上げると、シーレを抱いていることで腑抜けていた顔が険しくなる。そして体を起こした。


 なるほど、この目付き、なかなかな迫力ではある。


 白目に対して小さすぎる双眸は、殺気を込めれば大した迫力を宿した。夜闇にギラつくその目を、認めないわけにはいかない。

 男は足元に置いていたベルトポーチからなにやらを取り出した。


「お前、さっきの奴だな。魔法で入ってきたのか?」

「そのとおりだ。シーレを連れて行く」

「ふざけんな。そういうのは誘拐っつうんだよ」

「なぜ? 僕の婚約者だよ」

「だから俺達はもう結婚してるっつってんだろ」


 苛立ったように男は髪を掻き毟った。


「想いが通じ合っているわけではあるまい。僕達は愛し合っていた」

「それはシーレから聞く」

「シーレが僕を愛すると言ったら?」

「そんときはそんときだ。とにかくこのピアスを外さねえと話が進まねえ」

「僕が外してあげよう。君を殺すか、君の耳を切り落とせばいい」

「魔法を使う奴は全員そんな極端な思考なのかよ。うざってえな」

「安心しろ。痛みを感じる前に死んでいる」


 男が鼻で嗤ったのは、半信半疑だからなのだろうか。それとも死を受け止めているのか。はたまた、()()()()()()()()()()()と確信しているのか、どちらだ。シャックスにはわからなかったが、魔法を掛けない決断になるほどの材料ではなかった。


 悪く思うな──


 魔法を掛けようとした刹那。



「おやおや殺されたい奴がいるんだねえ」



 部屋の戸を開けた人間がいた。

 振り返れば、木の幹のようにどっしりとした体を持つ女だった。その目は、忌々しいシーレを盗んだ男の比ではない禍々しさがある。

 しかも、手に持っているのはなんだ?


「お前さあ、この国に住んでてイマミア・アスタロトのこと知らねえの? 俺の母ちゃん、めちゃくちゃ有名な元国軍騎士団、初の女総括団長だぞ」


 男が言う。女は紹介の終わりを待っていたみたいに大木のような斧を、なんと片手で振り上げた。


「ちょちょちょちょ!! わ、わかった! と、と、とにかく今は帰る!!」


 眼光鋭すぎる女は尚も斧を振り下ろしてくる。


「わぁーーーー!」


 間一髪、シャックスは魔法を発動させて逃げることができた。




◇◆◇◆◇◆



「ちっ……! 逃したか」

「母ちゃん、本当それ辞めて。俺の部屋壊れちゃうし俺の心臓も壊れちゃう」


 斧を振り下ろした先になにもいなくなって、ぴたりと刃を止めるのはさすがの腕力と握力といえた。イマミアは盛大に舌打ちをして、斧を肩に担ぐ。その勇ましさといったら、女団長時代そのものだ。


「さっきの気障(きざ)ったらしい男はなんだい。ひょろひょろでなよなよっちくて。私の一番嫌いなタイプの奴だ」

「シーレの婚約者だったらしい。連れて帰りたがってる」


 言うと、イマミアはふんむ! と鼻息を漏らして、腰に手を当てた。


「舐めたことしてくれようとしてるねぇ、私の娘に。あんたァ、万が一にでもシーレちゃんを奪われるようことがあったら地の果まで追いかけて償わせるからね」

「……わかってるよ」

「気合いれて守りな」

「わかってる」

「あ? いつからそんな腑抜けた返事するようになったんだいバカ息子。腹から声出しなァ、腹から!」

「わ! か! り! ま! し! た!」

「私の息子なら最初からそのくらい出しな!! ちッ!! 苛つく日だねぇ」


 肩で斧の柄をとんとんとさせながら部屋を出たイマミアの目は機嫌の悪い日のそれだった。

 今夜はアバドンがベッドの隅で小さくなって寝ることだろう。本当に、あの母親と結婚する気になったアバドンの神経がよくわからない。

 まあ人情味のある人ではある。それは間違いない。


 再び静かになった部屋で、ガープはすっかり目が覚めてしまった。小腹も空いたのだけれどシーレを起こしてしまうから移動もできない。


 本当に、離れられないとは不便なことだ。


 ガープはまだ巻いたままだったバンダナを外した。ぱさりと落ちてくる前髪が視界をさらに暗くする。


 魔法は神様が与えた贈り物に違いないと思っていた。


 なんでもできて、なにも困らなくて、不自由がなくて、毎日が楽しいものだとばかり。


 ──化け物!


 そう罵られたときのシーレの顔。

 あんな顔、するはずがないと思ってた。


 そのとき、シーレの目がかっと見開かれた。


 がばっと起きて、肩で息をしている。


「なななななんだよ、どうした。吐くのか?」


 問うと、シーレはガープの顔に触れ、頭に触れ、肩、胸、腹に触れた。遠慮のないその力強さに、ガープが圧されてしまう。


「なんだ、どうしたんだよ」


 シーレは、ガープの胸に手を当てたまま、吐き出すように言った。


「今、ゆ、夢を……」

「……夢?」

「皆さんが太陽に吸い込まれていく夢を……。ガープさんも、そして私も引きずられて、でもガープさんが吸い込まれたところで太陽が消えて、私だけが残るんです。その世界になにもないんです、誰もなにも、私以外になにも……!」


 その瞳から流れた涙は恐怖に溢れていた。

 シーレはそれでもまだガープの存在を確かめたいのか、ガープの肩に触れて、首に触れて、頬に触れて、そして顔をくしゃりと歪ませて泣いた。


「……よかった……。わ、たし……っ、ガープさんまで、いなくなってしまったかと……!」


 沸き起こるこの感情はなんなのだろう。

 ざわついて、溢れ出てしまいそうで、我慢できない。


 ガープは、シーレの顔を引き寄せてキスをしていた。


 小さなシーレの頭が、滑らかな髪が、香りが、肌が、唇の温もりが、ガープをさらに欲情させた。

 もっとキスをしたい。

 けれど、してはいけない。そんな葛藤があってから、名残惜しそうにガープは唇をやっと離した。そして謝った。強引にすべきではなかった。


「ごめん」

「……い、いえ……」


 シーレの吐息が掛かる距離で、ふたりはしばらく動けないでいた。

 けれど、ガープがふとその視線に気付く。見れば、ドアがほんの少し開いて弟達が団子になって覗いていた。ガープと目が合うと、蟻を蹴散らすみたいに逃げていく。


「おいテメェら!!」

「母ちゃーん! ガープ(にい)がエッチィことしてるぅー!」

「なに!? シーレちゃんが寝てるのにか!?」

「ううんー! ちゃんと起きてるー!」



「ならよし。いいぞ、もっとやれ」

「母ちゃんッ!!!!!!!!」



 なんて親だ。

 ふたりは気まずくなって、どちらともなくベッドに寝転んだ。

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